表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/25

旅立ちと男

 パーティーをクビになってしまうと、リルには行き場がない。


 リルは天涯孤独だ。逸れた両親は魔物に襲われた筈で、消息が掴めないのは亡くなっているからだと、リルは諦めている。

 そして父親の故郷まで一人で旅をしていた途中で旅費が心許なくなり、お金を稼ぐ為にオフリーで冒険者パーティーに加入したのだ。

 それなので『輝きの光』を辞めさせられたら、オフリーにはリルの居場所はなかった。


「杖もお金も失くなっちゃったけど、やっぱり旅の続きをしようかな」


 ホームを追い出されて空を見上げながらそう呟くと、リルは自分の言葉に肯いた。


「そうだよね。今は自分でも弱い魔獣なら倒せるし、必要な分だけ魔獣狩りをしてお金を稼ぎながらなら、旅も続けられるものね」


 そう口にすると、リルの心は一人旅に傾く。


「ちゃんとした杖を作るまでは大変で、贅沢は出来ないけれど、ううん、今までも贅沢なんてしてないし、うん、そうしよう」


 先程まで所属していたホームに背を向けたままそう言って肯くと、リルはオフリーの街を出る為に城門に向かって歩き始めた。



 城門を出てまず始めに、リルは枝を一本拾う。杖の代わり、と言うか、これでも一応杖の役目は果たせる。

 魔法の照準が甘かったり、効率が悪かったり、効果が充分に発揮出来なかったりするけれど、それは使いながら慣れていけば良いとリルは思っていた。愛用の杖を性能検査だと言われて取り上げられてからは、ダンジョンに潜らないなら必要ないと言われて、替わりの杖も用意して貰えずに杖なしで魔法を使っていたけれど、それに比べれば全然良い。

 旅をしていれば杖に向く素材も手に入れられるだろうと、リルは前向きに考える事にした。


 何よりリルは、みんなから文句しか言われない料理作りから解放され、多量の魔力や精神力を使う上に睡眠時間を削ってクタクタになるポーション作りから解放され、知らない間に借金を増やすパーティーメンバーからも解放されたのだ。帳簿付けだって借金をする為に必要だからであり、リルが好きでやっていた訳ではない。

 今までは自分がやらなければと思っていたパーティーの為の仕事は全部、マゴコロ商会が引き受けてくれた。それと比べたら、手放した愛用の杖一本にこれまで掛けた時間や労力なんて、リルには大した事がなく思えて来る。


「そうだよね。ありがとう、マゴコロ商会。ありがとう、スルリさん。サヨナラ、みんな」


 そう口に出してみると、リルは心が軽くなった気がする。それなので何度も、歌う様に繰り返し繰り返し何度も同じ言葉を呟きながら、リルはオフリーから離れて行った。



 街道を進んでいると前方から1頭の馬が、かなりの速度で走って来る。

 リルは()つかられない様に、道端に避けて馬が通り過ぎるのを待った。

 そして異変に気付く。馬には騎手が乗っていないのだ。

 すれ違う時に見れば、高そうな馬装をしている。このままだと馬はオフリーの街に向かいそうだけれど、誰も乗っていないなら直ぐに誰かに捕まって、馬も馬具も売られてしまうだろう。

 もっと早く人が乗っていないのに気付いたら、捕まえて自分が乗って、旅が楽に出来たのにと思うと、リルの気持ちは少し沈んだ。それなので、後悔しない様にこれからはもっと注意して歩いて行こう、とリルは決意する。


 その甲斐があったのか、しばらく進むと魔獣の声が遠くから聞こえた。ゴボウルフだ。

 どうやら誰かがゴボウルフと戦っているみたいだけれど、かなり道から外れている様だ。


「外のゴボウルフってだんだん森の奥に誘い込むけど、その罠に嵌まってるんじゃないよね?」


 耳を澄ませて様子を窺いながら、リルは独り言を呟く。

 しかしゴボウルフの気配は、徐々に徐々に、街道から遠ざかって行った。


 冒険者ならゴボウルフの罠に嵌まったりはしない。そして魔獣はダンジョンの中より外の方が弱い。


「弱い魔獣の罠に嵌まるなんて、子供だったらどうしよう?」


 そう口にしてしまえばもう、リルは心配で放ってはおけなかった。



 リルは気配を消しながらゴボウルフのいる方に進む。するとかなりの数のゴボウルフが集まっている事が分かった。

 そうなると、誰かがわざとゴボウルフを集めているのかも知れない、とリルには思えて来る。それなら安心だ。いや、子供がゴボウルフを揶揄って、やり過ぎているのかも知れない。そんな事を考えながらリルは、何が起こっているのかを確かめる為に、ゴボウルフの群れに近付いて行った。


