パーティーの解散【傍話】
マゴコロ商会のスルリは『輝きの光』のホームで宣言をした。
「本日を持って、『輝きの光』を解散します」
元僧兵以外の『輝きの光』のメンバー達は、スルリの言葉を直ぐには理解出来なかった。
「オマエ?何言ってんだ?」
「解散するも何も、え?何でアンタがそんな事を言うんだ?」
「ちょっとスルリ?どう言う意味なのよ?」
リーダーとアーチャーと魔法使いは眉間に皺を寄せてスルリに訊くが、斥候は元僧兵に向かって尋ねた。
「キミは知ってたのか?」
「いいや。だが、貴方も予想は付いただろう?」
「予想ってなんなの?」
「オイ!予想ってなんの事だ!」
「怪我が多くて探索出来ない日が続き、パーティーとしての収入は減り続けている。マゴコロ商会ではなくても、そんなパーティーの面倒をいつまでも見たりはしないのではないか?」
「オイ!スルリ!そうなのか?」
「その通りですし、その話はこれまでにも何度も私から言っていたではないですか」
「パーティー解散って、アタシ達はどうなるんだ?」
「冒険者を続けて頂いても構いませんし、他の仕事をして頂いてもかまいませんよ」
「え?つまり、今まで通りって事か?」
「え?そうなの?」
「そんな訳ないだろう?」
「そうだね。それでは意味が分からない」
「もちろん皆さんでパーティーを続けて貰っても良いですし、『輝きの光』の名を使い続けて貰っても構いません」
「え?やっぱり、今まで通りって事じゃないか?」
「そうよね?」
「そんな筈ないだろう?」
「キミはどうするんだ?」
「新入りも私達と同じよね?」
「俺達と一緒にやるよな!」
「いや。名称が同じでも、私が契約したのとは別のパーティーと言う事になる」
「え?辞めるのか?」
「もしかしたらマゴコロ商会と再契約するかも知れないが、しばらくは探索は休む積もりだ」
「え?なんで?」
「貴方達と組んでから、体が鈍ってしまったからだ。このままでは次に良い契約が出来ないから、私は体を鍛え直さなければならない」
「探索しないでお金はどうするの?」
「私のマゴコロ商会との契約では、マゴコロ商会の都合で途中解約する場合は、一括で残金が支払われる」
「え?どう言う事?」
「つまり、元の契約期間中は、遊んで暮らす事も出来ると言う訳だ」
「え?私達は?」
「スルリ!俺達もか?」
「そんな訳はありません。あなた達との契約には、そんな条項はありません。それにあなたにも残金は渡りませんよ」
「マゴコロ商会が契約を破るのなら、もっと高い金を払う事になるぞ?」
「あなたは探索に全力を出していなかった。契約不履行です」
「私はもちろん全力で臨んでいた」
「いいえ。これだけ休んでいて、全力などとは言わせません」
「探索頻度はパーティーの方針に合わせる契約だ」
「探索とは通常、ダンジョンに入っている時だけではなく、ダンジョン外での準備や休息も含みます。パーティーメンバーをダンジョンに連れて行く為の努力を怠った事は、全力で探索したとは言えない」
「スルリ殿。私がマゴコロ商会と交わした契約書で定義されている探索は、ダンジョン内の事だけだ」
「その様な言い訳が通る筈がないでしょう?」
「いや、契約書を読み直して見るのだな。貴方は他の人達の契約書と、混同しているのだろう」
「いや、そんなバカな」
「私との契約書を読めば分かる。探索は探索、探索準備は探索準備、休憩も休暇も、疑義を挟む余地がない様に定義されている」
「それって私達も?」
「貴方達の契約書は見ていないので、私には分からない」
「あなた達は別です」
「つまり新入りはアタシ達とはもう、パーティーを組まないと言う事だね?」
「探索のパーティーは無理だな」
「無理ってなんだ?!」
「無理ってなによ!」
「それで?スルリ?パーティーを解散するけど今まで通りで良いって、どう言う意味?」
「え?もしかしてこのホームとかは?」
「あなた達4人に残るのは、マゴコロ商会への借金だけです」
「はあ?何言ってるの?」
「オマエ!フザケんな!」
「ふざけてなどいません。個人の借金は自分で返して下さい」
「ホームはなくなるって事か?」
「賃貸契約は解約しました。あなた達には今日中に出て行って頂きます」
「フザケんな!」
「武器も防具も装備もマゴコロ商会の資産です」
「え?どう言う意味?」
「私物以外は全て置いていく様に、直ちに荷造りをして下さい」
「え?私物って何よ?」
「武器や装備って、アタシの弓の事を言ってんのか?」
「弓、杖、鎧、盾、剣、その他、探索に使う物全てです」
「はあ?フザケんな!」
「それでどうやって私達に冒険者続けろって言うのよ?!」
「おい!スルリ!この弓はアタシが師匠から貰ったモンだ!マゴコロ商会のモンな訳ないだろ!」
「帳簿上はマゴコロ商会の物です」
「知るか!これはアタシんだ!」
「ちょっとみんな、待ってくれ」
「なんだオマエ!スルリの味方をするのか!」
「なんであなたがスルリの味方なのよ!」
