狙いと違えば失敗の筈
リルの不安そうな表情に気付いて、表情の理由は分からなかったけれど、男は話題を戻す事にする。
「ところでだが、私も杖を使わない方が良いのだろうか?」
「え?あなたは使う一択じゃない?」
「使う一択?」
「うん。杖なしで魔法を教えて置いてあれだけど、だって威力が強すぎるでしょ?杖を使った方が絶対にあなたは楽よ?」
「それは魔力容量の所為だと言う事だな?」
「うん」
「なるほど。魔力容量が多いと制御は出来ないと言う事か」
「出来ないって言うか、かなり神経を使う感じ?魔力を絞るのって難しいでしょ?」
「まあ、そうだな。それで君にも苦労を掛けている訳だが」
「そう言うのは、私が教えるって決めたんだから、良いから。で、絞った状態で状況に合う様に更に威力をコントロールするのって、難しいのよ。絞れば絞る程ね」
「確かにそうなのだろうが」
「例えばあなたがいつも使っていたのより大きくて重い剣で、果物を剥く感じ?」
「果物を・・・なるほど」
「多分あなたの魔力容量を考えると、それの何倍も大変な筈」
「だが、制御は不可能な訳ではないのだな?」
「それはね。でも、試してみる?」
そう言うとリルは川から少し離れて、木の枝を2本拾って来た。
「これを使って土魔法を掛けてみて」
「どうするのだ?」
「見本を見せるから」
リルは男に枝を1本渡すと男に背を向けて前に立ち、枝を持った男の手を取って杖を構えさせた。
「あなたの魔力で土魔法を使うから」
リルが土魔法を撃つと、二人の前で川原の石の下から土が盛り上がって、リルの腰の高さほどの小山が出来た。
リルは振り返って男を見上げた。
「分かった?」
「いつも通りなのでは?」
「やってみなければ分かんないかな?」
そう言うとリルは男の手から枝を取って、もう1本の枝を渡す。
「そちらの杖は?」
「これはほら」
リルが先ほど使った方の枝に少し力を入れると、枝はパシッと折れて全体が粉々に崩れ、リルの手の間からサラサラと落ちていった。
「魔力に耐えきれなくて、こうなったの」
「なるほど。ちゃんとした杖なら大丈夫なのだな?」
「ちゃんとしてればね。杖の性能が足りなければ、やっぱりこうなるけどね」
「なるほど。そう言う事か」
リルは移動して少し離れてから男を振り返る。
「まあ、取り敢えず、やってみて」
男は「分かった」と肯いて、木の枝を構えた。リルの「できるだけ弱くね?」との言葉に、男はもう一度肯く。
そして男が土魔法を撃つと、小山は出来なかった。その代わりに木の枝の杖は、透き通った輝きを示している。
「どう言う事?」
「それは私が訊きたい。どう言う事なのだ?」
リルは男に近付いて、杖に顔を寄せた。男もリルに見易い様に、杖をリルに差し出す。
「変質してる?」
リルは顔を上げて男を見た。
「変質魔法なんて、使ってないよね?」
「変質魔法?なんだそれは?」
「物質の属性を変える魔法」
「その様な魔法もあるのか?」
「私が使う土魔法も、変質魔法の一種ではあるんだけどね」
「うん?土魔法なら使った積もりだが、そう言う事ではないのだな?」
「うん。杖を借りても良い?」
「もちろんだ。君の選んだ枝なのだから」
男が杖をリルに渡そうとすると、男の手を離れた瞬間に杖が光り輝く。
男は咄嗟にリルの手を払って杖を手放させると、光からリルを庇う様にリルの頭に抱き付いた。杖は光りながら、2人から離れた場所に落ちる。
「大丈夫か?!」
光が収まった事に気付いた男は、リルの体を放してまずリルの顔を確認し、次に杖を受け取ったリルの手を確認した。
「うん。私は大丈夫」
「何が起こったのだ?」
男が後ろを振り返り、リルも男の陰から前を覗いた。
「うん?杖は?」
光が消えたのは分かるけれど、杖の行方が分からない。リルが落としたと思われる場所にも周囲にも、杖は見当たらなかった。
「・・・すごい」
「凄い?何がだろうか?」
「分かんない」
「え?分からない?」
「うん!分かんないけど!こんなの始めて!」
「始めて?」
「うん!習った事も聞いた事もないわ!あなた!やっぱりすごいのね!」
男はリルが興奮している事は理解したけれど、何が凄いのかに付いては全く分からなかった。何より男の認識としては、土魔法には失敗していたのだから。




