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それから

 公式な発表では、一連の出来事はダンジョンが原因だとされた。


 浄化と封印がなされていた筈の王都のダンジョンが復活しており、その為に王宮が倒壊したと公表された。

 また、そこから漏れ出た魔力に元王妃の魔石が侵されていたともされている。元王妃に魔石が出来たのがいつだったのかは不明だが、王都に来た時には既に魔石を宿していて、聖女に就いた時にはダンジョンの影響を受けていたとの推測が公表された。

 その為、元王妃は正常な判断を失っており、魔石の力を使って神官や聖女候補を害していたとされる。

 実際、魔石を取り除いた後の元王妃は穏やかな性格となっており、これまでの己の(おこな)って来た事柄に対して深い反省の態度を示している。

 そして魔石とダンジョンの影響を受けていた元王妃を聖女とした神殿と、それを認めた王家にも罪があるとされた。神殿はそれを既に亡くなっている1人の神官の所為であるとして、神殿に責任がある事は認めなかった。一方で王家は、誤ったのは当時の国王と当時の王太子であり、そしてその2人の決定を最終的には受け入れて元王妃の夫となった現国王にも罪がある事を認めた。

 既に亡くなっている先々代と先代の国王の墓碑には、「愚かな」の文字が追加され、現国王が亡くなった時にも墓碑に「愚かな」の文字が刻まれる事が決められた。

 宰相を始め、元王妃に与した者達は犯した罪を詳らかにされ、その上でダンジョンと魔石に操られていたとされた罪に付いては、罰を一段階軽くされた。これに付いては一部の国民や貴族の反発があったが、リルが聖女として罪に問われた者達の死刑を許さなかった。死の代わりに生きて罪を償う事を犯罪者達に()いたのだ。



 国王の跡を嗣ぐのは王太子とされた。

 宰相の家もそれほど遡らずに王家の血に辿り着く為、王太子が嗣ぐ事に問題はないと結論付けられた。戸籍上は王太子は国王の息子のままとされている。


 リルが助けた怪我人の多くは、気を失っていた為に治療を受けた際の記憶を持たず、それらの人々を治したのはオフリーの聖女だとされた。

 実際に移動しながら救出と治療を行ったリルよりは、一所に(とど)まって運ばれて来た多くの怪我人を治療し続けていたオフリーの聖女の姿の方が人々の記憶には残っていた為、知らなければ功績の付け替えに気付く人はいなかった。



 リルは再び、今度は公式に聖女を名乗った。

 そして犯罪者への罰への関与だけではなく、いくつかの法律にも聖女としてのリルの名で干渉が行われた。

 その1つは貴族男女の接触に関する、破廉恥法と呼ばれていたものの廃止だ。慣習に付いては個人同士、家同士として対応する事は禁止しないが、女性にのみ罪を償わせる事は新たな法で禁じた。そして非常時には男女の接触は許容される事とし、慣習に基づいて婚姻等を変更する場合にも、それが非常時に行われた事ではなかった事の証明を必要とさせた。

 また他にも細々(こまごま)といくつかの法改正を聖女としてのリルの名で(おこな)った。

 そして最後に聖女の身分を明文化して、その中で聖女が国政に関わる事を禁じた。国の祭事への参加は認めたが、政治に干渉する事は固く禁じられる。また、聖女は1人とは限らない事が法に明記され、王族との婚姻は禁止しないが聖女にも王族にも強制してはならない事も明記されている。また念の為にと、聖女には結婚しない権利もある事も示されていた。ただし、聖女とされる条件に付いては法では定めない事も法に記された。

