知らない
「国王陛下!いつまでこの様な偽物の話を聞いているのですか!」
「そうよ!」
宰相と王妃が国王に怒鳴り声を向ける。
「偽物ではないと、ハテラズは本物だとララ殿が証明したではないか」
「何を言っているのです!」
「そうよ!どこからどう見ても偽物でしょう!」
「他国の言いなりになって!国王陛下はこの国を滅ぼすお積もりか!」
「そうよ!そんな女の言う事を信じるなんて!どうかしてるわ!」
「だいたいおかしいではありませんか!この国の王妃でもある聖女様のお言葉は受け入れず!ズーリナの聖女の言葉は信じるなど!どう考えても洗脳されているとしか思えない!」
「それなら証明すればよいではないか」
「何を言ってるのよ!」
「何をではない。ハテラズが余の息子だった事をララ殿が証明した様に、ハテラズが余の息子ではない事を王妃が証明すれば良いのだ」
「神の定めた真実だからこそ!証明など不要なのです!」
「そうよ!」
「不要と証明済みとは違う」
「もちろんです!神の真理なのですから!」
「その通りだわ!」
「王妃でいたいなら、そなたが証明するのだ」
「え?なんでよ?」
「イラスは宰相の子ではなく、余の子だと証明できなければ、そなたは王妃の座を失うではないか」
「な!なんでよ!違うわよ!」
「違わない。不倫をした妻がどうなるのか、知らないのなら教えるが?」
「違うってば!私は聖女で王妃なのよ!」
「王妃であるからこそ不倫の罪は、貴族の妻より重くなる」
「違うってば!そんな事を言ってるんじゃないわよ!」
「しかし宰相が王妃の身柄を引き受けるなら、扱いは宰相に任せても良い」
国王のその言葉に、大きく目を見開いた王妃は宰相を見た。
「そ・・・それは」
擦れた宰相の言葉に、国王は肯いた。
「不倫の罰は宰相に一任しよう」
「い、や・・・いや・・・しかし」
「どちらか選ぶが良い」
「・・・どちらか?」
「王妃の罪を認めて身柄を引き取るか、イラスが余の息子である事を証明するかだ」
宰相も王妃を見て、2人は見詰め合う。
「お待ち下さい。国王陛下」
宰相の娘が前に出た。
「そうなりますと、わたくしの母はどうなるのでしょうか?」
「そなたも知っておるだろう。宰相とは離縁だ」
「ですが母は何も知らないのです。母はいつも父を支え、妻としての役割を常に、しっかりと・・・」
「・・・まあ知らないであろうな。余も知らなかったのだ」
「私だって知らなかったのよ!」
王妃が叫ぶ。
「だっていつも国王とした時にしか・・・」
王妃が言葉を途切れさせると、会場はしんとした。
注目を集めた王妃は、細かく左右に首を何度も降る。
「い、いえ、違うの。大丈夫な筈だったの!本当に!本当に計算が合わないのよ!」
王妃はそう訴えながら国王に近寄ろうとするけれど、ハルがその行く手に立ち塞がった。
そしてそのハルの隣にリルが立つ。
「たとえ王太子が宰相さんの子供じゃなくても、王妃様が国王様の赤ちゃんを産めないのは分かってたでしょう?」
「なんですって?」
「え?・・・惚けるの?」
「何がよ!」
ハルが今度はリルを庇う様に前に出るが、やはりリルはハルの後ろから顔を出して王妃に向けた。
「だって聖女なんでしょ?」
「何も知らないくせに!口を出すな!」
「いや、だって聖女なら、魔力波を見れば、王妃様と国王様の間に赤ちゃんが出来ないのなんて、分かるじゃない」
再び会場がしんとする。
王妃が驚いた表情をしている事に、リルは眉を顰めた。
リルはふっとハルを見上げると、驚いた顔のハルと目が合う。国王を振り向くと、国王も驚いている。
「え?」
宰相はどうでも良いけれど、オフリー領主の娘も聖女である筈なのに驚いているのにも、神官が驚いているのにも、リルは戸惑った。
リルはズーリナの聖女を振り返る。
「分かるよね?」
ズーリナの聖女は息を吐きながら肩を落とし、その隣でイザンの薬師は首を小さく左右に振った。
「妊娠の相性判定魔法だろう?見ただけで分かるわけないじゃないか」
「確かに、理論上はそう言う事も考えられるが、その様な人体実験など出来ないではないか」
「あれ?でも、その赤ちゃんが出来るかの相性判定魔法だと、男女の魔力波を比較して、妊娠のし易さを測るでしょ?」
「そうなのかい?私は使った事がないからね」
「使えて使っても、ララには分からんだろう」
「うるさいよ!」
「だがリル?私も魔力波の相性の良し悪しなら知っているが、そもそも魔力波の相性が悪い者同士が、親しくなる事などないではないか」
「え?そうなの?」
「ああ。知らなかったのか?」
「私、苦手な人とかいるんだけど、そう言う事?」
「まあ、嫌う理由は魔力波以外にもあるだろうが、魔力波が合わない場合は生理的嫌悪が呼び覚まされる。お互いにな。なのでその様な2人が結婚まで辿り着くなど、普通ならあり得ない話ではあるな」
そう言われたリルは、国王と王妃を見る。多くの人が2人を見ていた。
「それならなんで王妃様は、ハルのお母さんとの婚約を解消させてまで、国王様と結婚したの?」
リルの言葉に、皆の視線が王妃に集まる。
「最初から宰相さんと結婚すれば良かったのに」
そう言って視線を宰相に移したリルに釣られ、今度は皆の視線が宰相に集まった。




