加護と呪い
「うるさい」
王妃がリルを睨んで呟いた。
「うるさいうるさいうるさいうるさい」
呟きだった声は少しずつ大きくなる。
「うるさい!」
そしてとうとう王妃は怒鳴った。
「何も知らないくせに!知った様な口をきくな!」
「知らないのは王妃様の方でしょ?」
「なんだと!」
「赤ちゃんが出来ないのも知らないで国王様と結婚したり、酷い目に遭うのも知らないから浮気したし、王太子が国王様の子供じゃないと知らないで産んだり、国王様のホントの子供のハルをハテラズ王子様だと分からなかったり」
「どれもこれもお前達が言っているだけじゃないか!」
「杖が使えなければ、神聖魔法も使えなかったり」
「・・・何ですって?」
「あ、杖があっても、使えたのは神罰魔法だけだっけ?」
「何ですって?」
「神託の聖女って、別の人だったんでしょ?って言ったのよ」
「何ですって!」
「王妃でも聖女でもないなんて、いい気味って言ったの」
「お前!」
王妃は杖をリルに向かって投げ付けたがコントロールが悪く、杖は逸れて国王に向けて飛んで行く。
リルは力魔法で杖を止めようとしたが、回りの皆も魔法で杖を止めようとした為、杖が空中で暴れた。
それをハルが手を伸ばして掴む。
「ハル!手!」
「いや、大丈夫だ」
リルがハルの手から杖を奪い取って、ハルの手を開かせて手のひらを調べた。しかし赤くもなっていない。
「大丈夫なの?」
「ああ」
心配そうに見上げるリルに、ハルは微笑もうとして咄嗟にリルを庇う。そして背中に庇ったままリルの体を引っ張って、ハルは国王の前に移動した。
会場が重たい空気に包まれ、その中心は王妃だった。
「・・・お前・・・」
会場にいた参加者は息苦しさを感じ、魔力や体力のない者から、胸を押さえたり跪いたり蹲ったりし始める。
「お前!」
王妃がハルの後ろから顔を覗かせているリルを指差すと、途端に会場の空気が軽くなった。
「やっぱり」
そう言ってリルは、ハルの陰から出て隣に並ぶ。
「リル!」
国王も庇わなければならないので場所を動けないハルが、腕を伸ばしてリルを背後に戻そうとするけれど、リルはその手を押し下げた。
「大丈夫。もう平気だから」
「平気?」
「うん」
「何が?」
「神様の加護の仕組みが分かったから、もう王妃様には神様の加護を使わせない」
「え?」
「あ」
リルは王妃に視線を向けたままハルを振り仰いで、ハルの耳に手を翳す。
「私の前ではね?」
ハルにそう囁くと、リルはまたすぐ王妃に顔を向けた。
「今のがハルに掛けた神様の加護でしょう?」
リルに問われた王妃の顔に困惑が浮かぶ。だがそれは、国王もズーリナの聖女もオフリーの聖女も神官も誰も彼も、そしてハルも同じだった。イザンの薬師だけは困惑顔ではなく思案顔をしている。
国王に「リル」と呼び掛けられて、リルは「はい」と応えるが、リルは王妃から目を離さなかった。
「リルの言う神の加護とは、ハテラズが神より賜ったと言う加護の事か?」
「ええ。神罰同様、これも王妃様の魔法だったみたいです」
「王妃の、王妃の加護なのか?」
「この国では加護って言うのかも知れないけど、デメースでは呪いって言ってました」
「なに?呪い?」
「ふざけるな!」
王妃が叫ぶ。
「神の加護と呪いが同じ訳ないだろう!」
「え?どういうこと?王妃様は惚けてるの?分かってやってたのよね?それとも知らないでハルに呪いを掛けてたの?」
「いい加減な事を言うな!私が神に祈ってハテラズに賜ったのは加護だ!」
「じゃあいま私に掛けたのはなに?」
「お前に?・・・いや、私は魔法など使っていない!」
「そうね。魔力が暴走し掛けただけって言い訳するのよね?」
「言い訳など!何故お前相手に言い訳などしなければならないんだ!」
「それは王妃でも聖女でもなくなるからじゃないの?」
「・・・なんだと?」
「待ってくれ、リル」
ハルが王妃から目を離さないまま、リルに呼び掛けた。
「え?なに?ハル?」
「話が今一つ見えない。私の加護の話なのだな?」
