浄化
王妃から取り出した魔石をどう扱うのか、人々が口々に意見を交換し合って騒つく会場に、1人の男が入って来た。
「お待たせしました」
そう言いながら男は国王達を目指して進んで来る。会場内の人々は男を避ける様に道を開け、男はそれが当然の様に歩みを進めた。
「おや?まだ始まっていませんでしたか?」
「タラン。状況が変わったのだ。下がっていろ」
男の進行を遮る様に前に立った宰相にそう言われ、男は顔を蹙める。
リルはハルに囁いた。
「あれは誰さん?」
「宰相の息子だ」
「え?・・・え?」
「・・・え?」
「状況も何も、そこのそいつが死んだハテラズを名乗っているのでしょう?」
「いや、違うのだ」
「何が違うのですか?そいつは私に怪我までさせたのですよ?この私にです。極刑に処す以外にないでしょう?」
「何かしたの?」
「私の目の前で転がって、腕を振って痛めていた。その事だろう」
「いいや、タラン。いいから下がっておれ」
「よい、宰相。説明してやれ。納得せずに下がらせても後が面倒だ」
「会ったばかりだけど、確かに国王様の言う通り、面倒臭そうな人よね?」
「ああ、面倒な男なのだ」
「御乱心の国王陛下が」
「おい!」
「まだ偉そうなのはどう言う事です?」
「黙れ!タラン!」
「宰相。良いから息子に説明をするのだ」
「はい、国王陛下」
宰相は国王に頭を下げると、男を振り向いて肩を掴み口を塞いだ。
「いいかタラン。そちらにいらっしゃるのはハテラズ殿下だ」
宰相の言葉に男は目を見開く。宰相がハルをハテラズ王子だと認める発言に、周囲の人達も少なからず驚いた。
男は顔を赤くする。そして何かを言おうとするので、宰相は男の口を押さえる力を強めた。
「そして王妃様は聖女ではなく、魔人だったのだ」
その事も宰相が認めた事に周囲は騒めく。
宰相は男の顔を動かして、まだ意識のないままベッドに寝ている王妃を見せた。男は王妃の様子に目を更に見開いて、その表情のまま宰相に顔を向けた。
宰相は男に肯いて、男の口に当てていた手を放す。
「それでは、聖女様の敵が神罰に遭っていたのは、神罰ではなくて魔人の魔法だったと?」
「そうなのだろうな」
「そうしたら父上?私達はどうなってしまうのですか?」
「分からん。なるようにしかならん」
そう答える宰相と見詰め合っていた男は、助けを探す様に周囲を見回した。しかし多くが男と目を合わすのを避ける様に視線を外し、目が合う相手の視線には怒りや憎しみ、あるいは蔑みが含まれていた。
そして男の視界に魔石が目に入る。
「これは?」
「王妃様から取り出された魔石だ」
「これが?これほど大きいものが?」
「ああ、そうだ」
男が顔をもう一度王妃に向けようとして、少しよろけた。それを宰相が支える。
「聖女様はもう亡くなったのですか?」
男の言葉に周囲がまた騒ついた。
「いいや、生きている」
宰相の言葉でまた、周囲に騒めきが広がる。
「ズーリナの聖女ララ殿が見守るなか、ズーリナの聖女リル殿が手術を行い」
宰相がリルをズーリナの聖女と言った事に、ズーリナの聖女は笑みを浮かべ、イザンの薬師は首を小さく左右に振り、国王は眉間に皺を寄せた。
「血も流させる事なく、傷痕も残らない様に、魔石を取り出してくれたのだ」
周囲の人々から感嘆の溜め息が漏れる。
「この大きさの魔石を?」
男が魔石を振り向くと、男を支えていた宰相に男は背中を向ける事になり、宰相には男の動作が見えなくなった。そして男は魔石に手を伸ばす。
「触ってはダメ!」
リルが魔石に触らせない為に、魔石を置いてある台の高さを土魔法で下げた。男は逃げる魔石に更に手を伸ばす。そしてバランスを崩し、宰相を巻き込んで魔石の上に倒れ掛かった。
「ダメ!」
リルは土魔法で男の体を支えたが、男が伸ばした手は魔石に触れてしまう。
「があ!」
男は叫び声を上げると共に体を大きく逸らし、背中に乗っていた宰相を弾き飛ばした。
リルは咄嗟に男に駆け寄り、土魔法でドームを作って自分と男だけを中に入れようとする。それを察知したハルは、土ドームの中に自分も飛び込んだ。
「リル!」
「ハル!」
ハルに向けて伸ばされたリルの手をハルは掴んだ。
「魔毒を消すから!」
「分かった」
「ハレンチだけど許して!」
そう言って男の服を開けさせて、胸元に手を入れようとするリルの手をハルは掴む。
「私の手を通して掛けてくれ」
「うん!」
ハルが男の胸元に手を差し込み、そのハルの手を上から押さえてリルは解毒魔法を使った。
「解毒剤とか、預けなければ良かった」
「魔法だけでは足りなそうなのか?」
「ううん。ハルの魔力があれば大丈夫。ただ薬があればもっと早まると思うから」
リルは探知魔法で男の様子を確認しながらそう答えた。
「でも、あれ?」
「どうした?」
「魔石から魔毒が流れ込んで来てる」
「魔石を手放させる」
「ダメ!魔石に触れたら、ハルが魔毒に侵されちゃう。それに魔石の魔毒が減ってる」
「魔毒がタランに流れているのならそうだろう」
「もしかしたら、魔毒がまた王妃様に戻ってる?」
「それはまた、元王妃に魔石が出来ると言う事か?」
「ううん。それはないと思うけど」
リルは探知魔法で、土ドームの外の王妃の様子を探る。
「うん。王妃様には変化がないから、このまま魔毒を消しちゃえば、魔石の魔毒を浄化出来そう」
「そうか。それは良かったが、それなら魔石のまま浄化をすれば良かったのか?」
「そうかも知れないけど、魔石を取り出した時にはそう出来るイメージがなかったから」
「そうか」
「うん。とにかくこのまま、浄化出来るとこまで浄化するね」
「ああ、頼んだ」
王妃の手術の時より、余程時間が経ってから、土ドームが開かれた。
そして気を失ったままの男は兵士達に運び出され、ハルの片手はリルが床から立ち上がるのを助け、持つ一方の手には浄化の終わった魔石が握られていた。




