聖女候補への修行【傍話】
「修行はどうだな?」
「あ、お父様!もちろん順調です」
「さすが、私の娘だ」
「ありがとうございます、お父様」
男は微笑みながら肯いて、その場にいるもう一人である神官には、表情を消して声を掛けた。
「それでどうなのだ?私の娘は?」
「修行に付いてでしたら申し分ありません」
「それは当然ではないか。魔力量や治療速度はどうなのだ?」
「そちらももちろん聖女候補として、見劣りする事はなくなって来ておりますよ」
「そうか。最近、ダンジョンで怪我をする冒険者が増えているのも、娘の練習にはちょうど良かったな」
「ええ、お父様、本当に。これも神様のお導きだと私は思うのです」
そう言って娘が神に祈る仕草をするのを笑顔で見ていた男は、眉根を寄せて目を細めた顔を神官に向ける。
「それで?聖女候補としてではなく、聖女としてはどうなのだ?」
「それももちろんです」
「そなたの言う事に従って、安くはない買い物までしているのだ。娘には確実に聖女となって貰わねばならん」
「このまま努力を続けて頂ければ、問題はないでしょう」
「問題ないのは当たり前だ。聖女になれるのだな?」
「このオフリーに聖女が現れるとの神託があったのです。この地に他に候補になりそうな者がいない今、順当に行けば問題はないかと」
「何故だ?何故そう歯切れが悪いのだ?」
「それは、しかし、今の聖女がどんな手で妨害して来るのか分かりませんので」
「王妃か。しかし国王は聖女捜しを指示したと聞く。王妃一人に出来る事など、限られている筈だ」
「王妃は一人ですが、同時に現聖女ですので、やっかいなのではありませんか」
「そもそも何故神殿は、聖女にそんなに弱腰なのだ?」
「それはご存知の通り、現聖女と聖女の地位を競った聖女候補達や、現聖女の就任に反対した神官達が、軒並み神罰にあっておりしましたので」
「しかしその聖女としての力も、イラス第二王子を産んでから、徐々に弱まって来ているのだろう?」
「ええ。そう言われています」
「今はほとんど力がないから、次の聖女の神託があったのではないか」
「その通りではありますが、その代わりにもう長い事王妃の座に就いていますので、今は権力と言う力も持っているではないですか」
「それなら心配ない。出自がはっきりとは分からない王妃とは違って、我が娘は由緒あるこのオフリーの領主家の血を継いでいる。我が家に付く貴族も多いし、娘が聖女候補になれば、もっと多くの家が我が家に付くだろう」
「さすがです、お父様!」
「どちらにしても当神殿としては、お嬢様を聖女候補として推薦します。そしてお嬢様に教えられる事は全て教えますし、身に付けて頂きます。今はそれしか出来る事はありません」
「まあ、仕方ない。娘が聖女にならなければ、そなたにもこの神殿にもメリットがない事は、くれぐれも忘れるな」
「ええ、もちろん。お嬢様に聖女になって貰わなければ、我が神殿の立場さえ危ないのですから」
「分かっていればよろしい。では帰るぞ」
「はい、お父様。神官様、本日もありがとうございました。また明日もお願いいたします」
「ええ。気を付けてお帰り下さい」
二人を見送った神官は、一人になった部屋で溜め息を吐いた。
「全く、毎日毎日どうだどうだと。一日でそんなに変わる訳がないだろう?毎日訊くな。親が親なら娘も娘だ。ヘラヘラフワフワ。もう少し真剣に取り組んだらどうなんだ?仮にも聖女候補になろうと言うのだから、もう少し怪我人や病人に、気持ちを寄り添わせたらどうなんだ?まったく」
そう言って神官はドサリと椅子に腰を下ろす。
「まあ、しかし、今の聖女よりはマシか」
そう言うと顔を上に向けて目を閉じた。
「まあ神殿の事をまったく知らないあんな娘が聖女になれば、言うことを聞かせるのは容易い。あの娘に権力を持たせられれば、神殿内での立場も揺るぎなく出来る。いや本当に、このオフリーに聖女が現れるとの神託は、ありがたかった。これも私の信心の賜だな」
そう言うと神官は、大きく腕を伸ばして伸びをした。
馬車の中で父と娘は向かい合って座っている。
「あの神官の事は、ちゃんと制御出来ているのか?」
「ええ、ご心配なく、お父様」
「お前の事を大分軽んじている様に見えるぞ?」
「ええ。隙を探る為には、その方がよろしいではありませんか」
「それは分かるが、このまま増長したりしないか?」
「聖女と一神官。持つ事の出来る権力は、自ずから異なりますので、心配はいりません」
「まあ、そうだが、あの神官が下手を打てば、お前が聖女になる事の足を引っ張るかも知れん」
「ええ。油断はしませんが、お父様が手に入れて下さったこの杖があれば、問題はありませんので」
「そうか?私には良く分からんが、そんなに良い杖なのか?」
「それはもう。高出力が安定して出せますので、この杖さえあれば、もしかしたらお父様でも、聖女になれるかも知れませんわ」
「いや。私では王子とは結婚出来ないから、お前に任せる」
「ふふ。そんなに嫌そうな顔をしたら、不敬になりますよ?」
「姑が王妃だと思うと、たとえ私が女でも、王子と結婚したいとは思わんよ」
「その王妃も、私が聖女となったなら、直ぐに引退する事になりますから」
「ああ。期待しているぞ」
「はい。お任せ下さい」
父と娘は向かい合いの席で、笑みを浮かべて肯き合った。




