街道に出て
「ここなら分かる?」
街道に出たところで尋ねるリルに、男は1本の木に触れながら「ああ」と返した。
「その木がどうかしたの?」
男の隣に立って木を見上げながら、リルが尋ねる。
「この木に馬を繋いでおいたのだ」
「そうなの?」
「ああ。確りと繋いでおいたのだが、何故解けたのだろう?」
1度肯いた男は、続けて首を傾げた。リルも木に触れると、そのまま木の周りを一周してみる。
「特に木には擦った跡は見えないから、馬が力尽くで解いたのではなさそうよね?」
「なるほど。そうだな」
男もリルと同じ様に、木を一周した。
「馬や馬装の特徴から、私が見た馬があなたの馬みたいだから、人が解いたとも思えないし」
「うん?それは何故だ?」
眉根を寄せる男を振り向いて、リルは答える。
「繋がれている馬をわざわざ放してあげる訳ないでしょ?解いたって事は盗もうとしたって事だから」
「盗む?私の馬をか?」
「誰の馬でもこんな人気のないところに繋がれていたら盗むわよ?」
「まさか君もか?」
男は少し目を細めてリルを見るが、リルも目を細めて男を見返した。
「繋がれてるのはさすがに手を出さないけど、人が乗ってないのに気付いた時に、捕まえれば良かったとは思ったな。捕まえてたらそのまま、旅をするのに使ったから」
「持ち主が現れたらどうするのだ?」
男は呆れも少し含むが、どちらかと言えば困った様な表情を浮かべる。
「正当な価格で売るわよ?」
「売るって、持ち主の馬だろう?」
「それを証明なんて出来ないでしょ?」
「・・・そう言うものなのか?」
「そうね。まあ、相手が権力者なら持ち主かどうかに関わらず、取り上げられて泣き寝入りだろうけど」
リルは肩を竦めた。
「何?そんな事があるのか?」
「あ!そうか。馬を盗ろうと解いたけど、馬装が高そうだから権力者に搦まれると思って、そのまま逃がしたのかも?」
謎が解けたとばかりに嬉しそうな顔で、リルは男を振り向く。男の表情には困惑の色が強くなった。
「そんな事もあり得るのか?」
「犯罪者とかなら、権力者に目を付けられたら死活問題になるだろうし」
「なるほど」
眉根を寄せて小さく何度か肯く男に、リルはクスリと笑った。
「私達、ホントに常識が違うわよね?」
男も微笑みを作ってリルに返す。
「そうだな」
「あなたとの日々は退屈しなくて、結構楽しかったわ」
「そうだな。私も君といると毎日がとても刺激的だった。その、いろいろな意味で」
2人の笑いに苦笑が混ざる。
「でも、これでお別れね」
「・・・名残惜しいな」
眉尻を下げる男に、リルは笑顔を作って返した。
「それは私もだけど、だからこそ私達はお別れしなくちゃ」
「・・・そうだな」
「最後の最後で意見が合って、良かったわ」
リルの言葉に男はまた苦笑する。
「いや、私達の意見が合う事も、色々とあっただろう?」
「そうだけど、私達の間にはまだまだ合わない事の方が多い筈でしょ?」
「まあ、確かにそうだな」
「うん、絶対にそう」
2人は笑顔を向けあって、「また意見が合った」と口を揃えて言うと、声を上げて笑った。
リルが涙を拭く。
「あ~、おかしー。最後に笑っていられて良かった」
「うん?」
「だって会った最初の頃はあなたから離れる為に、どうしたら早く治せるかってばかり考えていたのよ?」
「それは済まなかったが、早く治して貰えたとは思っている」
「もっと早くね。だってあなた、恐かったんだもの」
「え?そうなのか?」
「うん」
「いや、確かに、年頃の女性が知らない男と2人きりなのだから、恐怖を覚えても仕方がない」
自分が恐がられたと認め難い男が話を一般化しようとすると、リルが「違う違う」と手を左右に振る。
「そうじゃなくて。意識を取り戻した時、あなた、笑ってたでしょ?」
「笑ってた?私が?あの状況で?」
「そうよ?だから危ない人なのかと思って、とても恐かったわ」
「危ないとは、そう言う危なさなのか」
「うん」
肩を落とす男を見てリルは、笑いながら「今は平気よ?」とフォローを入れた。
「そう言って貰えると、気持ちが楽になる」
「せっかくあなたに慣れたのに、残念だけどね?」
いたずらっぽい表情で笑いながら少し首を傾げてそう言うリルに、男は「そうだな」と低い声で返した。
「リル殿」
男が近寄って片手を伸ばし、リルの手を取ろうとする。リルは無意識にその手を取った。
男が微笑むので、リルもまた無意識に微笑みを返す。
そして男はリルの手を取ったまま、その場に片膝を突いた。