 こうして、聖女に関する法の整備を始め、諸々の事態の収拾を終えると、リルは公式に再び聖女の立場を下りた。



「これが母の墓だ」

「花が供えられてるけど、毎日上げられているの?」

「いいや。父が訪れていたのだろう」

「そうか」


 リルはハルから花を受け取り、ハルの母の墓前に献げる。そして手を合わせて目を瞑り祈った。

 ハルは祈るでもなく目を瞑るでもない。リルの隣に立ってただリルの様子を眺めていた。

 リルは目を開けて手を下ろし、ハルを見上げる。


「拝まないの?」

「いや。そう言う事は(おこな)った事がない」

「そう?ズーリナとかイザンとかの風習なのかな?」

「どうだろう?もしかしたら父は拝んだりするのかも知れないが、私自身はここに来る事がほとんど無かったからな」

「・・・そうなのね」

「ああ」

「隣に、本当にハテラズ王子様のお墓もあるのね」

「そうだな」


 リルはハルから残りの花を受け取ると、ハテラズの墓に供えた。そしてまた手を合わせて目を瞑り祈る。

 目を開けて手を下ろしてハルを見上げたリルと、呆れた顔をしたハルの目が合った。


「その墓には誰も入っていないのだぞ?」

「知ってるけど?ハルはここにいるし」


 リルはハテラズの墓を振り向く。


「お父さん、こちらには花をあげなかったのね」

「そうだな」

「このお墓が作られてもきっと、お父さんはハルが生きている事を信じてたのかも知れないね」

「そうだな。もしかしたらこの墓に花を供えたのは、リルが初めてなのかも知れないな」

「そんな訳ないよ。ねえ?生きてる内に自分のお墓を作っとくと長生き出来るって聞いた事あるけど、ハルはここに入るの?」

「いや、なぜだ?ここはハテラズの墓だ。私はリルと共に長生きはする積もりだが、だからと言ってここに入る気はない」

「そうか」

「そうだとも。リルがハテラズの墓に祈るのも、私には理屈が分からない」

「でも、私がハルと結婚できるのも、ハテラズ王子様が亡くなった事になっているからだし、そう言う意味ではここはやっぱりハテラズ王子様のお墓だし、ハルの代わりに亡くなってくれたハテラズ王子様には、私は感謝してるのよ」

「そう、か」

「うん。亡くなって感謝なんて、酷いけどね」

「ふっ。この墓の中は(から)なのだ。気にしなくても良いだろう」


 花を全て供え終えて、手の空いたハルはリルに手を差し伸べた。その手をリルが取ると、2人は並んで墓所を出る。


「一段落付いたし、いよいよ出発だな」

「そうね。先ずは裁判が近いズーリナだけど、本当に馬車じゃなくていいの?」

「ああ。馬車より、私がリルを抱いて走った方が早いだろう?」

「そうだけれど、さすがに遠くない?」

「いいや。地図で見る限り問題ないな。でも長い事抱かれて運ばれるのは、リルが疲れるか?」

「ううん。私、馬車は苦手だから、ハルに運んで貰った方が私は助かるけど」

「ズーリナでの馬車をララ殿が用意してくれるとの話だが、苦手だと言うのなら向こうでも私がリルを運ぼう」

「いや駄目なんじゃない?偉い身分の人は馬車での移動が必須でしょう?」

「私はリルに付き添う一般人のハルなのだから構わないだろうが、そうだな。リルはズーリナではララ殿の孫でルル殿の娘。そしてリル自身もズーリナ聖国の聖女だ。窮屈でもそれなりの装いをしなくてはならないだろうからな」

