神罰
ハルがそっと、リルの二の腕に手を触れる。
「リル。魔力が漏れている」
「え?あ、ごめん。ありがと」
「いや」
リルは目を閉じて、深く息を吸った。そしてリルがゆっくりと息を吐くと、魔力の漏れが収まって行く。
王妃が杖をリルに向けた。ハルが咄嗟に庇いに動くけれど、リルはハルの後ろから顔を出して王妃を覗いているので、余り意味がない。
「お前!私を威圧するなんて!」
「不敬にも程があるぞ!」
宰相もリルを指差して怒鳴る。その宰相をリルは睨んだ。
「聖女が神に認められてるとして、だからなに?」
リルはハルの後ろから出て横に立つ。
「その様な事を口にして!神罰が下るぞ!」
「そうよ!」
リルは小さく首を左右に振った。
「それはもう良いわ」
「なんだと?」
「どう言う意味よ!」
「今日は何度もそう言われたけど、だからなに?何も起こんないじゃない」
「何ですって!」
「神罰がこの場で下るとは限らない!」
「さっきの王妃様の魔法なら、もう使わせないけど?」
「何ですって!」
「下賤の身で!いい加減にしろ!」
「私には聖女と言うのがどれ程偉いのか分からないけど」
「聖女様は神に認められているのだ!」
「そうよ!」
「神様に認められたら、なんで偉いの?」
一瞬場がしんとするが、直後に宰相がリルに怒鳴る声が会場に響く。
「その様な事も分からぬ愚か者に!話す謂れはない!」
「そうよ!」
「そこのあなたはこの国の神官よね?」
リルは王妃達と一緒に来ていた、オフリーの神官に顔を向けた。
「この国の聖女って、どうやったらなれるの?」
「神に認められたらに決まっているだろう!」
うるさく怒鳴る宰相に、顔を蹙めながらリルは尋ねる。
「じゃあどうやったら認められるのよ?」
「神の御心が只人に推し量れるものか!」
「じゃあ認められたかどうかなんて、分かんないじゃない」
「神託が下るのだ!」
「なにそれ?」
「神託も知らんのに神のなされた事を疑うな!」
「いや、だって、神罰だって王妃様の魔法だったんでしょ?神託だって、誰かが言ってるだけじゃないの?」
「なんだと?」
「神託だって言って神様の言葉を騙ったら、それこそ神罰が下るんじゃないの?」
「なんだと!」
「ねえ?王妃様と宰相さんは、神様を信じてないの?」
「なんだと?」
「信じてるわよ!」
「それならなんで、神様の名を騙って神罰だなんて魔法を使ってるの?」
「なに?」
「何ですって?」
「神様を信じていないから、神罰魔法を使うんでしょ?神様を信じてなければ、本当の神罰は恐くないもんね?」
宰相も王妃も、リルを睨むが言葉は出なかった。
おろおろとしていたオフリーの神官が「あの」と小さい声を上げる。
その声を耳にした国王が神官を向いて肯いた。
「許す。申せ」
「あ、はい!」
神官は背筋を伸ばすと、国王に向かって礼をする。そして体を起こすとリルに向けた。
「神殿には神託を感じられる神官がおります」
リルは眉を顰めると、ズーリナの聖女を振り向いた。
「そうなの?」
「そうらしいね」
「え?ズーリナは違うの?」
「ズーリナの神官もそう言ってるけど、私には聞こえないから、神託が本当かどうかなんて知らないよ」
「本当です!神託は本当にあるのです!」
オフリーの神官が必死の形相でズーリナの聖女に訴える。
「知らないって言っただけで、無いとは言ってないだろう?」
「あ、はい」
「それで?」
ズーリナの聖女に肯いたオフリーの神官に、リルが先を促した。
「普段はそれぞれが受ける御言葉は異なるのですが」
「え?神様が人によって違う事を言うの?」
「神に比べ、我々は小さな存在でしかありません。1人の神官が神の御心のすべて受け止められる事はないのです」
「へー」
「しかし複数の神官が同じ神託を授けられる事があります」
「たまたまって事?」
「いいえ。人々に取って重要な事柄に付いてです。聖女誕生もその一つです」
「王妃様が生まれた時に何人もの神官達が、王妃様が聖女だと神様に言われたと言ったのね?」
「あ、いえ」
「違うの?」
「王妃陛下が生まれた時ではなく」
「生まれた時ではなく?」
「その、この国に聖女が現れたとの神託があり、国中を探して」
「もう良いわ!」
王妃が神官の言葉を遮る。宰相も肯いた。
「もう分かっただろう!」
「今の話の先に、王妃様に取っては都合が悪い話が続くのね?」
「違う!」
「違うわよ!」
「聖女候補が何人も亡くなっているのだ」
「聖女候補は死んでないわよ!」
国王の言葉に王妃が反論する。オフリーの神官は肯いた。
「亡くなったのは神官達です。聖女候補は事故に遭っても命だけは助かりましたし、原因不明の病に罹っても何とか死なずには済み、聖女候補を辞退しただけです」
「そうであったか」
「そうよ!聖女じゃないのに聖女候補になんてなるから!」
「その杖で神罰魔法を使ったのね?」
「そう!いえ!違う!違うわよ!神罰よ!」
「でも神官は殺したのね?」
「違うわ!違う!私じゃない!」
そう叫ぶ王女をリルはじっと見詰めた。リルに見詰められて王妃はもう一度、今度は弱い声で「違うわ」と呟いた。
「でも神罰魔法ってなんなんだい?」
そう訊かれてリルは、視線を王妃からズーリナの聖女に移す。
「治療魔法の中に血流を強くするやつがあるでしょう?」
「そんなのあるのかい?」
「え?あるじゃない。これよ」
そう言うとリルは自分に対して魔法を使った。
「え?見ても分かんないよ。私に掛けてよ」
「おい待て。危ないではないか」
イザンの薬師が口を挟む。
「リルが自分に掛けたんだ。危なくなんてないよ」
「失敗しても表面上は治せるだろうが、脳の血管が破裂したりしたら後遺症が残る」
「大丈夫。威力はゼロにして発動してるから」
「へ~、そんな事が出来るのかい?」
「ほう、それなら私にも掛けてみてくれ」
「え?うん」
リルはズーリナの聖女とイザンの薬師に向けて魔法を撃った。
「ああ、これか。確かにあるね」
「なるほど。こう言う魔法か」
「うん。これをあの杖を使って何重にも起動すれば」
リルは視線を王妃に移す。
「相手を殺せる」
リルの言葉に王妃は体に力を入れた。




