聖女の呪い
「あれ?待って?」
リルは首を大きく傾げる。その様子にズーリナの聖女は眉根を寄せた。
「どうしたんだい?」
「ララ様?私の母の師匠なの?」
「まあ、そうだね。どちらかと言うと、ルルが私の弟子なんだけどね」
「え?どう言う事?」
「まあ、それで?どうしたんだい?」
「あの、ララ様?ハルのお母さんの師匠でもあるのよね?」
「そうだね。ミファーラも私の弟子だよ」
「・・・そうすると、ララ様?子供の頃から弟子を取ってたの?」
イザンの薬師が「ぷっ」と噴き出す。リルはちらりとそちらを見たが、ズーリナの聖女に視線を戻した。
「私の母とは同い年くらい?でもきっと、ハルのお母さんよりは年下よね?」
大勢の前で年齢の話を出され、ズーリナの聖女は困惑する。
周囲の人間もハルも困惑はしたけれど、この場を何とかしようと、ハルがリルに声を掛けた。
「あの・・・リル?」
「え?なに?」
声を掛けたものの、リルの無垢な瞳に見詰められて、ハルも何と続けて良いのか分からない。
それらの様子を1人、困惑ではなく笑いを堪えていたイザンの薬師が口を挟んだ。
「リル?ララはこう見えて私と同い年だ」
「嘘言うんじゃないよ!バジの方が1つ上じゃないか!」
「今は、であろう?三ヶ月の差ではないか」
「え?待って?ララ様?・・・」
「ああ、そうだよ」
ズーリナの聖女が開き直って、ぶっきら棒に肯定する。
「魔法で外見を変えてるの?」
「そんな訳あるかい!」
大声を上げるズーリナの聖女の隣で、イザンの薬師が堪えた笑いを僅かに漏らす。それを一睨みしてズーリナの聖女が言葉を続けた。
「これが聖女の呪いなんだよ」
「イザンでは祝福と呼んでいるがな」
「この国でも同じく、ズーリナの聖女への祝福と呼んでいる」
ハルに言われてリルは振り向く。そして周囲を見回すと、知らなかったのは自分だけだった様な様子なので、リルは驚いた。
「聖女は聖女が分かると言っただろう?」
ズーリナの聖女の言葉に、リルは視線を戻す。
「え?ええ」
「それだけではなく、聖女になると何故か老化が遅くなるんだよ」
「え?そうなの?」
「ああ。あっ、寿命は伸びないよ?」
「え?」
「見た目が変わらないだけで、老衰でも死ぬし」
「イザンでも薬師が、主に女性達が、血眼になってその謎を解明しようとしているのだよ」
「分からないの?」
「ああ。イザンの技術を以てしても、まだ分からない」
「それ?大丈夫なの?呪いって、他に副作用とかないの?」
「呪いって言うのは、見た目と年齢が合わない事で結構苦労をするのだけれど、それが理解されない事を言ってるのさ。本人の体には副作用と言えるものはないけれど、社会的には良い事なんてないからね」
「え?苦労?良い事ないって、若い方が嬉しいんじゃない?」
「孫ほどの男性に熱烈にプロポーズされてみな。周囲に攻撃されるのは私の方だからね?若い子を騙すなとか誑かせるなとか散々だよ。自分じゃなくて他の聖女がそう言う騒ぎになっても、聖女って一括りで攻撃されるしね」
「敬われたりはしないの?」
「怪我や病気を治して貰った人は感謝してくれるけど、その人達が崇拝したりしたらまた、騙してるとか唆してるとか言われるんだ。だから聖女になるとみんな引き籠もって、滅多に外に出なくなる。それがまた、自分達だけで隠れて何かをしているなんて、噂に繋がるのさ」
「そんな状況なら、ズーリナの聖女っていやいやなるの?あれ?でも修行するのよね?いやいやするの?」
「いいや。なりたいって娘は多いよ。聖女をなんだかんだ言う女も、なんでアンタ達ばかり良い思いをしてって、要は嫉妬で言ってるのだから、裏を返せば自分もいつまでも若くいたいって事だから。だから聖女を悪く言う人間の中には、若い頃に聖女の修練をしていた女も結構いるんだ。そう言う女ほど、過激だしね」
「過激?」
「聖女達が独り占めしている若さの秘密を万人に解放する為だと言って、聖女を攫って秘密を吐けって拷問したり」
「え?そんな事まで?大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないよ。怪我や毒は自分で治せるけど、痛いは痛いし、襲われたら怖いし」
「え?ララ様?出歩いてて大丈夫なの?」
「私だって引き籠もっていたいけど、リル」
「え?はい」
「私はリルを探しに来たんだよ」
「え?私?」
「ああ。落ち着いたら、後で話そう」
「あ、うん」
戸惑いながらもズーリナの聖女に肯くリルに、イザンの薬師も話し掛ける。
「リル?」
「え?はい」
「私もリルを探しに来たのだ」
「バジ様も?」
「ああ。私も後で時間を貰えるか?」
「あの、はい。分かりました」
「いや、待ってくれ、ララ殿、バジ殿」
国王が慌てた様子で口を挟む。
リルが振り向くと、ハルや他の何人かが、驚いた様子でリルを見ていた。
「そなた達が探しておったリルとは、このリルなのか?」
「はい。そうです」
「ええ、そうですね」
「ズーリナ聖国とイザン工国が国を挙げて探していたリルが?この、オフリーやこの王都で多くの人々を助け、ハテラズと余の命も助けてくれた、このリルの事だったのか?」
「はい」
「ええ」
「いや、捜索情報と歳が違い過ぎるではないか?リルはまだ少女であるぞ?」
国王の言葉にリルはムッと顔を蹙めた。
「私、もう大人です」
「いや、リル?そうではなくてだな、ズーリナ聖国とイザン工国が探していたリルは、もっと年上なのだ」
「国王様。リルがまだ子供の様に見えるのは、多分、聖女の呪いの所為なのです」
「このリルは間違いなく、私が探していたガリの娘のリルです」
「ルルの娘のリルで間違いありません」
「こう見えてリルは、ハテラズ殿下より1つ年上なのですよ」
「え?」
「なんだって?」
リルとハルが驚いた顔を見合わせる。
「年下だったの?」
「年上だったのか?」
「あんなに老けてたから、てっきりおじさんだと思ってた」
「これほど可憐なので、てっきり・・・」
「てっきり?なに?子供だと思ったって?」
「いや、可愛いなと」
「てっきり可愛いってなに?」
「いや、可愛いと言うのは小さいとか幼いとかの意味は含まず、純粋に私はリルが可愛い」
「ふ~ん。ハルとも後で話し合いが必要そうね?」
「ああ、話そう。リル?」
「なによ?」
「大好きだよ」
「もう!」
ハルがその様な言葉を皆の前でリルに言った事も、リルがかなりの力でハルの腕を叩いた事も、国王もズーリナの聖女もイザンの薬師も王太子もオフリー領主の娘も他の人々も、かなり驚いた。




