祖父母と両親
離宮の応接室の1つに5人が入る。
テーブルを前に、上座に国王が座り、その左右の片側にズーリナの聖女とイザンの薬師が、もう一方にリルとハルが腰を下ろした。ハルに誘われただけのリルは気付かなかったが、リルが座ったのは国王の席の次に偉い人の席だ。
「さて、ララ殿、バジ殿。リルはズーリナ聖国とイザン工国が捜索依頼を出していた、あのリルと言う事で間違いないのだな?」
年齢が合わないと言われた事を思い出して、リルの眉根が僅かに寄った。それが視界の端に映った国王の眉根も寄って、浅く皺が出来る。
「はい」
「その通りです」
「リルはルルの娘で間違いございません」
「ガリの娘でございます」
「うむ」
国王は「少女」などと言わない様に、改めて気を引き締めた。
「ズーリナ聖国からもイザン工国からも、発見次第引き渡して欲しいとの要望が来ていた。しかしリルは1人であるし、見て貰った通りハテラズの大切な女性でもあるし、余の命の恩人でもある」
国王は少し「女性」の単語を強調して発音した。
「はい。ですがリルには何としても1度、ズーリナ聖国を訪ねて来て貰わねばなりません」
「イザン工国も訪ねて貰う必要があります」
「うむ。と言う事なのだが、リル?」
「私は構いませんけれど、ね?ハル?」
「ああ。私も一緒でよろしければ、私も構いません」
「ハテラズ殿下ももちろん歓迎致します」
「イザンもです。ただし急ぎイザンを訪ねて下さった方が、リルに取っては良いかと」
「それはズーリナの方こそです。リル?先にズーリナに来た方が良いよ?」
「リルを帰さない積もりか?」
「そうじゃないよ。こっちには都合があるんだよ」
「それはイザンもだ。陛下、国家の機密に絡む話がリルにありますので、2人だけで話しても良いでしょうか?」
「なんですって?」
「ああ、構わん」
「ありがとうございます。リル、こちらへ」
「ちょっと!バジ!」
「陛下もお許しになったのだ。悪く思うな。さあ、リル」
イザンの薬師に促されて、リルは部屋の隅でイザンの薬師と言葉を交わす。その2人の様子をズーリナの聖女は体を捻って凝視し、ハルと国王も2人に顔を向けた。テーブルに残った3人は耳を澄ます。
「ホント?!」
リルの声が喜びに弾んでいるのが、ハルにも国王にもズーリナの聖女にも感じられた。
そして席に戻って来るリルの表情がとても明るい。
「ハル!王都の片付けが終わったら、イザンに行ってもいい?」
「ああ、もちろんだとも」
「リル?バジに何を言われたんだい?」
「それはララには教えられんな」
「バジには訊いてないよ」
「ごめんね、ララ様。秘密なの」
ズーリナの聖女は顔を蹙めた。
「う~ん、リル?」
「はい?」
「私があなたの祖母だって、気付いてはいるだろう?」
「・・・え?」
「それを言ったら私だって、リルの祖父だ」
「ええ?」
「なんだい?気付いていなかったのかい?」
「バジと言う名で気付いたかと思ったが」
「私もだよ。まあ、ララって名前はありふれてるけれどね」
「え?私にも、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんがいたって事?」
「そりゃあいるだろう?ルルは私が産んだんだよ」
「そして私がガリの父、バジだ」
「お祖母ちゃんと、お祖父ちゃん?」
「ああ」
「そうだ」
「つまり、2人は夫婦だったの?」
「そんな訳ないだろう?」
「そうしたらガリとルルが兄妹になってしまうではないか」
「私には歴とした夫が、リルのもう1人のお祖父ちゃんがズーリナにいるんだよ」
「リルのもう1人の祖母、私の最愛の妻もイザンでリルを待っている」
「そう、なのね」
「名前で分からなくても、魔力の波動とか言うやつで、血の繋がりは分かっていたと思っていたのだけれどね?」
「あの、ズーリナの人もイザンの人も両親以外で初めて会ったから、国民的特徴かと思って」
「まあ、そうかい。それは良いけど、だからズーリナに来ないかい?」
「それはイザンも同じだ。イザンもリルの所縁の地と言える」
「ズーリナにはルルを知っている人間も大勢いるよ?」
「イザンにもガリを知る人間は多い」
「ルルの聖女仲間も沢山いるし」
「薬師も同じだ。ガリの同期も多数いる」
ことごとくイザンの薬師に被せられ、ズーリナの聖女は目を閉じて苦しそうな顔をする。それをリルは心配した。
「あの、ララ様?」
「お祖母ちゃんだよ」
「え?お祖母ちゃん?」
「そう。お祖母ちゃんと呼びな」
目を閉じたまま表情も変えずに、ズーリナの聖女はリルにそう言う。
「あの、お祖母ちゃん?」
「なんだい?」
ズーリナの聖女が目を眇めてリルを見た。
「イザンの次には、ズーリナにも行くから。ね?ハル?良いよね?」
「ああ、もちろんだとも」
「いや・・・それじゃあ遅いんだよ」
ズーリナの聖女は目を瞑り、小さく首を左右に振りながら深く息を吐いて、大きく息を吸ってから、両肩を落として「仕方ない」と呟く。
「仕方ないね。私が責任取れば良いんだろう?」
「責任?」
「ああ。リル?」
ズーリナの聖女は両目を開けてリルを正面から見た。
「あ、はい?」
「ズーリナにはリルのお父さん、ガリがいるんだ」
「え?」
「なんと?」
リルもイザンの薬師もハルも国王も、驚きの表情でズーリナの聖女を見た。
「お父さん、生きてるの?」
「ガリが?」
「ガリ殿は亡くなったのではなかったのか?」
「身柄は私の家で預かっています。リル?ガリは生きてるよ」
「お父さんも・・・お父さんも生きてるのね?」
「ああ。え?も?」
ズーリナの聖女は戸惑う。
リルはそれには気付かずに、ハルの両手を握って胸元に付けて、ハルを見上げて目を潤ませた。
「ハル!お父さんにもお母さんにも会いに行こう!」
「あ、ああ。え?お母さんにも?」
「あっ!」
リルはハルの手を離して自分の口を隠し、イザンの薬師を振り向く。
イザンの薬師はズーリナの聖女と、お互いに驚いた表情で見詰め合っていた。