「いや、違うって。スルリ?」
「なんですか?」
「僕達ばかり損をさせて、マゴコロ商会はどうなんだ?」
「マゴコロ商会だってこれまでのあなた達への投資で、予定の利益が出せていませんよ」
「利益はそうだが、損害は?」
「利益が出ないのは損害です。他に投資をしていれば、予定通りの利益を上げる事が出来たのですから」
「つまり赤字は出してないんだろ?」
「利益がないのは赤字と一緒です」
「なあキミ?」
「うん?私か?」
「法律とかに詳しいんだろう?僕達を助けてくれないか?」
「まあ、私もマゴコロ商会のやり方に、思う所がないとは言えないが」
「はあ?オマエ何言ってんだ?!」
「ちょっと黙っててくれ!マゴコロ商会に赤字が出ていないと言う事は、スルリや料理人の給与は、僕達の稼ぎで賄っていたって言う事だよな?」
「そうだな。このホームの賃貸料や今日までの私への報酬も、『輝きの光』の探索で得られていた利益から出しているのだろう」
「ちょっと待ちなさい。それとこれとは話が別です」
「同じだ。一方的に契約を破棄して、僕達の財産を奪おうとしたのだから、契約不履行はマゴコロ商会の方なんじゃないか?」
「そうだな」
「そんな訳はないでしょう!あなた達は契約書にある通りに探索をしなかった!そして上げられる利益を上げなかった!」
「それで僕達の借金は増えたんだよね?」
「もちろんです!」
「そうか。つまり借金が増えたって事は、アタシ達が契約通りにしていたって事になるのか?」
「そうだよね?」
「私もそう思うな」
「え?何?借金を返さなくて良いの?」
「本当か?!」
「それはまた別だけど」
「え?別なの?」
「でも貴方達は、武器や防具を手放さなくても良いかも知れないな」
「何を言っているのです!」
「キミの場合、マゴコロ商会の一方的な契約破棄は、キミが損をしない様になっているんだよね?」
「ああ、その通りだ」
「いや!あなた達!待ちなさい!」
「つまり今、マゴコロ商会はアタシ達に一方的な契約破棄をしたから、アタシ達も損をしない筈なんだね?」
「それは貴方達の契約書次第だけれど、常識ではそうだな」
「マゴコロ商会の一方的な契約破棄ではありません!あなた達の契約不履行なのです!」
「どうだろう?僕達のアドバイザーになってくれないか?報酬は手に出来た利益の3割を渡す」
「待ちなさい!」
「5割なら」
「乗った!」
「アタシも頼む!」
「あなた達!そんな事は許しません!」
「ほら、アンタらも新入りに頼みな」
「え?何をだ?」
「途中から良く分かんなかったんだけど?」
「マゴコロ商会から新入りが金を取り返せたら、新入りに半分やるって約束を今アタシ達2人はしたんだ。アンタら2人もこの話に乗った方が良い」
「なんで半分もやるんだ!」
「それしないと、私も損をするのね?」
「ああ、そうだよ」
「ならやる。私の分もよろしくお願いします」
「ああ、貴方達の代わりに交渉しよう」
「俺はイヤだ!なんでコイツに金を渡さなきゃならないんだ!」
「分かった。貴方の分には手を付けない」
「当然だ!」
「それでもし、貴方達の契約書にもし、一方的な条項があるなら、そもそもその契約が不正だとする事も出来る」
「そんな事、出来るのか?」
「そんな訳がある筈ないでしょう!」
「まあ、スルリ殿の言う通りだろう。世間に名の通っているマゴコロ商会が、そんなリスクのある契約をする筈はないからな」
「それもそうか」
「だが今回の契約破棄は、大商会とは思えない失敗に思える」
「そうなのか?」
「ああ。この件を公にしない事で、より多くの金をマゴコロ商会から引き出せるかも知れない」
「え?それって、お金がいっぱい貰えるって事?」
「そんな訳がないって言っているではないですか!」
「その通り。だから周りに言い触らしたりはしない様に。口止め料も含まれるだろうから、金が貰えた後も言い触らせないからな?誰かに言えば逆に、金を請求されかねない。分かったか?」
「分かった」
「ああ、分かったよ」
「私も、誰にも言わない」
「よし」
「え?俺は?」
「と言う事で貴方達3人とは、契約を結ばせて貰う。後ほど契約書を作るが、取り敢えず口頭契約だ。マゴコロ商会から引き出せた利益の5割、私に寄越す事」
「ああ、それで頼むよ」
「いや、待ってくれ。利益の5割なのか?金額の5割ではなくて?」
「ふっ、貴女は正直だな。ああ。利益の5割で構わない。私は私で私の契約での交渉が必要だし、そちらで利益を得るから、貴方達のはその序でだ」
「そうなのか。アンタも正直なんだな」
「契約事ではな」
そう言って笑い合う元僧兵とアーチャーに、遅れて魔法使いが笑いに混ざる。斥候はその場に仰向けに倒れ込んで、大きく息を吐きながら「助かった」と言って伸びをした。
「あなた達、あなた達」
スルリは呟く様に何度も何度も、同じ言葉だけを繰り返した。
元リーダーはみんなの顔を見回して、自分の顔を指差して尋ねる。
「え?俺は?」




