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働き過ぎは、聖女になりますので、ご注意下さい  作者: 茶樺ん


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卒業試験

 男に対してリルが、魔法のセンスがあると言ったのは、間違ってはいなかった。

 魔法制御の練習を続けた男は、杖を使わずに力魔法で礫を飛ばしても、周囲には被害を出さなくなっていた。ターゲットを突き抜けてしまう事で、しばらくの間はターゲットの背後には被害が出ていたけれど、途中で礫に逆向きの力魔法を使う事で、ターゲットを突き抜けない様にも出来る様になって来ている。しかしターゲットの強度に合わせるのはまだ難しく、まだたまにはターゲットを貫いていた。



 川原で男が力魔法を練習していると、傍で見ていたリルが離れた所にある茂みに顔を向ける。男はそれに気付いた。


「どうしたのだ?」

「魔獣。ゴボウルフね」


 リルが茂みを指差す。男がそちらに顔を向けると、茂みの方から悲鳴と嫌がっている様な声が聞こえた。


「あ!この声は!」


 男が思わず一歩足を進めるたけれど、リルは横に腕を伸ばして男を制した。


「これ、ゴボウルフの鳴き声だから」

「え?これが?誰かが助けを求めてるのではないのか?」

「うん。私が注意を向けたから始めたみたい。私の探知魔法の届く範囲には人はいないから」

「それは・・・君の探知魔法は、どれくらいの範囲まで届くのだ?」

「かなり?幅は狭いけど距離は少なくても、人が上げた声がこうやって聞こえるくらいの場所なら、問題なく探知魔法は届くから」

「そうか・・・君はどうやって、人の声なのかゴボウルフの声なのか、判断しているのだ?」

「え?探知魔法で確認すれば分かるけど?」

「ああ、そうか。なるほど。そう言う事か」

「まあ、人が本当に魔獣に襲われている時は、あんな声は出さないのもあるけど」

「そうなのか?」

「あなたもほぼ無言でゴボウルフと戦ってたでしょ?」

「そうだっただろうか?いや、どうだっただろう?夢中だったので覚えていないな」

「そうか。初めての魔獣との戦いだったもんね」

「ああ」

「どうする?倒してみる?」

「あの声を上げているゴボウルフをか?」

「うん。あの少し先に開けたところがあって、そこまで行けばゴボウルフ達も姿を見せるから」

「・・・私に倒せるだろうか?」

「私も付いてるし、もし心配ならここから少し数を減らすのもありよ?」

「ここから?私にはゴボウルフの姿は見えないのだが?」

「あなたが撃った魔法から、どれくらい右とか左とか伝えれば、当たるんじゃない?」

「外したら逃げてしまわないか?」

「大丈夫。ゴボウルフはしつこいし、なかなか逃げたりしないから」

「そうなのか」

「折角のチャンスだから、やってみましょうよ?」


 そう言うとリルは男を振り向いて、笑顔を作る。


「卒業試験にはちょうど良いから」


 男は口の中に苦い物を感じながら、「そうだな」と返して口角を僅かに上げた。



 リルの言う通り、男が礫を力魔法で撃っても、ゴボウルフは逃げなかった。リルと男が狙った個体に当たらなくても、その後列のゴボウルフには当たるし、体を貫いて何頭も1度に倒す事もある。


「そう言えば、魔石は取らなくて良いのだろうか?」

「取った方が良いけど、後で良いかな?」

「魔石を取らないと蘇るのではないのか?」

「蘇る事はあるけど、ある程度減らしたら向こうに進むでしょ?それなら蘇ってても、大した手間が増える訳ではないし、良いんじゃない?」

「そう言うものか」

「あ!初めての倒した魔獣の魔石だから、記念に先に取って別にして置く?」

「いや、そう言うのは良いが」

「そう」

「そう言えば、土魔法で初めて作る事が出来た皿も取って置くか、君は私に確認をしてくれたな?」

「そう?そうだっけ?」

「ああ。君はそう言うのは取って置くタイプなのか?」

「え?・・・ううん。いちいち取っといたら結構な量になるし、本当に大切な物だけね」

「そうか」


 会話をしながらも、リルの指し示す先に男が礫を撃って、ゴボウルフを減らし続けた。


「そろそろ良いかな?行ってみない?」

「ああ、そうしよう」


 リルが先に立とうとするのを男が手で止める。


「なに?」

「君が魔獣退治のベテランなのは分かっているが」

「はいはい。うら若い女が男の前を歩くのがイヤなのね?」

「ニュアンスは違うが、やりたい事は合っているから、それで良い」


 男が前に立ち茂みを押し開いて進む。リルは男の背中に手を当て、男の脇から顔を出して前を探る。ゴボウルフのいる場所をリルが男に示し、男はそこを目掛けて礫を撃って、ゴボウルフを倒しながら2人は茂みの中を進んだ。


