証人
宰相は国王を指差した。
「ハテラズ殿下が亡くなって!国王陛下はお心を弱くした!それなのでこの様なズーリナの陰謀に!まんまと騙されてしまったのだ!」
「そう!そうよ!」
王妃が宰相の言葉に相槌を打つ。
「その者達に国王陛下は操られている!」
「その通りだわ!」
「兵士達よ!国王陛下をその者達より取り戻せ!」
「それが神の御心よ!」
「なんで神様の気持ちを聖女だと言う王妃様じゃなくて、宰相が言うの?」
リルの言葉に会場にいる参加者の多くがハッとする。
「うるさい!」
王妃が杖をまたリルに向けた。
「私は一向に天罰に当たらないけど、王妃様は神様に見放されたんじゃない?」
参加者の多くが体を硬くしたけれど、その皆が想像した天罰がリルに下る様子はない。
参加者の間に囁きが広がり、会場はざわざわとした。
リルに言われて目と口を少しずつ大きく開いていっていた王妃が、絞り出した声は擦れていた。
「なんですって」
「お前達の犯罪を詳らかにする証人に会わせてやる!」
宰相は王妃を庇う様に前に出ると、そう言って会場の扉を指差す。
会場の人々は揃って「この期に及んで宰相が何を言っても情勢は変わらない」と思っていた。
そうは思っていないのは宰相本人と、宰相を信じている王妃と、そしてリルだけだった。
怯えた様に見えるリルの様子に、会場の空気が変わっていく。
リルは今の今まで忘れていた、自分が脱獄していた事に付いて、まさに今思い出していた。
宰相が会場に招き入れたのは、『輝きの光』のリーダー、マゴコロ商会のスルリ、オフリーの商店の店主の3人だった。
そして、リルが3人と最後に会った場所は牢だった。
「さあお前達!あいつの悪事を暴いてやれ!」
「もちろんだ!リルは勝手に俺のパーティを抜けて、その所為で俺は酷い目に遭った」
リーダーの言葉にリルは「あれ?」と小首を傾げる。
「酷い目とは何だ?具体的に言え」
「パーティは怪我人だらけで冒険が満足に出来なくなった!」
「うん?それで?」
「探索が休み休みになって、金が入らないから、スルリに働けって言われて大変だったんだ」
「それはアナタ達が休んでばかりで働かないからであって、私ではなくても言いますよ」
「お前達?あの小娘の悪事を知っているのではないのか?」
宰相の言った「小娘」の言葉に、リルはカチンと来た。しかしそんなリルにお構いなく、店主が宰相に応える。
「ああ、知っているぞ。そいつは俺に断りもなく、勝手にいなくなったんだ。ポーションの納品を勝手に止めてだ。俺がポーションの作り方を教えてやったのに、その恩も忘れてだぞ?お陰で俺の店は潰れちまった。それもこれもそいつの低級ポーションの代わりに、スルリが下級ポーションなんかを納品したからだ!」
「ふざけて貰っちゃ困りますよ。アナタが低級ポーションにちゃんとした代金を支払っていれば、あんな事にはならなかったんじゃないですか?」
「ふざけんな!代金の不払いなんて、低級ポーションにはした事がないだろうが!」
「ちゃんとした代金ですよ。アナタは低級ポーションを不当に安く仕入れていたじゃないですか?それなので正当な値上げを私が要求したのに応じなかった。アナタがちゃんと私の値上げに応じていれば、『輝きの光』はちゃんと利益を出せる様になって、そしたら私だってリルを追い出したりしなかったんですから、アナタの店にも低級ポーションを納品し続けられたんです」
「ふざけんな!それまであの値段で卸してたんだろうが!それをなんで値上げしなくちゃなんねんだ!」
「あの卸値だから利益が出なくて、『輝きの光』の借金がなくならなかったのではないですか」
「なに?!俺達の借金は店主のおっさんの所為だったのか?!」
「オマエ達の借金はオマエ達が遊び回って作ったんだろうが!俺はリルにポーションの作り方を教えたんだぞ!あの卸値は良心的な値段だし、感謝の気持ちがあるならタダで持って来たって良い筈だ!」
「タダなんて良い訳ないでしょう?」
「どうせ材料はダンジョンの中からタダで集めて来るんじゃねえか!自分達で使う分のポーションは俺を通さなくて良いんだから、全然金なんて掛かってねえだろうが!」
「ダンジョンに入るのにも経費が掛かるんですよ!」
「そうだぞ!それに俺達はポーションなんて使わなかったんだからな!使わない分逆に金を寄越せ!」
「何だと!」
「あの、宰相さん?」
リルは呆気に取られている宰相に声を掛けた。
「これ、ここで話す必要あるの?」
「あ、いや、おい!お前達!この小娘の悪事を暴くのではないのか?!」
「ああ!任せとけ!リルは勝手にパーティを抜けたんだ!」
「リルは恩を返す為に、おれの店を再建しろ!」
「アナタを解雇してから皆が私に文句を言うんです。私の判断は間違っていないのにですよ?どうしてくれるんですか?」
「あの、宰相さん?この人達だけですか?私達の悪事を暴くって人が他にもいるなら、連れて来て下さい」
「おい!リル!『輝きの光』がイヤなら、リルにパーティ名を決めさせてやるから感謝しろ!」
「オフリーはもう終わりだから、店はオンデに作るぞ!分かったな!」
「私は自分の商会を作りますから、アナタのポーションは私が独占します。それでアナタのした事は赦してあげます」
「お前達?この小娘の悪事を他に知らないのか?」
リルはやはり、「小娘」の言葉に反応する。リルを指差してそう言う宰相に、リルは細めた目を向けた。
「知ってますよ。死んだ事にして借金から逃れたとか、マゴコロ商会の物を盗んだとか聞きましたね。ダンジョンに怪我人を置き去りにしたとも」
「大手のクランを騙して、金を巻き上げたんだろう?」
「男に貢がして羽振りが良いって聞いたぜ?」
「いや、お前達はもう良い。次だ」
「俺の借金はこれでチャラなんだな?」
「俺の店も出来るんだな?」
「納品の約束も大丈夫なんですね?」
「それは本人と話せ」
「何だと!話が違うじゃねえか!」
「国王陛下の前で話せば、私の望みが叶うんですよね?」
「え?どうゆう事?俺の借金は?」
騒ぐ3人は宰相の指示で退室させられる。
宰相はオフリー領主に顔を向けた。
「オフリー領主」
「あ、ああ」
「お前の番だ」
「もう少し追い詰めてからの予定じゃなかったのか?」
「良いから話せ」
オフリー領主は娘を王太子と結婚させると言うから、王妃と宰相の側に付いた。
しかし国王は目の前の青年をハテラズ王子と認めた。イラス王子が王太子ではなくなれば話が違う。だがハテラズ王子は死んだ事にされたままになりそうで、ハテラズ王子が王太子になる可能性は低そうだ。そしてもしハテラズ王子が王太子になったとして、自分の娘をハテラズ王子と結婚させる事にはデメリットが多そうに思えて来た。
そうであればこのまま、王妃と宰相の側に付いた方が良い。
何よりリルは罪を犯している。本人も思い出した様だし、会場の空気も王妃側に戻り始めている。
オフリー領主はリルの罪について、話す事に決めた。




