判断
その場に立ち尽くすオフリー領主との距離が開いてから、ハルはリルに囁いた。
「イラスとマーラ殿が抱き合っていたなんて、言って大丈夫なのか?」
「え?さっきオフリーの領主さんと約束したんだから、言わないでよ?」
「そうではなくて、二人が抱き合っていたとオフリー殿に言っていたけれど、本当なのか?」
「え?抱き合っていたじゃない?見なかった?」
「イラスがマーラ殿を抱き抱えて運んでいた件か?」
「あ、そうか。それもハレンチだっけ」
「あれ以外にもあったのか?」
「あったじゃない」
「え?私もその場にいたのか?」
「いたわよ。一緒にあの2人を瓦礫から助け出したじゃない」
「それはもしかしてあの、瓦礫の下敷きになっていた時の事か?マーラ殿の体にイラスが覆い被さって庇っていた時の?」
「うん。まさにハレンチでしょ?」
「いや、そうだが、あれは非常事態だったではないか」
「でも、駄目なんじゃなかった?」
「それは、そうだが、だがあれだけでマーラ殿はイラスと結婚する事を選んだのか?」
「弟くんがいなければ怪我はしただろうし、死ななければ怪我は自分の魔法で治せるとしても、痛いは痛いからね。命懸けで助けて貰ったんだもの、好きになってもしょうがないんじゃない?」
「そう言うものか」
「それに瓦礫に囲まれて真っ暗な中、いつ助け出されるかも分からない状態で2人っきり。どんな話をしたのか分からないけれど、好感度は上がったかもね」
「なるほどな」
肯くハルから視線を前に向けて、オフリー領主の娘と王太子の、2人の傍に戻って結果を報告する。
「あなたのお父さんも納得してくれたから、大丈夫よ」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます、兄上。リル殿も」
「これで晴れて、2人は結婚出来るわよね?」
「ああ」
「ですが・・・」
そこで言葉を止めて、オフリー領主の娘は王太子を見上げた。
その様子を見たリルの眉根が寄る。
「え?まだ何かあるの?」
オフリー領主の娘は、視線を王太子からリルに移した。
「わたくしは王宮の建物を」
「こっち来て!」
リルはオフリー領主の手を掴んでその場を離れながら、王太子を振り返った。
「王太子さんも!ほら!」
「あ、ああ」
リルは人がいない場所に2人を連れて行き、こそこそと話し始めた。
その様子を見て、国王がハルに話し掛ける。
「リルは先程から、何をやっているのだ」
「イラスとマーラ殿を助けようとしているのですよ」
「そうか・・・ハテラズ」
「はい」
「そなたは幼い頃より、王となるべく教育を受けて来た」
「・・・はい」
「本当に、跡を嗣がないのだな?」
「はい」
「それは、リルがそれを望まないからか?」
「はい」
「・・・そうか」
「父上?」
「うむ?」
「イラスは立派な王になれると、私は信じています」
「・・・そうだな」
国王とハルは並んで、リル達の様子を見ていた。
リルは唇の前に人差し指を1本立てる。
「建物の話って、崩れて壊れた事よね?」
囁くミリの声に、オフリー領主の娘はゆっくりと大きく肯き、王太子はその様子を見て眉尻を下げた。
「マーラ殿」
「イラス様」
呼び掛けに答えてオフリー領主の娘が王太子を向いて、そのまま見詰め合った2人がそれきりいつまでも帰って来ないので、リルは口を挟む。
「建物が壊れたのは、マーラさんの所為にはしないから、大丈夫」
「え?ですが、リル様1人に罪を被って頂く訳には」
「なんで私なのよ?」
「なに?では母上1人に?」
「王妃様には多少あるかも知れないけれど、でも、他に犯人の心当たりがあるから大丈夫」
「え?他にですか?」
「それより、建物倒壊の前に大きな魔力の揺らぎを感じたのだけれど、あれが王妃様とマーラさんの所為なのね?」
「はい。言い訳になりますが、王妃様の神罰魔法に対抗しようと、神聖魔法で防ぎまして、そのまま2人で魔力の押し合いを続けて、魔力がどんどん大きくなったのです」
「そうなのね」
「いや、母上とマーラ殿の所為だけではない。私が2人の魔力の打つかり合う直中に立ったから、2人は私を避けようとして、魔力を建物に打つけてしまったのだ」
「なんでそんな事したのよ?」
「違うのです、リル様。イラス様は身を挺して争いを止めようとして下さったのです」
「それにしたってあの魔力だと、当たったら王太子さん、死んでたんじゃない?」
「いや、もう、今考えると、冷静な判断が出来ていなかったのだろう」
「確かに王太子さんの命と建物。どちらが大切かと言う判断はあるけど」
「いや。実際にあの倒壊に巻き込まれて、何人も亡くなっているし、怪我人も多数出している」
「それで言うとわたくしは、オフリーでも多数の住民を助けられませんでした」
「オフリーの話は今は出さないで。話が難しくなるから。今は建物の話だけにしましょう」
「・・・はい。分かりました」
「それで、じゃあ王妃様と王太子さんとマーラさんが悪いからと言う事で、3人を処刑しても死んだ人は帰って来ないし、残された人の心の傷が治る訳でもないのは分かるわよね?」
「それは・・・はい」
「そうだな。その通りだ」
「それなら遺族に補償する方向で考えた方が良いわよね?」
「そう、だな」
「そう、なのかも、知れません」
「そう。それだから、建物の事は任せて。後で国王様とハルと5人だけで、あ?宰相さんも絡んでる?」
「ああ」
「あと、わたくしの父も、その場にいました」
「そうよね。一緒に瓦礫に埋まってたものね。じゃあ王妃様以外の7人で、話しましょうか?」
「ああ、分かった」
「分かりました」
「その結果が出るまで、この話は口にしない事と、なんとか出来るからあまり気に病まない事。2人とも良いわね?」
「はい」
「ああ」
「良し。戻りましょう」
真剣な表情の2人を引き連れて、明るい表情で戻って来るリルをハルは微笑みで迎えた。