「う~ん。それを考えると、今から気が重いけど」

「公の場以外は普段通りで構わないと母上にも言われていたじゃないか?それほど気に掛けなくとも構わないだろう?」

「それはハルはちゃんとした礼儀作法を身に付けているから良いけど、お母さんが言う事なんてあてにしたら、痛い目を見る気がしてしょうがないのよ」

「父上を救う為なのだから、確かに侮られる様な事は避けた方が良いが、リルの所作も悪くはないぞ?」

「そう?」

「ああ。リルが頑張って習っているのは分かっているし」

「付け焼き刃だけどね。でも悪くないではなくて、良いってハルに褒めて貰えるまでは続ける積もりだから、期待してて」

「ああ。期待させてもらおう」

「うん」


 2人は並んで歩きながらお互いに顔を向けて、微笑みを交わした。


「その後はイザンに行って、お母さんを解放して貰って、またズーリナに戻って、お父さんの裁判でお母さんに証言して貰って」

「ああ。それで父上も解放だな」

「なんかごめんね?ハルを連れ回す事になって」

「いいや、構わない。父上も母上も、私に取ってはもう家族だ」

「ふふっ。2人とも驚いていたよね?」

「そうだな。まだリルが見付かったと言う連絡が届く前に、リルから通信があったのだからな」

「ハルの魔力のお陰で、ズーリナともイザンとも通信出来たし、ハルの発明のお陰でお父さんとお母さんもお互いの顔が見れたし」

「私ではなく、リルが作ったのだから、リルの発明だろう?」

「でも、一方の映像と音声をもう一方に転送すれば、3者で同時に通話出来るって言うハルのアイデアがなければ、私には作れなかったし」

「たとえそうだとしても、アイデアを聞いただけで作り上げたのだから、やはり私のリルは素晴らしい」

「ありがとう。でも、私のハルこそさすがだわ」

「こちらこそ、褒めて頂いてありがとう」

「いいえ。でもあのアイデア、どうやって思い付いたの?」

「どうとは?」

「こう、私の映像とお父さんお母さんそれぞれからの映像を合成して、それぞれ違う方に流すなんて、アイデアの元になりそうなものもないじゃない?何もないところから思い付いたの?」

「あ~、いや。子供の頃の遊びからだろうか?」

「遊び?」

「ああ。遊びと言っても1人遊びなのだが、母の形見に三面鏡があって、幼い頃はそれで遊んでいたのだ」

「鏡で?どうやって?」

「こう、鏡を閉じ加減にして隙間を僅かに開け、そこに自分の顔を挟む、と言うものなのだが」

「それって自分の顔がたくさん映って見えるやつ?」

「ああ、そうだ」

「私もやった事はあるけれど、1人遊び?」

「ああ。暇があるとやっていたけれど、そうだな。今考えると、周りに自分と同じ髪や瞳の色の人間がいなかったから、そうやって視界全体を自分だけでいっぱいにする事で、心の安定を図っていたのかも知れない」


