呪いの優先順序
リルの言葉に会場が騒めく。
「魔石だと?」
呟く国王の声を拾って、リルが「はい」と肯いた。
会場の騒めきが大きくなる。
誰かの言った「魔人」の言葉に小さく悲鳴も上がり、参加者達は王妃から離れる様に動いた。
「王妃が魔人だったと言う事か?」
「言い掛かりよ!私は聖女よ!」
「その魔石に神聖魔法の属性が付いてたら、神聖魔法を使うのに杖も要らなかったのに、残念よね?」
「残念な事なんてない!私は魔人ではない!私は神に選ばれた聖女だ!」
「魔人だから宰相を誑かし、ハテラズを殺してイラスを王にしようとしたのか?」
国王の言葉に王妃は「違うわ!」と首を激しく振った。
「聖女の私の言葉が信じられないの?!」
王妃の問い掛けに、国王も誰も答えない。
しんと静まる会場に、オフリーの聖女の「あっ」との呟きが行き渡る。
「建物を壊したのも魔人だったから?」
「違う!」
王妃はオフリーの聖女を振り向いた。
「私を魔人と言うならお前こそ魔人だ!お前が王宮を破壊したのよ!」
今度は「破壊」の言葉が会場に広がる。会場の壁や天井を見回したり、出口の近くに移動しようとする参加者もいた。
「オフリーの聖女がどうかはまだ分からないけど、王妃様が魔石症なのは確かよ」
「ちょっと待っておくれ。リルには魔石がある事が分かるのかい?」
「探知魔法とは別なのか?」
ズーリナの聖女とイザンの薬師がリルに尋ねた。
「探知魔法よ?さっき王妃様が呪いを私に向けて撃ったでしょ?あれで確信できたわ」
「嘘を吐くな!」
リルに向かって怒鳴る王妃に、リルは「ホントよ」と返す。
「普段は魔石を隠してても、その力を使ったら分かるでしょ?」
「そうなのかい?」
「そうじゃない。杖を持たれると分かりにくくなるけど、さっきのでは魔石があるのが明らかに分かったし」
「対象に触れずに使った探知魔法では、その様な事までは分からんだろう?」
「分からなければ、魔獣から素早く魔石を取り出せないじゃない」
「私を魔獣と同じだと言うのか!」
会場の空気が重くなった。参加者から悲鳴が上がり、回りを押し退けて会場を出ようとする者が現れる。
しかし空気は直ぐに軽くなった。
「どう?いま王妃様は魔石の力で呪いを撃ったけど、分かった?」
リルに訊かれてズーリナの聖女は「いや」と首を振り、イザンの薬師は「分からんな」と首を振る。
「自分が呪われたら分かるのだろうか?」
「あれだけの魔力を受けたらバジは死んじゃうだろうから、止めときな」
「分かっている。それほど愚かではないが、リル?」
「なに?」
「私の見立てでは、リルの魔力量では対抗出来ない筈なのだが?」
「私は冒険者だから、色々な手段を持ってるのよ」
「なるほど」
「魔獣相手に鍛えたんだね」
「私を魔獣扱いにするな!」
また会場の空気が重くなって軽くなった。
「大丈夫?!」
リルが王妃から視線を外し、ズーリナの聖女を見る。
「いや、大丈夫だ。リルが庇ってくれたのかい?」
「でも失敗するかも知れないから、他の人は王妃様を煽らないで」
リルは視線を王妃に戻しながらズーリナの聖女に答えた。
「煽っていたのか?」
ハルに尋ねられて、リルは「うん」と肯く。ハルも肯いた。
「だからか。随分と王妃陛下に突っかかると思っていたが、呪いを撃たせる為だったのだな」
「それもあるけど、ハルを殺そうとしたのが許せなかったし」
「殺そうとなどしてない!」
そう叫ぶ王妃に「いいえ」とリルは返す。
「王妃様の呪いはハルが侵されていた魔毒と同じだもの」
「違う!」
「違わないわ」
「違う!それならあの女を殺した筈だ!」
「ハルのお母さんも殺したの?」
「違う!あの女を殺すならハテラズが生まれる前に殺した!」
「なんでそうしなかったの?」
「殺そうとなどしていなかったからだ!ハテラズが生まれたのが殺そうとしていない証拠だ!」
「でも、ハルを呪ったのも無意識なのでしょう?」
「無意識で呪うなど出来るか!」
「じゃあいま、私を殺そうとしたのは、意識したのね?」
「違う!」
「敵対した神官達を殺したのは、意識?無意識?」
「あれは神罰だ!私の邪魔をする事を神が許さなかったのだ!」
「本気で言ってるの?」
「本気も何も!これが真実だ!」
参加者の中には王妃の言葉を信じる者もいて、会場の雰囲気がすこし変わった。
「リル」
「なに?」
ズーリナの聖女の呼び掛けに、リルは王妃に顔を向けたまま応える。
「リルが呪いを平気なのは、もしかして聖女だからかい?」
「え?どうだろう?って言うか、ズーリナでは聖女に聖女だって言われたら、聖女力みたいなのが付くの?」
「そうじゃないけど、ハテラズ殿下の母君は、ズーリナで聖女の修行をしてたからね」
「そうなの?」
リルは王妃から視線を外し、目を見開いてズーリナの聖女を見た。
「そうだよ」
ズーリナの聖女が肯くとリルは目を更に大きく開き、隣に立つハルを見上げると同じ様に目を見開いたハルと目が合う。
「知らなかったの?」
「ああ。本当なのでしょうか?ララ殿?」
「ええ。婚約解消を受けて、身の危険を避ける為にズーリナに身を寄せたと、ミファーラからは聞いていました。そして聖女になる為と言うよりは、聖女を理解する為に修行すると言っていました」
ズーリナの聖女のハルへの答えに、リルは小首を傾げた。
「ミファーラ?」
「私の母の名だ」
「え?呼び捨てて良いの?」
国王の第二夫人がどんな地位なのかリルには分からなかったけれど、王子であるハルの母親を呼び捨てる事が許されるとは思えなかった。ズーリナのだけどやっぱり聖女だから良いの?
