納得
ズーリナの聖女が掛けた親子判定の魔法では、ハルと国王が親子だとの結果が出た。
その魔法はリルの言う通りの構造らしいと、イザンの薬師も報告する。
そしてズーリナの聖女とイザンの薬師は、親子判定の魔法に付いて議論を始めた。
リルもそちらに加わりたかったけれど、他の人達に回りを囲まれている。囲まれているからこそ、加わりたいのもあった。
「詰まりこの方は、本物のハテラズ殿下と言う事ですか?」
ハルの前に立った宰相の娘は、ハルの足先から頭までじっくりと見る。
その横で王妃と宰相が怒鳴った。
「そんなに訳はないと言っているでしょう!」
「ミリン!お前は先に帰っていなさい!」
「ハテラズ殿下が生きていらっしゃるのなら、わたくしの婚約者はハテラズ殿下ですね」
「そんな訳ないと何度言わせるの!」
「いいから帰るんだ!」
宰相の娘は宰相の手をするりと躱し、オフリー領主の娘を向く。
「それならあなたもイラス殿下と結婚出来るわね」
「それなら?そうなのですか?」
「お前がいい加減な事を言うからよ!」
王妃がリルを指差して睨んだ。宰相も睨んでリルを指差す。
「そうだ!ハテラズ殿下は既に死んでいるのだ!」
宰相の娘はオフリー領主の娘に向かって肯いた。
「ええ。わたくしがハテラズ殿下と結婚するのなら、イラス殿下の婚約者の席は空きますもの」
「ミリン!いい加減にするのだ!死んでいる人間とどうやって結婚する積もりだ!」
オフリー領主の娘も宰相の娘に向かって肯く。
「そうですね。そうしたらわたくしは問題なく、王太子様に結婚して頂けるのね」
「そうしなくてもあなたは王太子の婚約者ですよ!」
オフリー領主の娘の言葉に、宰相の娘は「いいえ」と首を振る。
「王太子はハテラズ殿下になりますから、イラス殿下は王太子ではなくなります。あなたはそれでも良いのよね?」
「良い訳ないでしょう!」
宰相の娘の問いに、オフリー領主の娘は「ええ」と肯いた。
「イラス殿下と結婚出来るのでしたら、それ以外はどうでも構わないのです」
「構わない訳がないではないか!」
宰相の娘の言葉を聞いたリルは、どうしても気になって口を挟む。
「ねえ?あなたはハテラズ殿下が王太子じゃなきゃダメなの?」
尋ねられた宰相の娘は「ええ」と肯いた。
「そもそもわたくしとハテラズ殿下が婚約したのは、ハテラズ殿下が王太子になるかも知れないからですもの」
「そうなのね」
「ええ」
リルはハルを振り向いた。ハルは驚いた顔をしている。国王もハルにそっくりな表情をしていた。
「ハル?婚約者はいないって言ってなかった?」
「いや、いない。嘘ではない。私には婚約者も恋人もいない。そうですよね?国王陛下?」
「いや、恋人は知らんが」
「おりませんので」
「そうか?だが婚約者はいないし、ミリンとも婚約などさせた事はない」
「それはハテラズ殿下が亡くなったとされたので、わたくしはイラス殿下と婚約し直しましたから」
「ハル?」
「いや、本当だ。私は生まれてから1度も婚約などした事がありませんよね?国王陛下?」
「ああ。ハテラズを婚約させた事など1度もない。恋人が何人いたのかに付いては、余は知らぬが」
「おりません。余計な事は仰らないで下さい」
「国王陛下がご存知ないのも仕方ありませんわ」
「ミリン!」
また宰相が腕を掴もうとするが、宰相の娘はまた逃れる。
「国王陛下には内緒でしたもの」
「ハテラズ殿下には?」
「ハテラズ殿下はご存知だったのでは?」
「だってよ?ハル?」
「いや、リル?信じてくれないのか?」
「信じてるけどね?」
「イラス殿下はご存知だったのですよ?ハテラズ殿下もご存知でしたでしょう?」
「イラスは知らぬが」
「いいえ。ご存知でしたよね?イラス殿下?」
「いや、イラスが知っていたのか知らなかったのかは知らないが、私は本当に知らないし、そもそも父である国王陛下が知らないのはおかしいではないか」
「ですけれど、聖女様でもある王妃様なら、国王陛下よりも決定権をお持ちでしょう?」
「ミリン!」
どうしても宰相は宰相の娘を捕まえられない。
「あなたはもう下がりなさい!命令よ!」
「ですが王妃様?おかしいではありませんか?」
「何がですか!」
「幼い頃より婚約していたハテラズ殿下は、わたくしとの婚約を知らなかったと言うのですよ?確かに内緒にする様にとは言われておりました。けれどまさかハテラズ殿下にも秘密とは思いませんでしたが、そうだったのですか?そしてハテラズ殿下が亡くなったからとイラス殿下と婚約させられて」
「あなたも納得してたじゃないの!」
