告発
「オフリーでスタンピードが起きた時、その娘は怪我人を何人も見捨てて見殺しにしている」
オフリー領主の言葉に会場が騒めく。
その様子に宰相は勢い付いた。
「それはオフリーだけではない!この王都でもだ!」
そう言うと宰相は何人もの人間を会場に招き入れる。その人々はリルを見付けると、憎悪の目を向けた。その様子に宰相は笑みを浮かべる。
「ここに集めたのはオフリーや王都で!そこの小娘に家族を見殺しにされたり!怪我の治療を放棄されたりした者達だ!」
「お前の所為で俺の子供は死んだんだ!」
「両親を見殺しにしやがって!」
「私の夫を返して!」
「俺の恋人を返せ!」
国王を守る為に兵士達が前に出る。その後ろでハルも前に出て、リルを庇った。
「何言ってんだい」
「それは仕方ないであろうな」
ズーリナの聖女とイザンの薬師が兵士達の前に進み出る。
「助けられない者は見捨てるしかないんだよ」
「間に合わない者にポーションを使っては、間に合う者を救えなくなる。治療に携わる者なら行う事だ」
「何を言っている!小さな子供もいたと言うのだぞ!妊婦も見殺しにしたと!」
宰相の言葉に、ズーリナの聖女は首を左右に小さく振った。
「誰でもだよ。聖女だってそうするしかないのさ。この間の事件の様に大勢が怪我をしてたら、聖女だって全員は助けられないんだ」
ズーリナの聖女の言葉に、イザンの薬師が小さく肯く。
「今生きていても、今なら間に合っても、治療に時間が掛かる事が分かっていて、その時間でより多くの人間を救えるのであれば、そちらを救う。仕方のない事だ」
「だいたいリルに命を救われた人もいる筈だ。その人達は喚んでないのかい?」
そう言って扉を見るズーリナの聖女の言葉に、イザンの薬師は小さく2度肯いた。
「あの手際だ。かなりの人数を助けた筈だな」
「そうだね。オフリーは見てないけど、きっと同じだっただろう」
「ああ。オフリーでは魔獣も退治しながらだったと聞く。魔獣を放っておいたら、もっと死人も怪我人も出ていたのだろうな」
「リルがいなければ、今でも死に続けてるんじゃないか?」
「リルがいないなどと、起こらなかった事を仮定するのなどは意味のない推測だが、まあ、私もそう思うな」
「理屈っぽいんだよ」
「感覚的過ぎるのだ」
「いやそれだけではない」
オフリー領主がリルを指差す。
「その娘は我が娘マーラの治療魔法を邪魔したのだ」
「その通りだ!」
宰相が叫んだ。
「今も聖女様とマーラ殿の魔法を封じている!間に合う間に合わないではない!意図的な治療妨害だ!」
「へえ?マーラ殿?オフリーでリルに邪魔されたって本当かい?」
「本当だ。更にマーラに攻撃までしたのだ」
「ララはオフリー領主には訊いていない。マーラ殿?本当なのだろうか?」
「オフリーでは確かに邪魔された時がありましたけれど、でもリルさんかどうかは」
「今もだ!今も聖女様とマーラ殿の魔法を封じているのだぞ!」
宰相の声の大きさに顔を蹙めながらも、オフリー領主は肯いた。
「そうだな。今の状況を見れば、その娘がやっていたのが分かる」
「リル?そうなのかい?」
「うん」
「ほらやはり!皆!聞いたな!」
「リル?それはどの様な理由でだろうか?」
「マーラさんの魔法は収束が弱くて、魔獣も回復してたから」
「そんな訳はない。マーラの魔法は神聖魔法なのだ」
オフリー領主の言葉をズーリナの聖女は「ふん」と鼻で笑う。
「神聖魔法だって魔獣を回復出来るよ。マーラ殿?収束が甘いのかい?」
「あ、いえ、けしてそんな事はないとは思いますけれど」
「当然だ。マーラは神が認めた聖女なのだから」
オフリー領主の言葉をズーリナの聖女は、今度は笑いと共に「はっ」と息を吐く。
「神がねえ」
「疑っているのか?マーラが1度に大勢を治せるのは、神の加護があるからだ」
「大勢?その中に魔獣が混ざっていたのかい?」
「そんな事は、ないと思いますけれど」
オフリー領主の娘は、少し不安そうに答えた。
「うん?思います?確認してないのかい?」
「遠かったものですから、もしかしたらどこかには魔獣がいた事もあるのかも知れません」
「遠くから神聖魔法を掛けたのかい?」
「はい」
「マーラは離れた場所からでも神聖魔法で人々を治せるのだ。神の加護のお陰でな」
「遠くからなら収束も甘くなるかもね」
眉根を寄せていたイザンの薬師が、首を傾げながらズーリナの聖女に尋ねる。
「遠くからも治療出来るものなのか?」
「どうだろう?魔力がもったいないし、やる意味がないからねえ」
「やる意味がないだと?何を言っている!」
オフリー領主が声を荒げた。
「マーラが救った命に意味がないと言っているのか?!」
「そんな魔力を使うなら、もっと早く、もっと大勢を助けられるからだよ」
「マーラは大勢を助けたのだ!」
「もっとだってば。なんで遠くからではなく、近くで助けなかったんだい?」
「それは、ですが、魔獣がいましたので」
「ああ、そう言う事か」
ズーリナの聖女が肯く。イザンの薬師も肯いた。
「自分は安全な場所にいて、遠くに向けて魔法を使ったのだな」
「それの何が悪いのだ!聖女を危険な場所に近付ける訳がないではないか!」
「それはズーリナも一緒だよ。でもね?怪我人を聖女のところに運べば良いじゃないか?なんでそれをしなかったんだい?」
「スタンピードだぞ?どれだけ魔獣が跋扈していたのか想像出来ないのだろうが、怪我人を運べる訳はないではないか」
「うん?この国には魔獣退治の専門家がいるんだろう?」
「そうだな。冒険者がいるのなら、魔獣を倒したり避けたりしながら、怪我人を集める事も容易に出来る筈ではあるな」
「オフリーには冒険者がほとんどいなかったのだ。そしてダンジョンから魔獣が溢れた時に真っ先に逃げ出したのは冒険者達だ」
「何故冒険者がいなかったんだい?」
「ダンジョンがある街に冒険者を集めるのは領主の仕事ではなかったか?」
「それも小娘の所為ではないか!」
宰相が口を挟んだので、ズーリナの聖女もイザンの薬師も、眉間に皺を寄せる。
オフリー領主は宰相に向けて肯いた。
「そうだ。リルのポーションを頼りにしていた冒険者達が、リルがオフリーからいなくなると同時に、オフリーから出て行ったのだ」
「冒険者が減った為にオフリーのダンジョンには魔獣が増えたとの情報がある!そして魔獣が増えたから怪我をする冒険者も増えた!しかし性能が低いポーションしかない!」
「それなので更にオフリーを離れる冒険者が増えたのだ。そしてそれが更に魔獣を増やす結果になった」
「そう!それがついにはスタンピードを招いたのだ!分かるか皆の者!詰まりはこの小娘がスタンピードを招いたのだ!」
「あほくさ」
「領主の責任を問うべき問題だな」
「何を言っている!それだけではない!」
「まだ何かを無理矢理こじつける積もりなのか?」
「もう良いよ」
「今回の王宮の崩壊もその小娘とその偽物の所為なのだ!」
「はあ?」
「次の証人を呼べ!」
宰相の命令で連れて来られたのは、ハルにナイフを投げた男だった。