 リルはハルの腕に抱き付いた。


「心配はいらないぞ?それで安定していたのなら、問題はなかったと言う事だからな」

「・・・そうだね。その時のハルのお陰で、両親はお互いの顔が見れて安心したし、その様子を見れて私も安心出来たんだものね。それにハルの事も紹介出来たし」

「そうだな。あれも無駄な遊びではなかった」

「無駄な訳ないよ。ハルは辛かったと思うけど、ハルがそう言う状況に置かれてたお陰で、私はハルに出会えたんだし」

「ああ。確かに無駄などではない。私の人生には必要な事だった。リルと出会う為には」

「うん」


 2人は足を止めて、見詰め合った。ハルが空いている方の手を伸ばし、リルの頬に触れる。


「早く、リルを妻にしたい」

「うん」


 リルはハルの手に自分の手を重ねた。


「私も早く結婚したいけど、両親の事が解決するまで待たせてごめんね?」

「いいや、大丈夫だ。こうしてリルが隣にいてくれるのだから、堪えられる」

「うん」

「だが、本当に夫婦になれるのは一体いつだ?ズーリナ聖国で結婚式を挙げた時か?イザン工国で結婚式を挙げた時か?それともこの国に戻って来て結婚式を挙げた後か?」

「この国に戻ってからじゃないの?それまで私達は清い関係のままでいた方が良いのでしょう?」

「私はもう王族でも貴族でもないのだから、構わないのだが、まあ、我慢するか」

「ハルのお父さんとお母さんも結婚まで何年も待ったんだから、その2人の子のハルももう少しだけ待ってね?」

「分かっている。さっさと問題を片付けてしまってからだな」

「うん」

「その後は国内のダンジョンを巡るので良いのだな?」

「うん。お父さんと弟くんに頼まれたし、良いよね?」

「もちろん私は構わない。リルと一緒なのだから」

「うん。国内のダンジョンに問題ないのを確認したら、その後はデメースに行って」

「そうだな。デメース神国の跡地でいつまでもアンデッドに彷徨われたら、周辺国は気が休まらない。しかし良いのか?デメース全体の浄化など、何年も掛かるだろう?」

「そうね。でも私達が浄化したら、デメースの跡地も領地に出来るんでしょう?オフリーの復興や王宮倒壊や元王妃の被害者の補償の財源に出来るんだから、頑張ろうよ?私達なら出来るんだから」

「そうだな」

「うん。ハルに跡を嗣がせる事を諦めてくれたお父さんの為にも、ハルの代わりに跡を嗣いでくれるイラスくんの為にも、私の代わりにこの国で聖女を務めてくれるマーラさんの為にも、デメースを丸っと浄化してプレゼントしよう」

「丸っとか」

「うん、丸っと」


 実際にプレゼントされたら、皆が喜びながらも困るだろうなと思いながら、ハルは笑顔のリルに自分も笑顔で返した。


「リルが言うと簡単そうに思えて良いな」

「ハルがいてくれるから、私にも簡単に思えるよ」

「そうか」

「うん。それからどうする?」

「それから?」

「うん。それから」

「それからか・・・」


 ハルはリルから目を外し、視線を下げる。


「考えてみたら私は、先の事を自分で決めた事はなかったのかも知れない」

「え?そうなの?」

「ああ」


 ハルは顔を上げて、視線を遠くに送った。


「いつも、やる事が決まっているか、やらなければならない事が出て来るか。それらを熟すので精一杯だった気がする」

「え?そうだったの?」

「ああ」


 ハルは視線をリルに戻す。


「自分で決めたのは、リルと共に生きる事が初めてだったかも知れない」

「・・・そうなのね」


 今度はリルが視線を下げた。


「でも、私もそうかも?」

「リルも?」

「うん」


 リルも視線をハルに戻す。


「お父さんの故郷に行こうって思ったのも他にやる事がないからだし、ケガをしてる人を助けるのも両親から教え込まれた反射だし」

「つい助ける、と言っていたな」


 ハルは微かに数度肯きながらそう言った。


「うん。だから、自分で決めたのは私も、ハルと生きていく事が初めてかも?」


 ハルの手に頬を押し付ける様に小首を傾げるリルに、ハルは笑みを向ける。

 そしてハルはリルの頬に当てている手で、リルの顔を真っ直ぐに戻した。


「リル?」

「うん?」

「愛しているよ」

「うん、ハル。私も愛してる」


 2人の影が重なる。それは少し、破廉恥であった。



 王宮はダンジョンの上に築かれている。

 そのダンジョンは、勇者と聖女が浄化をして封印を施していた。

 勇者はその身を挺して何度も聖女を守り、聖女は何度も勇者の命を救った。


 その際に、勇者の命を救う為に聖女が勇者に注ぎ込んだ魔力が核となり、勇者の体内には魔石が生じていた。その魔石が原因で勇者は、勇者が生来得意であった筈の種類の魔法が苦手であった。しかしその代わりに、聖女が生来得意とした種類の魔法を勇者も得意とした。

 そして聖女は探知魔法にも長けていたのだけれど、聖女自身の魔力で作り出されていたが為に、勇者の魔石には気付く事はなかった。


 ダンジョンを浄化して封印した後は、その地の管理を隣国の王家に任せたと言うが、それからの勇者と聖女の話は一切伝わっていない。

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