 茂みに入るとゴボウルフの姿が見え隠れする。

 男に指示をして少し蛇行しながら進み、リルは倒れているゴボウルフから魔石を取る。


「魔石の回収の仕方も教えて欲しいな」

「探知魔法が使えないと、魔石の場所が分からなくて大変よ?」

「そうなのか?魔石の位置は一定ではないのか?」

「種類に拠って傾向はあるけど、決まってはないから。まあ獣型なら、胸辺りにあるのはみんな一緒だけどね?」

「獣型以外の魔獣もいるのか?」

「蛇とか、どこが胸だが分からないでしょ?」

「なるほど。確かにそうだな」


 茂みから出ると木は生えているが下草は少ない場所に出て、2人はゴボウルフにぐるりと囲まれた。


「自分の身は自分で守れるから私の事は気にしないで、あなたの思う通りにやって見せてね?」


 ゴボウルフに囲まれても、リルの声からは焦りも緊張も感じられなかった。男は何か気の利いた答えを返したかったが、ゴクリと唾を飲み込んで口を吐いたのは「分かった」の言葉だけだ。その声も、唾を飲んだのにも関わらず、(かす)れている。


 しかし、平常心とは言えない男の攻撃でも、周囲のゴボウルフは次々に倒され、直ぐに数を減らしていった。

 リルは男の背後を守りながら、けれども獲物を奪わない様に、後ろから襲って来たゴボウルフは風魔法で男の前側に飛ばす。


 それ程時間が掛からずに、男はゴボウルフを全滅させた。リルが近くのものから魔石の回収を始める。


「まだ何かいるが、あれは?」

「あれも魔獣だけど、オクラットって言う別種」


 既に気付いていたリルは、そちらを見もせずに答えた。


「森の掃除屋の一つで、ゴボウルフの死骸を狙って姿を見せたの」

「あれも倒すのか?」

「的が小さいから当てる練習にはなるけど、放っておいても大丈夫。生きた人間は襲わないし、肉は美味しくないから。私には」

「・・・君には?」

「あなたには美味しいかもね?後であなたに、不味いなんてウソを教えたって言われるかも?」

「そんな事は言わないよ。オクラットは魔石も要らないのか?」

「小さすぎるから。手間に合わないな」

「そうか」


 男はオクラットから視線をリルの手元に移した。


「素早いな」

「ずっとやってるから」

「ゴボウルフも肉は良いのか?」

「うん」


 リルは場所を移動しながら次々とゴボウルフの魔石を回収する。茂みの中に残っていたのも回収して行き、元いた川原に2人は戻った。


「まだイガグリズリーの肉がいっぱい残ってるじゃない?」


 リルが急に先程の話に続けたので、男は2拍置いてから「そうだな」と返した。


「余った分は売ればそこそこのお金になるから」

「売る?街でか?」

「うん。あなたも護衛の人達と合流するまでは、お金が必要でしょ?」

「あ、まあ、そうだが」


 いま集めた魔石が入った袋をリルは男に差し出す。


「これもお金になるから」

「え?私が貰って良いのか?」

「あなたが倒したのよ?」

「いや、しかし、君が回収してくれたじゃないか?いや、それ以前に、君がゴボウルフの場所を教えてくれたのだし、そもそも君に教わった魔法で倒したのだ」

「イガグリズリーの魔石は私が貰うから」

「それは当然だ。イガグリズリーは君が1人で倒したのだから」

「そうだけど、それならこれは卒業祝い」


 リルは袋を男の胸に押し付けた。


「卒業おめでとう」


 笑顔を作るリルに、男は息を詰めて言葉を返せない。


「随分と長い間引き留めてしまったけど、もうあなたはこの森を1人でも抜けられるわ」

「それは・・・君とはここでお別れと言う事か?」

「え?違う違う」


 手を左右に振りながら顔も左右に振るリルを見て、男はほっと肩の力を抜く。


「街道までは付き合うわ」


 その言葉に男の体にまた力が入る。


「取り敢えずは拠点に帰りましょう。今から街道を目指すと途中で暗くなるから、出発は明日の朝で良いよね?」


 リルはそう言うと男から顔を背けて、拠点に向けて歩き出す。

 男はしばらく動けなかったけれど、そのままリルが先に進んで行ってしまうので、1人では行かせられないと気付いて後を追った。


 リルの方が強くて危険があるのは自分の方なのに、こうやって何かと庇おうとしてしまうところがリルには気に入らなかったのかも知れない。そんな反省はもっと早く気付いてして置くべきだったと思いながら、男はリルの後ろを黙って付いて歩いた。

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