求められる人材【傍話】
溜まり場になっている酒場にまた一人、冒険者が入店する。
いつもなら店員と遣り取りしながら何なら口説いたりもするのに、今日は仲間を見つけるとそのテーブルを真っ直ぐ目指した。
「おい?聞いたか?」
「何だよいきなり」
「遅かったじゃないか」
「どうしたんだ?」
「リルちゃんの事だよ」
「ああ、あの話か」
「なんだなんだ?オレのリルちゃんがどうかしたのか?」
「お前んじゃない」
「領主が買った杖の事だろう?」
「杖?」
「杖がどうしたんだ?」
「領主が娘の為に買った杖が、リルちゃんの杖にそっくりだって話だぞ?」
「え?領主の娘って、杖を何に使うんだ?」
「冒険者になる積もりじゃないよな?」
「さあ?リルちゃんに憧れてんじゃないのか?」
「あのわがまま娘が?」
「そう言えば、今日はリルちゃんのポーション、売り切れそうだったって話だぞ?」
「はあ?誰か協定を破って、買い占めたんじゃないだろうな?」
「何でもリルちゃんの納品を待ってた奴らが」
「あの暇人達か」
「ああ。あいつらが今日は納品がなかったって言ってたぜ?」
「ウソだろう?」
「まさか領主が金に物を言わせて、リルちゃんの杖を手に入れたんじゃないよな?」
「何でそんな話になるんだ?」
「だってマゴコロ商会が『輝きの光』のスポンサーになってからアイツら、なんか怪しくないか?」
「ああ、なるほど。リルちゃんが杖を手放したから、ポーションが納品されなかったって意味か」
「何落ち着いてんだ?!大変じゃないか?!」
「何慌ててんだ?お前、その話を持って来たんじゃないのか?」
「でもさっき店を覗いたら、リルちゃんのポーション、いつも通りに並んでたけどな?」
「え?そうなのか?じゃあ大丈夫なのか?」
「何だよ。人騒がせな」
「いや、待て。俺が持って来た話はそれじゃない」
「なら何だよ?」
「リルちゃん、『輝きの光』、辞めるか辞めたか、らしいぞ」
「え?リルちゃんが?」
「何でだ?」
「まさか!リルちゃん!コトブキ退職か?!」
「何だと!」
「俺のリルちゃんが結婚だと!」
「俺の天使が!」
「俺の聖女様が!」
「お前ら!静かにしろ!」
「これが静かにしてられるか!」
「俺が聞いた話だと、結婚じゃない」
「え?じゃあ何なんだ?」
「新しい回復役を『輝きの光』に入れて、リルちゃんは辞めさせるらしいんだ」
「だから、その辞める理由が結婚じゃないのか?」
「いや。『輝きの光』のダンジョン攻略速度が遅いのは、リルちゃんが足枷になってる所為だって言って、辞めさせるらしい」
「それって、俺らの怪我をタダで治してくれたりするからか?」
「『輝きの光』の奴らにバレたら、えらく金取られるけどな」
「あいつら、ガメツいからな」
「足下見やがるし」
「俺、リルちゃんから内緒でポーション分けて貰った事がある」
「俺もだ。内緒で聖水を分けて貰った」
「聖水?」
「いつだよ?」
「お前らとパーティーを組む前だよ」
「もしかして、清水ってやつか?」
「その通り」
「清水?」
「神殿の聖水とは作り方が違うらしいんだ」
「そうなのか?」
「効果は?」
「俺の聖女様が作ったんだぞ?神殿の聖水より効くに決まってるだろ!」
「なにキレてんだよ」
「でもそれ、神殿に目を付けられて、意地悪されてたらしいじゃないか」
「ああ。『輝きの光』の奴ら、自分達だって使ってたのに、リルちゃんが一人で勝手にやったって事にしたらしいよな?」
「なんだよそれ」
「ヒデえな」
「なるほど。それでリルちゃんがとうとう愛想を尽かして、『輝きの光』を辞めるのか」
「辞めるから杖を売ったのか?」
「そうか。そうかもな」
テーブルを囲んでいる冒険者達は皆、顔を伏せて溜息を吐いた。
「でも愛想尽かしたのは『輝きの光』にだろう?もしかして、他のパーティーに入れば、冒険者は続けるんじゃないか?」
「え?」
「確かに」
「俺達なら『輝きの光』みたいに攻略早くないから、リルちゃんにはちょうど良いんじゃないか?」
「確かに!」
「良し!リルちゃんを勧誘に行くぞ!」
「念の為、ギルドにもヒーラーの募集依頼出そうぜ!」
「リルちゃん限定でだな!」
「お前ら!声がデカい!」
「見ろ!あいつら!急に店を出て行くぞ!」
「しまった!聞かれたか!」
「あ!あいつらも!さっき料理注文したばかりなのに、出てこうとしてる!」
「俺!先に行くぞ!」
「俺も!支払いは任せた!」
「お前ら!俺のリルちゃんの勧誘成功したら、いくらでも奢ってやるからな!」
「お前のリルちゃんじゃないけど任せとけ!」
いつもは冒険者で夜遅くまで賑わっているその店は、その晩は客が戻らなくて、売り上げが上がらなかった店主は渋い顔をしてぼやく。
「いっその事、リルをウチの店で雇うか?」
その一方で店員達は、支払いを急いだ冒険者達がみんな「釣りは要らない」と言って出て行ったので、釣り銭を貰えてホクホクしていた。