「うん。健康を貰える加護を神様に貰ったって言ってたやつ」
「それが王妃の魔法だったと?」
「そう思ったんだけど、王妃様は知らないみたいだから、無意識だったのかもね」
「無意識?」
「無意識ではない!」
「つまり狙ったの?」
「私は神にハテラズが無事に生まれる事を祈ったのだ!呪いの訳があるか!」
「え?ホントに?ハテラズ王子様を殺そうとしてたのに?」
「殺す必要なんてないではないか!誰の子供か分からないハテラズなど!王位を継がせる訳がないのだから!」
「いやいやハルは国王様の息子だし、そりゃあ王太子は国王様の息子じゃないけど」
「その様な事は認めぬ!」
「なんでよ、もう」
リルは溜め息の様に呟いた。
「それは私が王妃で聖女だからだ!」
リルは今度は明らかに溜め息を吐く。
「王妃様は国王様に離婚を言い渡されたから、もう王妃ではないでしょ?」
「ズーリナに操られている国王の戯れ言など!一切の効力はない!」
「だからなんでよ?」
「それに私は王妃である前に聖女だ!聖女の言葉は神の御言葉!絶対なのだ!」
「どこの駄々っ子よ」
「なんだと?」
「王妃様が聖女だって認めたのは神殿よ?神様じゃないわ」
リルはオフリーから来た神官を振り返って「そうよね?」と問い掛けた。神官はこくこくと首を縦に振る。
「神殿がもう次の聖女を連れて来たんだから、つまり王妃様は聖女じゃないって事でしょ?」
「その様な訳があるか!」
「え?だって、この国の聖女は一人だとかって、言ってなかった?」
「その一人とは私の事だ!」
「言わなかったかな?まあ、どっちでも良いけど」
リルはもう一度、オフリーから来た神官を振り返る。
「神殿が聖女を認めるなら、聖女じゃなくなった事も神殿が認めるのよね?」
「そんな訳はない!」
神官が何の反応も見せない内に、王妃は怒鳴った。
「神の御心は絶対だ!私が聖女だと神が仰ったのだ!」
「なんか、さっきの話とは違うけど、まあ良いか」
「良くなどない!」
リルは床に落ちてた杖を拾った。それを見て警戒をした王妃の顔が青褪める。
「王妃様はこの杖がなければ、神聖魔法はもちろん使えないし、神罰魔法も使えない」
「だから何よ!」
王妃の声は上擦った。
「新しい杖を用意すれば良いのよ!」
「言っとくけどオフリーの聖女の杖も、もう使えないわよ?」
「新しいのを作れば良いでしょう!」
「私の見立てだと、そうね」
リルは会場をぐるりと見回す。
「やっぱりね。王妃様が使って神聖魔法が撃てるのは、この場なら他にはララ様の杖しかないわね」
「いや、売らないよ?」
ズーリナの聖女が自分の杖を抱き締めた。
王妃がズーリナの聖女を睨む。
「・・・何ですって?」
「いや、売りませんから」
「神官の人の杖もダメなのは不思議だけど」
「作りが違うからだな」
小首を傾げるリルに、イザンの薬師が応えた。
「私のなら同じ様な作りだから、いけるのではないか?」
そう言って自分の短い杖をリルに見せる。
「そうね。これなら育てれば、神聖魔法が使えない人でも神聖魔法は撃てるけど、でも、今の王妃様には無理ね」
「何ですって?なんで私には無理だなんて、またお前!そう言って騙そうとしているのだな!」
「確かに王妃様が神聖魔法を撃てる様になれるかも知れないけど、それには治療か手術が必要だからよ」
「手術?・・・何を言ってるんだ?いい加減な事を言うな!」
「リル」
ハルがもう一度、リルに呼び掛けた。
「なに?ハル?」
「また話が見えない」
「手術ってなんだい?」
ズーリナの聖女も質問を口にする。
「治療とも言っていたので、何らかの病気なのか?」
イザンの薬師も疑問を挟んだ。
「ええ」
「王妃が何らかの病に罹っていると、リルは言っているのか?」
国王に問われてリルは「はい」と返す。
「いい加減な事を言うな!私が何の病気だと言うんだ!」
「魔石症」
リルは王妃の胸を指差した。
「体内にその魔石がある限り、普通の魔法も使いにくいだろうし、神聖魔法は神聖魔法の使い手が育てた杖でも、使うのはやっとの筈」




