成長力仮説
驚きがどうにか収まると、国王はホッと息を吐いた。
「いや、良かった」
その呟きをリルの耳が拾う。
「何が良かったのですか?」
リルに問われて国王はハルを見た。そして緊張の解けた心のままに、言葉を口にしてしまう。
「ハテラズが幼女趣味・・・いや、違うのだ」
国王は慌ててリルを振り向いた。国王の目には無表情なリルの顔が映る。
「少女や小娘と言われた事はあるし、子供扱いも良くされるけれど、幼女ですか?」
「いや、言葉の問題なのだ。少女趣味だと、こう、フリルとか人形遊びとか、ハテラズがその様な事をする筈がないであろう?」
「幼女趣味ならハルがするかも知れないと?」
「いや、違う。違うのだ。余が言葉を誤った。赦してくれ、リル」
「お父さんとも後で話し合いですね?」
「あ、ああ。分かった」
肯く国王からリルはズーリナの聖女に視線を移した。
「ララ様、分かったわ。これが聖女の呪いなのね」
「いや、まあ、そうだね」
違うとは思いながらも肯くズーリナの聖女の様子に、イザンの薬師が笑いを堪える。
「でもララ様?私はもう聖女を辞めたから、これから体の成長が始まるわよね?」
「え?いや、どうだろうね?」
「え?なんで?」
「う~ん?リルほど若く、聖女になった女はいないからね」
「そんな~」
悲しげな顔を見せるリルに、ハルは慰めの言葉を掛けようと思うけれど、リルはそのままでも良いと言うのは慰めにはならなそうで、何と言えば良いのか思い付かなかった。
リルに、笑いを消したイザンの薬師が言葉を掛ける。
「聖女が若い見た目を保つ原因が分かっていないのだ。早い内に、そのまま生きて行く覚悟が必要なのではないか?」
厳しい意見だけれど、ハルもイザンの薬師の言う通りだと思った。そしてそれならハルにもリルにしてあげられる事がありそうに思える。そう考えてリルに言葉を掛けようとするけれど、それより先にリルが口を開いた。
「覚悟はとっくにしているわ。長い事、ずっとこうだったし。でも私がこの容姿だと、一緒にいるハルも変に思われるでしょ?」
「リル」
自分を思ってくれるリルに、ハルが感謝を返そうとするけれど、やはり何と言えば良いのか思い浮かばない。するとリルが言葉を続けた。
「幼女趣味とか」
リルにちらりと見られ、国王は小さく息を吐いた。
「女性らしい容姿にはならなくても良いから、もう少しだけ身長が欲しい。今までは諦めていたけれど、理由が分かったら対処も期待出来るんじゃない?」
「成長が止まる理由が聖女になったからだとしても、聖女になると何故成長が止まるのか、その原因が分かってはいないではないか」
イザンの薬師にそう言い切られて、リルの眉尻が下がる。
「原因も、それらしいものは思い付くんだよ」
「ララ様?ホント?」
リルは喜んで、イザンの薬師は眉を顰めて、ズーリナの聖女を振り向いた。しかしズーリナの聖女は難しい顔をしている。
「リル?聖女って、女しかいないんだけど、なんでだが分かるかい?」
「え?聖女って女だからでしょ?聖女だし」
「そうではなくて、聖女が聖女と認めるのは女だけって説明では一緒か。え~と、そうだね」
「聖女が別の名前、例えば聖者とか聖人とかであっても、女性しかならないと言う事だな?」
「そう、それ。バジの言う通りなんだ」
「そうなの?でもなんで?」
「女は子供を産むだろう?どうやらそれが関係してるんじゃないかって、私は思っているんだよ」
「そうなの?」
「ああ。妊婦って自分の体で胎児を守り育てるだろう?胎児は母体の中で考えられない程の成長をするんだよ。でね?もし母親が自分の成長力を子供に与えているとしたら、母親は成長しなくなるだろう?」
「え?そう言うものなの?」
「いや、おかしな話だし、実際には出産直後の女は10歳も老けて見える事があるけれどね?でもね?出産を経験してから聖女になる女は多いんだ」
「え?そうなの?でも私、出産どころか妊娠する様な事もした事ないけど?」
「多いと言うのが7割とか8割とかだし、私もルルも結婚前に聖女になっているからね」
「そうなのね。でもそれで何故、歳を取らない話になるの?子供を産んでないのに?」
「魔法を使って治療するだろう?その魔法の効きが、聖女か聖女じゃないかで違うんだよ」
「え?同じ魔法でも?」
「ああ。杖を使って魔力を揃えても、結果に差が出る。聖女の方が治療効果が高い」
「その時に成長力を怪我人に渡しているって事?」
「そうじゃないかって事だよ。飽くまでも私の個人的な意見だけどね。でもリル?かなり幼い頃から魔法で治療をしていたんだろう?そう聞いているよ?」
「そうだけど」
「聖女になる為の修練と言うのは、魔法を覚えたりもあるけれど、要は怪我人や病人の治療なんだよ。それを毎日繰り返すのさ。それなのでリルも、多分デメースで治療を繰り返している内に、聖女になったんだろうね」
「つまり、治療を続ける限り、私は成長しないって事?」
「いやあ、それが分からないんだよ」
「分からない?」
「聖女って嫌われたり襲われたりするって言ったろう?」
「ええ」
「それで聖女を辞める女もいるんだけど、治療をしなくなっても、聖女を続けてる女とそれほど変わらないんだ」
「え?どうして?」
「分からない。一旦聖女になってしまえば、こう、治療以外の魔法を使う時にも、成長力を魔力に込めてるのかも知れないけど、その成長力の話も仮説だから、本当に分からないんだよ」
「じゃあ私って、このままって事?」
「おそらくは」
「そんな~」
「いや、そうとも限らないぞ?」
「え?バジ様?」
「バジ。リルに変に期待を持たせるんじゃないよ」
「いいや、ララ。可能性の話だ。リルが幼い頃に聖女になっていたとしたなら、今も幼女の姿のままだろう。だが、そうではない。成長が遅かったとは聞いているが、ララの説が正しければ、聖女になった所為で成長の鈍化が始まったとしても、成長はしていたのだ。他の聖女に比べたら大人の姿になるのは遅いのかも知れないけれど、なれない訳ではないかも知れない」
「ホント?!バジ様?!」
「可能性はある」
「まあ、言われてみれば、確かにそうかもね」
「ホント?!私も女性らしい魅力的なプロポーションになれるのね?・・・・・・なんで?なんで誰も何も言ってくれないの?」
「いや、魅力的かどうかは、個人の主観の問題だからな」
「ルルも魅力的と言うのとは違う容姿だったからねえ」
「リルはそのままでも、私に取ってはとても魅力的だ」
リルは、肯定しないイザンの薬師とズーリナの聖女ではなく、本心なのだけれど慰めの様な言葉になってしまったハルの事を睨んだ。




