魔法の威力
リルと男はトンネルを通り、最初にいた土ドームに戻って来ていた。
「ここはこんなに狭かったのか」
見回すほどの広さもない土ドームを見て、男は静かに呟く。
「あなたが立つと、頭が閊えてたのね」
リルは片手で天井に触れながら、クスクスと笑った。
「ここ、もう少し下に掘りましょう」
「下に?」
「うん。上は地上までそんなに厚みがないから、下を掘り下げて、上は逆に厚くして」
「分かった。やってみよう」
男はリルの指示を聞きながら、土魔法で土ドームの中の形を整えていく。
「そしたら今度はここに、壁を作って。こんな風に」
そう言ってリルは片手で掴める程度の厚みで、床から天井までの壁を1枚作った。
「次の壁はこの辺りかな?目一杯硬く作って」
「こうだろうか?」
「うん。良い感じ。さすが」
リルは男の作った壁を触って確認してそう言うと、自分が作った壁を消した。
「ここにも同じのを」
「え?何故、わざわざ壊したのだ?」
「あなたの作った壁の方が、硬いから」
「そうなのか?」
「うん。ここに作ったら、この間隔で、向こうまで壁を作って。同じ様に」
「分かった」
壁を作り終えると、リルは今度は土ドームの壁自体の強化を指示する。男はリルに言われるままに、壁も天井も床も強化をした。
それが終わるとトンネルを掘り下げていく。トンネルの床と天井は土ドームと高さを合わせられた。そしてトンネルの壁も強化した。
そのまま、今2人が使っている拠点まで、トンネルの形と強度を整えていく。
作業が終わると、拠点から土ドームまで真っ直ぐな通路が出来上がった。
その通路の入り口にリルは、跨いで座れば土ドームまで見通せる様にベンチを作る。
「早速、試しましょうか」
「ああ、お願いする」
男をベンチに座らせて、その前にリルが腰を下ろした。
少し考えてから、リルはベンチの前に棒を生やした。その上に礫を作る。
「これは?」
「両手でやった方が良いかなって思って。慣れれば片手で出来るけど、最初は両手の方がバランスが取り易いし、安全だから」
「なるほど」
男は肯くとリルの体の両脇から腕を伸ばし、棒の先の礫を手で包む様に構える。その男の両手の甲にリルは手のひらを当てた。
「そう言えば、土魔法で杖は作れないのか?」
リルは質問に振り返って男を見上げる。
「出来るけど、土魔法以外は使い難いわよ?」
「なるほど、そうなのだな」
「でも、今のあなたは土魔法がほとんどだから、作ってみる?」
「まあ、考えておく」
「そう?」
「土魔法では不便を感じていないから、土魔法を使う分にはこのまま杖なしでも良さそうだ。杖を使わない方が、魔力制御の訓練になるのだろう?」
「そうだけど、杖があった方が、不測の事態は起こりにくいわよ?」
「ああ。いずれはちゃんとした杖を作るよ」
「そう?なら良いけど」
リルは前を向き直し、男の両手を包み直した。
「じゃあやってみるね」
「ああ、頼む」
リルが魔法を撃つと、棒の先の礫が弾かれた様に飛んで、通路の少し先に落ちた。
「どう?」
振り仰いぐリルに、男は首を小さく左右に振る。
「魔力が流れたのは感じたが、感覚は掴めなかった。強いのから弱くしていって貰えないだろうか?」
「そうね、強いのからね」
リルは前を向くと、もう1度棒の先に礫を作る。
「いくわよ」
「ああ」
男の応えに肯いて、リルはもう1度魔法を撃つ。礫は土ドーム部分まで届いて壁に当り、「カン」と乾いた音を立てた。
「今のは分かった」
「そう?じゃああなたの魔力を使って、さっきの半分の威力で」
「ああ」
次は土ドームには届かず、通路の途中でやはり乾いた音を「コンコロ」と立てた。
「どう?出来そう?」
「ああ」
男の返しにリルは肯いて、ベンチから立ち上がる。
「じゃあ、やってみて」
「ああ」
男は礫を作り、魔法を撃つ。すると棒が折れて、礫がコロコロと転がった。
「凄いじゃない!これも1度で出来るなんて」
「いや、でも、失敗じゃないか」
「魔法は発動してたでしょ?上手く当たらなかっただけで」
そう言うとリルは男を立たせて、通路の中まで引っ張って行く。
「変な所に飛ぶかも知れないから、ここでやってみて」
リルは通路の中にテーブルを作り、そこに礫を出す。
男は立ったまま、礫を包む様にテーブルの上に手を載せた。
そしてもう1度魔法を撃つと、今度は礫が前に飛んだ。
「ほら!出来たじゃない!」
「ああ、君のお陰だ」
「ううん。やっぱりあなたは才能があるのよ」
「だが、コントロールは悪い様だ。テーブルが削れてしまった」
リルはテーブルの表面を確かめると「そうね」と肯いて、男を振り向く。
「両手のバランスが取れてないみたいだから、片手で試してみる?」
「片手の方がコントロールが難しかったのでは?」
「私は最初そうだったけど、あなたは逆かも?」
リルはテーブルを消すと男の前に立ち、片手を取って、男の手のひらの上に礫を載せた。
「やってみるわね?」
リルが魔法を撃つと、礫は土ドームに届いて「カン」と音が響く。
「今度はあなたの魔力で」
次もやはり土ドームに届いて、「カン」と音が返って来た。
「どう?」
「やってみよう」
リルが下がると、男は礫を作り、片腕を前に出した。しかしそれは、リルが試しにやってみせたのとは、反対側の腕だった。
男が魔法を撃つと礫は消えて、土煙が漂う。
「え?どうなったの?」
リルが風魔法で土煙を退かして通路の先を確認するが、礫は見当たらない。
「消えたの?」
「その様だ。礫を脆く作り過ぎた様だな。もう1度やってみる」
男は礫を硬く作り、腕を伸ばして構える。
そして撃った。
その瞬間、リルの体が浮く。男は筋肉強化を使って飛び付き、リルの体を包み込んだ。
拠点内を風が逆巻く。
かなりの時間が経った様に、リルには思えた。そして男の体に包まれている事に気付く。
「大丈夫?」
男の胸を押して尋ねたリルの声は震えていた。
「ああ、大丈夫だ」
その言葉にホッとしたリルは、ハッと思い直して男の体を調べる。
「痛いとこ、ある?」
探知魔法で見れば骨には異常がなさそうだ。しかしこれから内出血とかして来るかも知れない。
リルは素早くざっと男の体を確認したら、今度は徐々に細かく確認を繰り返していく。
「横になって」
「いや、私は大丈夫だ」
「良いから!」
「君こそ大丈夫か?」
「私は大丈夫だから、ほら!」
「私も大丈夫だ」
「あなたは診察とか治療とか出来ないでしょ?!良いから言う事聞いて!」
思わぬ力でリルに両肩を押さえ付けられて、男はリルの事の方が心配だったけれど、先にリルを安心させる事を選んで、言われる通りに横になった。




