懲りてなかった?
「それで、その魔獣をハテラズは倒せなかったのか」
国王の問いに、ハルは「はい」と肯く。
「1頭1頭は弱そうではあるのですが、囲まれて、複数で連携をして襲われました。それにわたくしが知っている剣技では、魔獣を1頭も倒す事が出来ませんでした。その為、徐々に森の奥に追い込まれ、ついに倒れたところをリルに助けられたのでございます」
「そうなのか?リル」
「はい」
「随分とタイミングが良く、登場したのだな」
「あ、いえ。最初にハルに助けるか訊いたら断られて、離れてる様に言われました」
「断った?」
「はい。リルに声を掛けられた時には、襲われていた女性が戻って来たのかと誤解したのです」
「なるほど。それで断られたリルはどうしたのだ?」
「ハルがゴボウルフを全然倒せてないから、見捨てる訳にもいかなくて、後を付いていったらとうとうハルが倒されたので、土ドームって言う土で作ったドームを作ってハルをその中に入れて、ゴボウルフは土ドームから外に出して、それでハルを治療しようとしたのですけど、ハルの体に大量の魔毒が入ってたので、清浄魔法と解毒薬を使って、何とか魔毒を消しました」
「その魔毒が先程言っておった魔毒か」
「はい。体の噛み跡から計算できるのより多くの魔毒がハルの中にあって、ゴボウルフに噛まれた分は直ぐに消せたのですけど、何の魔毒か分からなかった方はホントに全然消えなくて、それで手持ちの薬と魔法を使い切って何とかハルの体を綺麗にしたんです」
「なるほど。しかしなぜ直ぐに連絡をしなかったのだ?」
「え?私からですか?」
「貴族を助けたら謝礼が望めるだろう?ましてや相手は王子だ」
「ハルが意識を戻すまでは、ハルが貴族かどうかなんて構ってられなかったし、意識を戻したら戻したで、早く治してハルと別れたいと思ってたので、ハルにはハルが誰なのか、教えないで欲しいってお願いしたのです」
「何故だ?謝礼は要らなかったのか?」
「でもその時のハルが持っていたのは鞘だけで、剣も持ってなかったし荷物もありませんでした。お礼を貰うにはずっと付いて行かなくてはならないから、それは出来ないと思ったので」
「そうなのか?二人はずっと一緒だったと思ったのだが、途中で分かれたのか?」
「いいえ、一緒でした。早く離れる積もりだったんですが、ハルが魔法を知らないのが分かったので、ハル一人で森を抜けられる様になるまで、魔法の練習に付き合っていたんです」
「なるほど。ハテラズは直ぐに連絡を寄越そうとは思わなかったのか?」
「・・・はい」
「それは何故だ?」
「魔法の練習が面白かったのもありますが、別れたらリルの事を忘れる約束をしておりましたので、別れ難く」
「だからと言って、連絡くらいは寄越せるだろう?」
「それは私がハルの正体を知りたがらなかったから、です。私が連絡するとなると、ハルの正体を知る事になります。それなのでハルは、私との約束を守る為に、連絡が出来なかったのです。ごめんなさい」
「いや、リルが謝る事はないが」
「国王陛下。リルの所為ではないのです。わたくしは森を出られてからも、故意に連絡を取りませんでした」
「それは何故だ?」
「それは、身の危険を感じていたからでもございますが、わたくしの存在が国の為にはならないと思えていたのもあり、あのままなら死んだ事に出来るのではないかと」
「ハテラズが国の為にならぬ事などあるか。それは王妃と宰相共の企みでしかない」
「なんですって!」
王妃の声をハルは無視した。
「それに、リルと生きる事をわたくしは選んでしまったのです。今回、国王陛下の前に現れましたのも、リルが国王陛下の命を助けたからであり、王宮の倒壊がなければ御前に姿を現しませんでしたし、そもそも王都を魔獣が襲わなければ、王宮に立ち入る事もなかったのです」
「・・・そうか」
