魔法が使えるだけで
「土魔法で試してみる?」
リルのその言葉に男は「お願いする」と返した。
「うん。それじゃあベンチに座って」
男が自力で立てる様になってから、机とベンチをリルが魔法で土から作って、食事はそこで摂る様になっている。
「ベンチに跨がって貰える?」
「こうだろうか?」
「うん」
ベンチに跨がって横向きになった男の後ろに、リルも同じ様に跨がる。そしてリルは男の背中から抱き付いた。
「は?何?何をするのだ?!」
「何をって、魔法を教えるんだから手を貸して」
男の脇腹の左右から手を前に伸ばして、リルは男の手を探る。
そのリルの手を捕まえて握る男の心には、諦めが滲んでいた。
リルは男の手の甲に手のひらを当てて持つ。
「ダメだ。見えない」
そのリルの声に男は、それはそうだろうと思った。男は背が高いのだから、その背後に回った小柄なリルには、男の背中と首筋と後頭部しか視界に入らない。
リルが立ち上がると、手を持たれたままの男は小さく前にならえの様な格好から、腕を更に曲げて窮屈に構えさせられた。リルは男の頭越しに手元を見ようとするけれど、高さが足りない。
「まだ見えないな」
男は強く目を瞑り、背中の感触を考えない様に、リルの手だけに意識を集中させていた。
「いや、君は、何がしたいのだ?」
「母に魔法を習った時、杖がない頃は後ろからこう手を持って教えてくれたの」
「君と母君には、体格の差があったのだろう?」
「そうよね」
そう言うとリルは男の片手を放し、繋いだままの方の2人の手の下を潜って男の前に回ると、ベンチを跨いで座り、放していた方の手をまた持った。
「あなたは手元が見える?」
振り仰いで尋ねるリルの息が胸元に掛かってくすぐったいが、背中に感じた感触よりはマシだと男は前向きに考えた。
「ねえ?目を瞑ってないで、見てよ?手元が見える?」
一旦薄目を開けて、リルの顔が近いのを見て、男はまた目を閉じる。
「確認するから、前を向いてくれるか?」
「こう?」
リルの重心が動いた事を感じて男は目を開けた。
「ああ。君の頭越しに、手元が見える」
「手首まで見えてる?」
「大丈夫だ」
「ではまず、私がお皿を作ってみるね」
そう言うとリルはベンチの一部を材料にして、男の手の間に1枚の皿を作り出した。
「魔力の流れを感じた?」
「ああ。感じた。大丈夫だ」
「そう?今度はベンチに戻すね」
リルは皿を戻してベンチを復元する。
「今のも大丈夫?」
「ああ。大丈夫だ」
「じゃあ今度は、あなたの魔力を使ってやってみるから」
「私の魔力?」
「うん。こんな感じ」
そう言うとリルはもう1度、皿を作ってみせた。
「あなたの魔力を絞り出して、その魔力で作ったのよ?」
「これが?以外と呆気ないな」
「ええ。簡単でしょ?この魔力操作が自分で出来たら、あなたもこのお皿が作れる」
「思ったより簡単そうだし、魔力壁を作ったり筋力強化より簡単なのではないか?」
「ええ、私にはその通り。同じ様にベンチに戻すね」
リルは再び皿をベンチに戻す。
「どう?これも簡単そう?」
「ああ。やれそうだ」
「じゃあやってみて」
リルにそう言われて、男は魔力を操作する。
すると男の手の間に、皿が出来上がった。
「やった!」
「出来た、のか?」
「うん!凄い!出来ちゃった!あなた、やっぱり才能があるのね?」
リルが振り仰いで向ける笑顔に、男は戸惑う。
「あまりにもあっさりといったのだが、いま君は手を貸してはいないのか?」
「ええ、ないわ。そもそも1度で出来るなんて、思ってなかったし。取り敢えず、お皿をベンチに戻して、あ!このお皿、記念に取っとく?」
「・・・そうだな。いや、良い。ベンチに戻してみて良いか?」
「うん、どうぞ」
リルが視線を手元に戻すと、2人の手の間の皿を吸収してベンチが復元した。
「今度は1人で」
そう言うとリルは男の手を離し、ベンチから立ち上がって男の前から退く。
自分を見上げてくる男に、リルは「さあ」と言って促した。
男が手元に視線を戻すと先程と同じ様に、男の両手の間に皿が形作られた。
「凄い。あなた、やっぱり凄いわ」
男は皿を手に取り、裏を確認したり表を指で撫でたりしてから、リルに顔を向けた。
「君は手を貸していないのだな?」
「え?ええ。だって私の魔力の流れ、感じなかったでしょ?」
「ああ、確かにそうだが」
「信じられない?」
「ああ。とても信じられない。あ!いや!君の事は信じているのだ」
「ふふ。そうね。私も信じられない。たった1度で成功させるなんて、あなた、凄いわ」
男はもう1度皿に視線を戻し、またもう1度リルを真剣な表情で見上げた。
「君の教え方が良かったのだろう」
「ええ?そんな事はないわ。他の人に教えた事ないから分かんないけど、これはあなたに才能があったから。絶対にそう」
男はもう1度皿を見た。
「何度か試しても良いだろうか?」
「ええ。あ!でもちょっと待って」
そう言うとリルは男の後ろに立ち、背中側から両腕を伸ばして、男の額と胸に手を当てる。
「うん。このままやってみて」
男は皿をベンチに戻し、もう1度皿を出し、戻さずもう1枚皿を出し、皿を2枚ともベンチに戻した。
リルは男から手を離して「ダメか」と溜め息を吐いた。
「どうしたのだ?」
「あなたの魔力容量が大き過ぎて、消費魔力が良く分からない」
「それは、私は喜んで良いのか?」
「容量が大きい事はね?でも消費量が分からないと、魔法を効率的に使用するには大変かも?」
男はリルの深刻そうな表情に危惧を抱く。しかし直ぐに首を傾げた。
つい最近まで魔力がないと言われていたのだ。それなのだから魔法が使えるそれだけで、多少効率が悪くても構わないのではないか?
そう割り切って考える事にして男は、また皿を作ってベンチに戻す事を何度も繰り返した。