 そしてそこには一人の男が、ゴボウルフを相手に剣を振るっていた。


 リルが見るに、男には余裕がなさそうに見える。剣速は早いけれど、魔獣相手の経験がかなり不足していそうだ。ゴボウルフに()い様に弄ばれている様に見えた。

 リルが更に近付くと、男を囲んでいるゴボウルフの一部がリルに気付いて、唸り声を上げてリルを威嚇して来る。


「大丈夫ですか?」


 リルが声を掛けると男が振り向かずに怒鳴った。


「来るな!下がって!」


 男にそう言われて、リルは足を止める。しかしゴボウルフはリルを警戒しながらも、男を更に森の奥に誘い込もうとしている。


「手伝いましょうか?」

「手を出すな!逃げろ!」


 手を出すなと言われたので、やはりわざとゴボウルフを集めているのかとも思ったけれど、それだと逃げろと言われるのは少しおかしい気がする。

 男の狙いが分からないので、取り敢えずリルは引き続き、様子を見る事にした。

 何頭かのゴボウルフがリルを襲って来るけれど、襲われたのなら仕方がない。男を手伝ってる訳じゃないと心の中で言い訳をしながら、リルは杖代わりの枝に魔法で雷を纏わせて、襲って来るゴボウルフだけを倒して行った。


 倒したゴボウルフから、リルは取り敢えず魔石だけを手早く回収する。解体して肉も確保したいけれど、男がどこまで行く積もりなのか分からないので、一旦は放置だ。それにまだまだゴボウルフは集まって来そうなので、男と山分けにしても持ち運べない量になりそうでもある。


 何頭かのゴボウルフがまとまって、一度にリルに飛び掛かって来た。

 リルは咄嗟に風魔法で、空中のゴボウルフをその場に浮かせたままにしようとするけれど、威力が強すぎてゴボウルフ達は弾き返された。慣れない杖での制御が甘かった。

 そしてその僅かな一瞬で、男の姿が見えなくなっていた。

 男は倒れ込み、何頭ものゴボウルフに体に食い付かれて、そのまま森の奥へと引き摺られて行く。


 リルは慌てて男を追った。

 ゴボウルフが何度も何度もリルに飛び掛かって来るけれど、それを雷で無力化しながら風で押し退けて進んだ。魔法の威力の調整なんて、している余裕はない。

 ゴボウルフが巣穴に男を引き摺り込む寸前でリルは男に追い付くと、男に覆い被さって、土のドームを作って自分と男を中に入れる。土魔法も威力調節が上手くいかなくて、何頭ものゴボウルフを巻き込んだけれど、それを(あと)から弾き出して、ドームの中はリルと男だけになった。


「大丈夫ですか?!」


 ドームの中に光魔法で灯りを(とも)し、髭だらけの頬を叩いてみても、男に反応はない。体のあちこちの噛み傷から、ゴボウルフの魔毒が回っている事が推測できる。


「急いで治さなきゃ!」


 しかしポーションの手持ちはない。杖替わりにしていた枝も、男を土ドームに引き入れる時に手放してしまっていた。

 幸いポーション作成に使って減っていた魔力は、道々採取した魔実や魔草を食べて補充出来ている。足らなければ、まだ外で騒いでいるゴボウルフの肉で、現地調達も出来る。


 リルは水魔法で男の体の汚れを洗い流す。

 水流はリルの想定以上で、ドームの中で溺れ掛けたけれど、水温が丁度良かったのは良かった。

 体を乾かす為の風魔法も適温で、風量が多いけれど問題ない。

 周囲を消毒する為の清浄魔法もやり過ぎな感じはするけれど、足りないよりは全然良い。

 そしてリルは男の全身に解毒魔法を掛けた。しかしこれが上手く掛からない。ぬるりと滑って男に染み込まない感じがする。


「もう!」


 リルは男の額と胸の肌に直接手を当てて、力いっぱい解毒魔法を撃った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