筋力強化の効果
男は上半身を起こしていた。
リルは男の直ぐ傍に膝立ちをして、男を囲う様に両腕を広げている。
「大丈夫?」
心配そうなリルの声に、「ああ」と言いながら男がリルを振り向くと、男の体がバランスを崩して揺れた。リルが慌てて男を支える。
「いや、済まない」
「うん。やっぱり筋力の回復が先かな?」
「その様だな」
男はリルに助けられながら、横になった。
「自分で思ったより、力が落ちている」
「その状態で筋力強化を使ったら、筋力強化に頼り切りになりそうね」
「ああ。私もそう思う」
「でも凄いじゃない?この短期間で筋力強化が出来るなんて」
「・・・そうだな」
「うん?どうしたの?声が暗いけど?」
「いや・・・結局、君に支えて貰ってしまったからな」
「それは仕方ないじゃない。ちょっと見てて」
そう言うとリルは立ち上がる。そして体をユラユラと揺らして、足を半歩踏み出した。
「ね?」
「ね?」
「あ、うん。私は今、体の力は抜いて、筋力強化だけで立ってたの」
「そうなのか?」
「そう。そうすると、バランスを崩すのよ」
「なるほど?」
「まっすぐ立つのって、意識してないけど、こう、体が勝手にバランスを取るじゃない?」
「・・・そうかも知れない」
「でしょ?片足立ちとかで体が揺れても、無意識にバランスを取ろうとするじゃない?」
「確かにそうだな」
「だから筋肉は無意識に動かせるんだけど、筋力強化はそこまで無意識には出来ないのよ」
「なるほど。私が先ほどよろめいたのも、力のない筋肉ではバランスが取れなかったからと言う事か」
「そうそう。だから落ち込む必要はないって事」
「なるほど・・・しかしそうすると、筋力強化は戦いでは使えないと言う事か?」
「え?なんで?」
「私は剣を使うのだが、攻撃するにも防御するにも、いちいち考えたりはしていない」
「いちいち考えてる様じゃ、やられちゃうもんね」
「そうだ。だが体が反応するのに合わせて素早く筋力強化を調整出来なければ、動きが固くなって危険だ」
「え?そう?」
リルは首を傾げながら、パンチやキックの真似をした。それを見て男は目を丸くする。
「随分と早いな」
「私?魔獣と戦う時はもっと早いし、私より早い人はいくらでもいるけど」
「そうなのか?」
「動きの早い騎士がいるって、あなたも言ってなかった?」
「ああ。確かに言ったが」
リルは体の動きを止めて、男に顔を向けた。
「そうよね。それにあなたの剣も、訓練であの速さになったんでしょ?」
「ああ」
「筋力強化も同じじゃない?バランス取るのはちょっと違うかも知れないけど」
「・・・なるほど。筋力強化の強さや速さは、訓練で身に付ければ良いのか」
「そうね」
「それに力が必要ない所は、強化が利かなくても言い訳だな?バランスを取るとか馬に乗るとか」
「最初に身構える時とか。まあ、私は馬に乗る時は、筋力強化してるけど」
「え?君?馬に乗れるのか?」
「なんで?乗れるけど?」
「あ、いや。女性は馬に乗らないかと」
「そう?確かにこの辺りでは見掛けないかも?」
「それになんで馬に乗るのに、筋力強化が必要なのだ?」
「だって滅多に乗らないから、筋力強化しとかないと、後から筋肉痛で酷い事になるのよ」
「・・・なるほど。自分の筋肉を使わない様にか」
「うん」
「賢いな。私も参考にさせて貰おう」
「そう?お役に立てば嬉しいわ」
リルはいちいち大袈裟な男の返しに、肩を竦めながらそう言った。
それから男は、筋力トレーニングをする様になった。
始めは体力が全くないので、ほんの僅かから始めた。しかし直ぐに魔力操作の練習をしながらする様になり、トレーニング時間は少しずつ延びていった。そして筋力強化もかなり使い熟せる様になっていく。
男は筋力強化なしで立ち上がれる様になり、その頃には筋力強化をしながらのトレーニングも、リルが呆れる様な、かなりハードなものになっていた。
男は魔力壁もかなり上手く作れる様にはなったのだけれど、まだ自分で産み出す事が出来る魔力よりも、体から漏れていく魔力の方が多かった。
そしてその時点でもまだ、男の魔力容量がどれくらいなのか、リルには見当が付いていなかった。