「王太子殿下との婚約に不満があったと言うのか!」
「王妃様とお父様に命じられれば、どなたとでも婚約でも結婚でも致しますけれど」
宰相の娘のその言葉を聞いて、王太子は微妙な顔をした。
「ですがわたくしは王妃となるべく育てられたのです。この方が本物のハテラズ殿下で、この方が王太子となるのでしたら、わたくしはこの方と結婚をすべきではありませんか?」
「いい加減にしなさい!」
娘を怒鳴り付ける宰相に、王妃も「そうよ!」と同意をする。
「この男がハテラズだと言ってるのはズーリナの人間よ!この国の聖女である私が違うって言ってるのだから!」
「聖女様の仰る通りです。ミリン。お前との話は後だ。先に帰りなさい」
「それでは王妃様もお父様も、この方をハテラズ殿下だとは認めないのですね?」
「当たり前でしょ!」
「王妃様の仰る通りだ。当然ではないか」
「それであればわたくしは、王太子殿下との婚約は解消しませんし、将来王妃となるのはわたくしですよね?」
「いいえ。王太子様と結婚するのはわたくしです」
オフリー領主の娘が口を挟んで、話が元に戻る。
リルは首を傾げ、ハルに問い掛ける。
「ねえハル?ハルはこの人と結婚する筈だったの?」
リルは宰相の娘を指差した。
「私が結婚したいのは、リルだけだ」
「そうじゃなくて、私に会わなくて、森で怪我もしてなければ、この人と結婚する筈だったの?」
「いいや。ミリンは王太子と結婚して、いずれ王妃となる事を望んでいるのだ。王妃陛下も宰相も、ミリンの結婚相手には私ではなく、王太子を望んでいる筈だ」
「けれど婚約してたのね?」
「私も国王陛下も知らないと言っているだろう?」
「でも、婚約してたんでしょ?」
「もしかしたら、そう手続きがされていたのかも知れないが、それでも私は知らなかったし、ミリンと結婚する気もなかったし、今もない」
「でもこの人、ミリンさんは王太子とは結婚できないわよね?」
「まあ、王太子はミリンとの婚約を解消して、今はオフリー領主の娘と婚約している様だからな」
「そうじゃなくて、兄妹じゃないの?」
「兄妹?」
リルの言葉を聞きつけた王妃が「フッ」と鼻で笑う。
「誰に教わったのか知らないけど、いい加減な情報ね」
「確かに私と聖女様は兄妹だ」
リルに馬鹿にした表情を向けながら、宰相が勝ち誇った様に述べる。
「だが、聖女様と私は血が繋がってはいない」
「そうよ。私は宰相の家の養女になっただけだもの」
「それに聖女様と私が本当の兄妹でも、王太子殿下とミリンは結婚できる」
「この国の貴族は、従兄妹同士でも結婚できるんだから」
「聖女様の仰る通りだ」
「そんな事も知らないなんて、お前はどこの出身なの?」
「なるほど。この国の出身ではないから、本物のハテラズ殿下の髪や目の色も知らなかったのだな?さて、そうなると、ズーリナ出身なのか、イザンなのか」
「なに言ってんの?二人が兄妹じゃないんだろうなんて、見れば分かるわ」
目を細めて王妃と宰相にそう言うと、リルはハルを振り向いた。
「ねえ?正妻の息子って言ってたのって、弟くんの事?」
「ああ、そうだ」
「正妻に子供が出来なかったから、国王様とハルのお母さんが結婚したのよね?」
リルの言葉に王妃が「何ですって!」と叫ぶ。
「子供が出来なかった訳じゃないわ!」
「そうだ!聖女様は王太子殿下を産んでいらっしゃる!王太子殿下が生まれるのは遅れただけだ!それは偏に国王陛下に聖女様に対しての誠実さが足りなかったからだ!」
「そうよ!あんな女に国王がフラフラしたりしなければ!王太子だってもっと早く生まれてたわ!」
リルは騒ぐ二人をチラリと見たけれど、直ぐに視線をハルに戻した。
「つまり、王妃様との間に子供が出来なかったから国王様は王妃様と離婚して、そしてハルのお母さんと再婚してハルが生まれて、ハルのお母さんが亡くなったから国王様はまた王妃様と再婚して、その時の王妃様の連れ子が王太子殿下って理解で合ってる?」
「合ってるもんですか!」
「何を言っておるのだ!」
ハルはチラリと王妃と宰相を見てから、リルに視線を戻して「いいや」と首を振る。
「国王陛下と王妃陛下は離婚はしていない。私の母は側妃として国王陛下に嫁いだ。この国の国王には、第2夫人が認められているのだ」
「そうなのね。それなら王太子殿下が国王陛下の子供じゃないのも、王妃様に第2おっと?なんて言うのか分からないけれど、2人目の夫がいたからって事なのね」
リルは「なるほど」と納得して肯きながら、王妃と宰相に顔を向けた。




