現在の納品状況【傍話】
スルリが店の裏口をノックするが、いつもの通りで1度では開かない。3度目でやっと裏口が開いて、店主が顔を出した。
「遅えじゃないか」
「そう思うならさっさと開けて下さい」
「うるせぇ」
店主はスルリを放って、さっさと店の中に引っ込んだ。
「納品ですよ!受け取って下さい!」
「こっちに運べ」
裏口の前で大声で叫ぶスルリに、店の奥から店主が返した。
スルリは足を踏み入れない様に注意して、ポーションケースを店内に下ろす。
「ここに置きますから!サインを下さい!」
「こっちに運べ」
「ケースは次に取りに来ますから!サインを下さい!」
「こっちに運べ」
受け取りのサインが貰えなければ、配達した事にはならない。このままポーションを持って帰ってやりたいけれど、そんな事をしたら上司に怒られるのは分かり切っている。あの新しく赴任して来た若造に、威張るチャンスを与える事なんて出来る筈がない。
「本来ならこんな取引先、切り捨ててやるのに」
スルリは、取引停止を突き付けてられた店主が泣いて縋って来るシーンを想像して、少し溜飲を下げると、下ろしたポーションケースを再び持ち上げて、店の中に入って行った。
スルリは商品棚の前にポーションケースを置いて、店主を振り返る。
「運びましたよ。サインを下さい」
「棚に並べろ」
「いつも言ってるでしょう?それは我が社の仕事ではありません」
「それは業者がサービスでする事だ。いつも言ってるだろう?」
「そんなサービスはないって言っているでしょう!いつも!」
「それなら、そう言うサービスをしてくれる商会に切り替えるだけだと、いつも言っているだろう?」
スルリが歯を食いしばる様子を見て、店主は嬉しそうに顔を歪ませた。
「じゃあ、棚に入れますから、その前にサインを下さい」
「棚に入れたらサインするって、いつも言ってるだろう?」
スルリはいつもここで折れているけれど、今日はもう少し粘ろうとする。
そこに店の入り口が開いて、元『輝きの光』リーダーが入って来た。
「おい!おっさん!このポーション、不良品だぞ!」
元リーダーはポーション瓶を店主の鼻先に突き出した。
「不良品ってなんだよ?」
「使おうと思ったら、効果がなかったぞ!」
「なんだよ。空じゃねえか。使っちまって何を言ってんだオマエ?」
「だから!使おうと思ったら効果がなかったって言ってんだろ!」
「使ってから文句を言うんじゃねえよ。使う前に持って来い」
「フザケんな!こっちは死ぬ所だったんだぞ!」
「生きてるって事は効果あったんだろ?」
「効果がなかったから文句を言ってんだ!もう1本持ってなかったら俺は死んでる所だったんだぞ!」
「もう1本持ってて、そっちには効果があったんなら充分じゃないか」
「なんだと!」
「だいたいオマエがガチャガチャ運んだりしたんじゃないのか?揺らせば瓶の蓋だって緩むし、そうしたら効果だってなくなるってもんだろ?」
「ガチャガチャなんて運んでねえ!この店でガチャガチャやってんじゃねえのか?」
「棚に入れてるのはそこにいる、マゴコロ商会の配達員だ。文句があるならそいつに良いな」
「なんだと!あれ?スルリ?スルリじゃないか?」
「ええ、どうも」
「オマエがポーションの有効期限を誤魔化してんのか?」
「そんな訳、ある訳がないでしょう?なんの為にそんな事をするって言うのです?」
「知らねえよ。オマエはいつもなんかゴチャゴチャやってるから、ポーションもガチャガチャ運んでるんだろ?」
「そんな訳ありませんよ」
「マゴコロ商会は王都から遥々とポーションを運んで来るからな。ウチの店に来た時にはもう、瓶の蓋が緩んでるんじゃねえのか?」
「そんな訳ないでしょう!王都からも丁寧に運んでいますから、瓶の蓋だってちゃんと閉まっていますよ」
「俺はポーションに全然触ってねえから、知らねえな。その瓶に触ってるとしたらオマエら2人だから、2人で解決しろ」
「なんだと?おい!スルリ!効かなかったんだからポーション交換しろ!」
元リーダーがスルリの足下のポーションケースに手を伸ばした。それをスルリは足で遮る。
「これはまだ納品前なんだからダメですよ!交換するなら棚のにして下さい」
「こっちか?」
「おい!止めろ!空き瓶と入れ替えたりするな!」
「何でだよ?俺とスルリで決めろって言ってたろ?口出すんじゃねえよ」
「フザケんな!交換して欲しけりゃ、瓶を開ける前に持って来い!」
「飲んでみなきゃ効果があるかどうか分かんねえんだから!そんなの無理に決まってんだろ!」
「だから!俺はポーションに触ってねえんだから!マゴコロ商会に行って交換して貰って来いって言ってんだ!」
「我が社に来られても困りますよ。あなたがそれを我が社から買った訳ではないのですから」
「じゃあ俺はどうすれば良いんだよ!」
「だから、棚から交換すれば良いじゃないですか」
「フザケんな!スルリ!てめえ!おい!オマエもフザケんな!棚に手を出すんじゃねえ!」
「フザケんなは俺のセリフだ!不良品売り付けやがって!」
店主と元リーダーがガッチリと組み合ったので、スルリは慌ててポーションケースを持ち上げると、店の奥に避難した。
店主と元リーダーは店の棚に体を打つけながら、店主は元リーダーの手から中身の入ったポーション瓶を奪おうとするし、元リーダーは空のポーション瓶を店主に押し付けようとしている。
スルリは冒険者の元リーダーの方が有利かと思ったが、店主も力で負けてはいなかった。
理性も何もないこんな低俗な争いをするヤツらに付き合わなければならないなんて、とスルリは自分の現状がつくづくとイヤになった。
しかし今マゴコロ商会を辞めたら、今の上司のミスも全て自分の所為にされてしまうに違いない。
誰のコネで入社して来たのか知らないが、スルリより何歳も下で経験も殆どないのに、地方とは言え責任者のポストに就かせるなんて、マゴコロ商会は何を考えているのか分からない、とスルリは腹を立てていた。
そして典型的なダメ上司で、部下の手柄は奪うが自分の失敗は押し付ける。
スルリは給与もかなり下がってしまったけれど、金を貯めるまではマゴコロ商会でガマンすると決めていた。
このオフリー地方でのマゴコロ商会の失敗が全て、スルリの所為だと他の商会の人間にも思われている。それは違うとスルリ1人が声を上げても、スルリの悪評は覆らない。それなので他の商会への転職をしようとしても、今より悪い条件でしか仕事が見付からない。
だからスルリは、自分で店を持つ事にしたのだ。最初は小さくても良い。最初は売上もそこそこで良い。だがいつか店を大きくして、マゴコロ商会や他の商会のヤツらに、ヤツら達の考えが間違えだったと、自分に頭を下げさせたい。いや、下げさせてみせる。
店の奥から店内の取っ組み合いを覗き見ながら、スルリの顔には昏い笑みが浮かんでいた。