「良いんだよ。私に取っては弟子だしね」
リルが口を開けたものの何も返せないでいると、イザンの薬師が「つまり」と口を挟む。
「ズーリナの聖女やその弟子が身に付ける何かが、呪いを無効化すると言う事か?」
「認めたね?」
ズーリナの聖女の言葉に、イザンの薬師は眉を顰めた。
「・・・なにがだ?」
「リルがズーリナの聖女だって」
「リルをズーリナの聖女とするのはズーリナの都合だ。同じ様にイザンの都合でリルをイザンに連れ帰るだけだ」
「なんだって?」
「それでリル?聖女だから呪いを受けないのか?」
「それは呪いを受けてないから分からないけど、今のなら呪いを掛けられる前に邪魔をしただけ」
「呪いなど掛けていない!」
王妃が叫ぶ。
会場の空気は一瞬重くなるが、また直ぐに軽くなった。
「呪いって言うのが気に入らないなら、加護って呼ぶけど、あ?」
「どうした?リル?大丈夫か?」
リルを後ろに庇いたいけれど庇えていないハルが、王妃を睨んだままリルを気遣う。
「もしかしたらハルのお母さん、ハルを呪いから守っていたのかも?」
「私を守る?」
「うん。ハルがお腹の中にいた時はズーリナの神聖魔法で自分ごと守れたけど、ハルを産んだ時にハルを守る事を優先したから、その隙に呪いを受けて亡くなったんじゃない?」
「証拠もないのに適当な事を言うな!」
「でも証拠を得る為に、誰かに呪われて貰う訳にはいかないし」
「ふざけるな!」
また会場の空気が一瞬だけ重くなり、直ぐに戻った。
「リル」
国王に声を掛けられて「はい」と応えるが、リルは視線は王妃から逸らさない。
「王妃が呪いを使えるのなら、なぜ余を呪わなかったのだ?」
「そうよ!国王を殺してイラスを国王にすれば良いのよ!」
王妃の言葉に会場にいる人達はぎょっとした。
「それをやってないのが証拠よ!国王が生きてるのが私が呪いを掛けていない証拠だわ!」
「でも結婚するまでは、国王様を殺せないわよね?」
リルの言葉にも皆がぎょっとする。国王を殺すにしろ殺さないにしろ、その言葉が不敬に当たるからだ。
「結婚しても、国王様の赤ちゃんを産むまでは、殺せなかったんじゃない?それより先に国王様がハルのお母さんと結婚したから、ハルのお母さんを殺そうとしたけど、神聖魔法で防がれて」
「なるほど」
「ふざけるな!それならイラスが生まれたら直ぐ!国王を殺す筈だろう!」
「そうしなかったのは、ハルを殺すのに掛かり切りだったからじゃない?国王様が亡くなっても、ハルがいたら跡を嗣ぐのはハルでしょう?」
「違う!ハテラズは誰にも似ずに生まれたのだ!ハテラズの父親は誰か分からないのだ!」
「でも宰相さんと一緒に、宰相さんの娘をハルの婚約者にしたのは、ハルが王様になった時の保険よね?」
「違う!」
「ハルを殺そうとしてたけど、上手くいかなくて、焦っていたんじゃないの?」
「違う!」
「だからなかなか死ななかったハルが行方不明になっても心配で、ハルを探さない様にさせただろうし、ハルは生きてるのに死んだ事にして、直ぐに王太子を国王様の跡継ぎにしたんじゃない?」
「違うと言ってるだろう!」
また一瞬、会場の空気が重かった。
「ハルの髪や目の色が違ってたのも呪いの所為だし、ハルに魔力がない事になってたのも呪いの所為でしょう?」
「違う!」
「呪いでハテラズの魔力を抑え付けていたのか?」
国王の問いにリルは「はい」と返す。
「ハルの魔力量はとても多いのですけれど、抑える事で魔力量が増えるらしいから、ずっと呪いで抑えられてたんだと思います」
「魔力量が多い?ハテラズの?」
「はい。魔獣を倒せたのもケガ人を助けられたのも、ハルの魔力量が多かったからです」
「いや、リルがいなければ、私だけではオフリーも王都も守れなかった」
「守れてないでしょう!」
王妃から視線を外さないままなのに、甘い雰囲気を醸そうとする二人に向かって、王妃が叫んだ。
「オフリーでは子供や妊婦も見殺しにして!王都では魔獣を招き入れたじゃない!その上王都でも多くを見殺しにしたわ!」
王妃の叫び声に会場が一瞬だけしんとなる。
その会場にリルの声が静かに響く。
「話を戻すけど、みんなが救助や治療をしてた時、王妃様は何をしてたの?」
リルの言葉の後、会場は更に静かになった。
その場の誰もが、王妃の答えを待っていた。




