杖の行く末
リルがハルに話し掛ける。
「ハル。杖はいいわ。取り返さなくて」
「そうなのか?」
「うん」
「そう言えばあの杖は、もう使えないのだったな」
「いや、その様な訳は」
イザンの薬師が口を挟んだ。
「また所有者の魔力を籠め直せば再起動する筈だが?」
「所有者ってリルが?」
「いや、オフリーのミリン殿の魔力で大丈夫だろう?これまで使えていた訳だし」
イザンの薬師の言葉に、オフリー領主の娘は杖を両手で握り魔力を籠める。
その様子を見ないままリルは、イザンの薬師に首を振って答えた。
「そんな訳ないでしょう?バジ様。それならさっき私を攻撃出来てる筈じゃないですか」
「攻撃しようとなんてしていません」
「それもそうだな」
オフリー領主の娘の言葉を流して、イザンの薬師はリルに肯く。
リルがオフリー領主の娘に顔を向け、手を差し出した。
「少し貸して」
「え?でも」
「取らないから。ちゃんと返すから。心配ならあなたが持ったまま、私に触らせてくれるだけで良いから」
オフリー領主の娘は少し躊躇ってから、リルに杖を手渡す。
そしてリルは杖を体の前に構えると、直ぐにオフリー領主の娘に返した。
「ありがとう」
「あ、いえ」
オフリー領主の娘は肩に入っていた力を一旦抜いて、リルから渡された杖を抱き抱える。
リルはハルに顔を向けた。
「もうオフリーの聖女さんの魔力が混ざってて、あれを使うくらいなら杖なしの方が魔法を使い易いから、杖は取り返さなくていい」
「え?でも、自分の杖だったんだろう?混ざった魔力は抜けないのか?」
「抜けるけど面倒臭い。と言うか、杖なしに慣れたから、杖を持ち歩くのも面倒かな」
そのリルの言葉に、ズーリナの聖女とイザンの薬師が反応する。
「確かにさっきからずっと杖なしで、人の魔法をキャンセルしたり治療したり、難しい魔法を使ってるけどさ」
「杖代わりの魔導具も持っとらんのか?」
「ええ」
「神聖魔法とはそう言うものなのか?」
「そんな訳ないだろう?それに探知魔法はバジの専門じゃないのかい?杖なしで使えるものなのか?」
「使えるは使えるが、私もリルの精度は出せんな。まして対象に触れもせずにあの精度だ」
「そうだよね」
「リル?慣れたとは、何をして慣れたのだ?」
「魔獣をさんざん倒したから」
「スタンピードのかい?」
「ええ」
「どれだけ倒したのだ?」
「正確な数は分からないけど、言っとくけど、私1人ならあれ程倒せないから。ハルに魔力を貰って山ほど倒したから、それだから杖なしに慣れたんだし、1人じゃ無理」
リルの言葉を聞いて、確かに山になっていた魔獣の亡骸の様子を思い出し、ハルは小さく肯いた。
「スタンピードでオフリーのダンジョンから溢れたほぼ全ての魔獣と、この王都に集まって来ていたダンジョン外の魔獣に、この王都のダンジョン跡から出て来ようとしていた魔獣。確かにあれを全て倒し終えたら、杖なしでも精度の高い魔法が撃てるだろうな」
「全部私が倒したみたいに言うけど、ハルも倒したでしょう?」
「1割くらいだが」
「もう少しいたわよ」
「多くとも2割はいかない」
「少なくても4分の1は倒してた」
「バット系があれだけいたのだ。4分の1もいく筈がない」
「でも魔獣の危険度でいったら、ハルの方が絶対魔獣の脅威を下げてたから」
2人の押し付け合いは、国王達を待たせてしばらく続いた。
「それで杖はどうしたら良いのだ?」
焦れた国王が、リルとハルの会話に口を挟む。
「杖の魔力を抜いて、廃棄するのが良いと思いますけど、そうですよね?バジ様?」
リルに話が振られたイザンの薬師は、眉間に皺を寄せた。
「その判断をする為には、王妃の杖がなぜ使用できなくなったのかを調べないとならんが、リルがやったのだな?」
「ええ」
「どうやったのだ?魔力を抜いた訳ではないのだな?」
「ええ。両方とも引き継ぎ状態にしただけ」
「引き継ぎ状態?」
「え?知らないの?もしかして秘密?」
リルが振り向いて尋ねたズーリナの聖女は、「いいや」と首を振る。
「そんな事はないよ。バジがポンコツなだけさ」
「そう言うララだってヘッポコではないか」
「なんだって?」
「いや、待つのだ2人とも」
国王が手を伸ばして、イザンの薬師とズーリナの聖女の会話を止めた。
「ララ殿。引き継ぎ状態とはどう言う事だ?」
「聖女は杖を育てるのですが、それを自分の子供に引き継がせる事があります。その時に人伝に渡すなどの時には、一時的に杖の機能を停止させて、自分の子供だけが再使用出来る様にします」
「その杖も、ルル殿の杖だったから、その娘であるリルには機能を止められたと言う事か」
「はい。その通りです」
「本来ならルル殿に返すべきなのだろうし、それが出来ないならリルに渡すべきなのだな」
「でも私は杖は要りませんし、オフリーの聖女さんが持ってるのも要りませんから」
「そうか」
「オフリーの聖女さんはどうします?」
「はい?」
急に話を振られたオフリー領主の娘は、杖を抱く力を強めた。
「・・・あの、どうするとは?」
「その杖を使える様にして上げても良いけど、ちゃんと神聖魔法を使える様にならないでその杖を使い続けると、もしかしたら王妃様みたいに魔石が出来ちゃうかも知れないから」
「え?本当ですか?」
「出来ないかも知れないけど、分からないからね。それに王妃様の出来方だと、魔石が出来たら神聖魔法が使い難くなりそうだし」
「え?何故ですか?」
「あなたの魔力の中の神聖魔法には向かない成分が、あなたの中に弾き返されてそれが魔石の核になるだろうから、出来た魔石の属性は神聖魔法以外の筈だからね」
「そんな」
「少なくともその杖の今の魔力の濁り具合だと、ちゃんと神官から神聖魔法の使い方を習った方が良いと思う」
リルにそう言われたオフリー領主の娘が神官を振り向くと、神官は小さく左右に首を何度も振りながら1歩2歩と後退った。神官はこの場に一旦立ってからは、後退りしかしていなかった。