「はい。今日のこの場も、リルには正体を告げない約束でした。リルが許してくれたので、国王陛下と顔合わせだけをする積もりでした。それが済んだらリルと共に、リルにはわたくしの正体を伝えずに、王都を離れていたでしょう」
「そうだったのだな。リル。済まない」
「え?何がですか?こうなったらハルが誰なのか知っても大丈夫ですよ?」
「そうではない。こうなっては、ハテラズは余の跡を嗣がねばならん」
「え?そうなの?」
「そうではないか」
「ですけどハルは死んだ事になったし、跡取りは王太子になったんですよね?」
「だがイラスは余の子ではない」
「それは偽物達が言ってるだけよ!ズーリナの陰謀なのよ!」
「でも戸籍みたいなのだと、国王様と王太子は親子なんでしょう?」
「今はまだそうだが、余とは血が繋がっておらんのだぞ?」
「王太子は血の繋がりだけで選ばれるの?」
「そう言う訳ではないが」
「血が繋がってたら、どんなボンクラでも良いの?」
「なんですって!」
「あ、弟くんがボンクラだって言ってないからね?」
リルにそう言われ、王太子は「ええ」と曖昧に肯いた。
「血が繋がってると思ったから、何も考えずに跡継ぎにしたんじゃなくて、王太子にもちゃんと王様の素質があったから、国王様の跡継ぎにしたんでしょ?」
「それはもちろんだが、王太子の実の両親が罪を犯したのだぞ?」
「ですけど王太子の父親が宰相だったのは、原因が王太子の生まれる前にあるんだし、王太子には責任がないでんじゃないですか?」
「それはそうだが、だからと言って、罪人の息子を王などには出来ないのだ」
「それはなんでなんですか?」
「なんで、と言うか、そう言う決まりなのだ」
「決まりで言えば、ハルはもう死んでるから跡を継げないし、王太子は跡継ぎに決まってるのだから、問題ないと思うんですけど」
「法ではそうだが」
「ね?法って言うのが決まりなんですよね?」
「だがその様な事は国民が納得しない」
「何故ですか?」
「両親がイラスを国王にする為に、ハテラズを殺そうとしたのだ」
「殺そうとなんてしてないわ!」
「その罪を両親が犯したのに、それが暴露されて両親がその罰を受けるのに、イラスがなんの罰も受けずに王になるのなど、国民が赦す訳がないのだ」
「王太子が罰を受けるのは、なんの罪でですか?」
「それは、親が罪を犯せば、その子も罪を償わねばならんのが、この国の法だからだ」
「逆なら分かるけど」
「逆?」
「ええ。子供が罪を犯したら、その子を犯罪者に育てた親が替わりに罰を受けるとかなら納得いくけど、親が罪を犯したからって、子供が親にそうさせた訳じゃないでしょう?」
「そうだが、王妃と宰相はイラスの為にやったのだ」
「それなら私が赦します」
「リルが?」
「ハルにナイフを投げた人の家族を赦した様に、私が王太子を赦します。だって聖女ならそのくらいしても良いんですよね?」
「リル・・・ハテラズもそれで良いのか?」
「はい、国王陛下」
「そうか・・・ハテラズはリルと結婚をしたいと望んでいるかの様に思えていたのだが、ハテラズもリルも違うのだな」
「え?国王陛下?わたくしはリルと結婚をしたいと、結婚出来なくても一生リルと共にいる積もりですが?」
「私も、その、ハルが私で良いって言ってくれるなら、ハルと一緒にいたいのですけど?」
「しかしリルは聖女なのだから、当然王太子のイラスと結婚して貰わねばならんではないか?」
「え?なんで?なんでですか?」
「なんでも何も、そうなるのが道理だろう?」
「え?国王様?」
「お父さんで良いと言ったではないか」
「え?あ?はい。お父さん?お父さんは聖女の王妃様と結婚した事に、懲りてなかったんですか?」
「なんですって!」
リルの言葉をまさに言いたいと思った人間は多かったけれど、行く先が良く見えないこの場で口を開く者は、参加者の中にはいなかった。




