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働き過ぎは、聖女になりますので、ご注意下さい  作者: 茶樺ん


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別れの挨拶

 リルの手を持ったまま片膝を突いた男に驚いて、リルは「え?」と小さな声を漏らす。

 男はもう一方の手を自分の胸に当てると、微笑みを消して真剣な表情をリルに向けた。


「私はリル殿との約束の通りに、この後別れたら直ぐにリル殿の事は忘れる事を誓う」

「あ、うん。その、よろしくお願いします」

「ああ。だがその前に、改めて感謝の言葉を述べさせてくれ」

「だからそう言うのは要らないってば」


 男は少し口角を上げて、少しだけ顔を伏せて僅かに首を左右に振る。


「いいや。言葉だけなら受け取ってくれるのだろう?」

「そうは、言ったけど」


 顔を戻して表情も戻し、男は低く柔らかい声で「リル殿」と呼び掛ける。リルは返事を返さず、少し間を置いてから、小さく肯いた。それを確認して男も小さく肯き返し、口を開く。


「私はリル殿のお陰で、生きて帰る事が出来る。それだけでも本当に感謝している。リル殿は私の命の恩人だ。本当に、本当に、ありがとう」

「私も、あなたを助ける事が出来て、嬉しい、のはその、嬉しいのよ?」


 困った顔でそう返すリルに、男は笑顔で「そうか」と応え、三度(みたび)真剣な表情をリルに向けた。


「その上に、魔力がないと言われ続けていた私に、魔法が使える事を教えてくれた」

「でも、それは、あなたと別れて旅をする為だから」


 上擦った声のリルの言葉に、男は「ああ」と肯く。


「君はそう言うが、私に魔法を教えてくれたのは、他でもないリル殿だ」

「そう、なるけど、違うのよ?」

「ああ、分かっている。私が勝手に君に感謝しているだけなのだ。分かっているとも」


 リルには男が分かっている様には思えなかったけれど、2人の常識が違うのは理解出来ていたから、こんな別れ際に男との認識を合わせる事に付いては諦めた。


「君も私の事を忘れると言ったけれど、そしてその通りで私の事は忘れて貰って構わないのだけれど、それでも君に感謝をしている人間がいた事だけは忘れないでくれ」


 男はリルが「もう頼ったり頼られたりしたくない」と言っていた事に、ずっと引っ掛かりを覚えていた。素っ気ない態度を取りつつも人の良さが垣間見えるリルには、似合わない言葉だと男は思っていた。

 人を利用するだけ利用したり、人から奪う事ばかりを考える人間がいる事に付いて、男は身に染みて知っている。リルの事情は分からないけれど、人の良さに漬け込む様な人間がリルの周りにいた事は、男には疑い様もなかった。そしてその様な人間はきっと、リルに対して感謝をしたりはしなかったのだろう。

 あるいは心の籠もらない感謝ばかりを口にしたのかも知れない。それなのでリルは感謝される事を期待せず、感謝を受け取らずに()なす為に、感謝は言葉だけで良いと言っていたのだろう。

 だからこそ男は、純粋な感謝をリルに向ける事で、もしリルの心に傷があるなら少しでも癒やしたいし、少しでもリルに温かく安らいだ気持ちになって欲しかった。


 男はリルの手を少し持ち上げる。


「この後直ぐに忘れなくてはならないのだとしても、今この瞬間には、私は最大の敬意と感謝をリル殿に捧げる」


 リルの手を更に持ち上げて顔を少し伏せ、男は自分の額にリルの手の甲を当てた。


「今この瞬間だけは、リル殿は私の主だ」

「え?」


 男はリルの手を額から離し、顔を上げる。


「私はリル殿の剣であり、盾である事を誓う」

「え?」

「リル殿」

「あ、はい?」

「主人であるリル殿が望むからこそ、私はリル殿の事を忘れる。だが以前に伝えた通り、リル殿が私を探し出した時には、私がリル殿を思い出す事を許して欲しい」

「あ、うん」

「ありがとう、リル殿。その事にも深く感謝する」

「あの、言い回しが難しくて良く分からないけれど、あなたが私の事を心配してくれたり、思ってくれたりって言うのは分かったから」

「そうか」


 男が破顔した。


「気持ちが通じると言うのは、これ程嬉しいものなのだな」

「あ、うん。あの、難しかったから、通じてるかは心配だけど」

「いいや。君を思う気持ちを感じて貰えたら、今の私にはそれだけで充分なのだ」

「あの、うん」

「リル殿、ありがとう」

「あの、ううん。私の方こそ、元気になってくれて、ありがとう」

「元気にして貰って、感謝するのは私の方だろう?」

「だって、あのままあなたが、その、なんて言うか」

「私が死んだら?」

「え~と、うん。もしそうだったりしたら、私は多分、忘れる事が出来なくなったと思うから」


 男の顔に苦笑が浮かぶ。


「それは、まあ、元気になる事が出来て、良かったと言う事にして置こう」

「え?良かったでしょ?良かったよね?」

「ああ。良かった」


 男は苦笑を濃くしながら、リルの手を持ったまま立ち上がった。

 これでお別れだと思ってしまうと、リルも胸に熱を感じた。

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