冷やかし客【傍話】
「いらっしゃい」
店に入って来た客へ店主が掛けた声は、疲れている様に聞こえた。
「久しぶり」
「なんだ、オマエか」
「それだけ?もう少しなんかないのか?」
「確かに久しぶりだ。今日はどうした?オマエが買い出しか?」
「そりゃあ部下の仕事だ。アンタの店、濁ったポーション売ってたろう?」
「・・・ああ。前にな」
「今は売ってないのか?」
「今は澄んだ下級ポーションだけだ」
「値段は?」
「値段?」
「濁ったポーションは安かったじゃないか」
「ああ。仕入れが上がったから、売値も上げてる」
「他の店と同じくらい?」
「・・・他の店よりはいくらか安い筈だ」
「へえ。これが下級ポーション?」
「ああ」
「ホントに他の店と同じのを売ってんだな」
「・・・オマエ、何の用だ?冷やかしなら帰れ」
「冷やかしでも良いじゃないか。どうせ暇なんだろ?」
「うるさい!帰れ!」
「なあ?どうしてあの濁ったポーション、売らなくなったんだ?」
「知るか!」
「あのポーション、作ってた人間をクビにしたって本当なのか?」
「俺がクビにした訳じゃねえ!『輝きの光』の奴らがクビにして、このオフリーからいなくなっちまったんだ!クソッ!」
「どこに行ったか分かんないのか?」
「俺が知りたいくらいだ」
「『輝きの光』の奴らもマゴコロ商会の奴も知らないみたいだし、困ったな」
「なんだ?オマエもリルを探してんのか?」
「まあね」
「クソッ!どいつもこいつも!探し出してどうする気だ?!」
「そりゃあまあ、ウチのクランの専属薬師になって貰おうかな、なんて」
「あんな濁ったポーションのどこが良いんだ?」
「まあ、知ってたらアンタは、あの値段じゃ売らなかったよな?」
「オマエら冒険者達はグルになりやがって!俺から利益を掠め取りやがって!」
「他の奴らは知らないけど、ウチのモンはあのポーションに、文句言ったりした事ないだろ?」
「この下級ポーションだって問題ないだろが!」
「ああ、そうなんだろうな。どこでも売ってるんだから、この店のだけ問題があったらおかしいもんな」
「あのポーション!俺が作り方を教えたんだぞ!」
「え?そうなのか?」
「あ・・・いや」
「それなら情報料を払うから、ウチの薬師にレシピを教えてくれないか?」
「・・・ダメだ」
「・・・そりゃそうか」
肩を竦める客を店主が恨めしそうに睨む。
「レシピが特別だとしても、アンタが作れるなら作って売る筈だもんな?」
「・・・なんだと?」
「詰まり、アンタが知らない作り方で、あの濁ったポーションは作られてたんだろ?」
「・・・なんだと?」
「あのポーションの事、知らなかったのはアンタと『輝きの光』だけなんじゃないのか?」
「・・・なんだと?」
「まあアンタは今になって気付いたみたいだけど、『輝きの光』の奴らがいつ気付くか。それまでに、ヒーラーだっけ?作ってたの?」
「・・・知らん」
「『輝きの光』が気付いて探し始める前に、ヒーラーのリルの身柄を確保しないとな」
「クソッタレ!」
店主が投げ付けた瓶を危なげなく受け取った客は、それをテーブルに置く。
「何か分かったり思い出したら、ウチに連絡しろよ。リルの情報は高く買うよ?」
「誰が教えるか!」
客はまた肩を竦め、「そんじゃ」と言って店を出て行った。