正体
兵士達が動き出すのを国王が制した。
「待て!この者達は余が招いたのだ!捕らえるなど許さん!」
「構わん、捕らえろ。国王陛下は騙されているのだ」
宰相の言葉に兵士が前に出て、ハルとリルに剣を向ける。すると2人の前に、2人を庇う様に国王が立った。
「兵士達よ!余に剣を向ける意味を知らんとしても許さんぞ!」
国王の言葉に兵士達は迷いながらも剣先を下げる。しかし宰相が兵士達の前まで進み出て叫んだ。
「国王陛下はハテラズ殿下が亡くなってからお心を弱くした。その者共は弱った国王陛下の心の隙に付け込んだのだ」
リルはハルに囁く。
「ハル?この人はハルがハテラズ殿下じゃないって言ってるの?」
「ああ」
「ハルの本名って、ハテラズなの?」
ハルは目を見開いて、宰相からリルに視線を向けた。
「私の正体を知っても良いのか?」
「だって、お父さんが困ってそうだし」
「・・・ああ。私はハテラズと言う」
「そう。それで?ハルはハテラズだって言う?違うって言う?」
「そうだな。私は自分からはハテラズだとは、父にさえ名乗っていない」
「じゃあハルで通す?そしたらお父さんも助かる?」
「私の事はハルだとしか皆に言っていない。ハルで通そう」
「なにを言う!この者は間違いなく余の息子ハテラズと娘リルだ!」
「え?お父さん?何言ってるの?」
「参ったな。言葉を取り消すのは難しいのに」
「取り消すもなにも」
「リル。私はこの場はハテラズになるが、後でハルに戻る事も出来るから、その心配はしなくとも良い」
「え?あ、そう?ううん。心配はしてないんだけど、取り敢えず事実を知らないみんなに、ハルはお父さんの子供って分からせれば良いのね?」
「ああ」
肯くハルに肯き返し、リルは前に進んで国王の隣に立った。
「え?リル?」
リルの行動にハルは驚いたが、国王も宰相も周囲の人々もとても驚いている。
「ハルはお父さんの子供よ」
その言葉に国王とハルは2人そっくりの困った顔をリルに向けた。
「小娘については後で処分するから、今は引っ込んでいろ」
宰相にそう言われて、誰が小娘だとカチンと来たけれど、話が逸れると思ってリルは、その部分は我慢した。
「こんなにそっくりなの、見て分かるでしょ?」
「ふっ」
王妃が鼻で笑いながら、宰相の隣に並ぶ。
「ろくにハテラズの事を調べてないから、そんなミスをするのよ」
「ミス?」
「ハテラズは髪も瞳も国王とは全然違うのは有名でしょう?」
「うん?ハルとお父さんが親子かどうかの話でしょ?」
「なに言ってるのよ。国王とハテラズが親子かどうかって話よ」
リルは隣の国王を見上げた。国王と目が合う。
「お父さんって、ハルのお父さんよね?」
「ああ、そうだ」
「お父さんって国王なの?」
「・・・そうだ。余はこの国の王だ」
「ふ~ん」
「リル?ふ~んはないであろう?」
「だって、ハルの家が偉いんだなって、私もなんとなく分かってたから。やっぱり貴族だったのね」
「貴族と言うか、王族ではあるが」
「貴族じゃないの?」
「王族だな」
「偉くはないの?」
「いや、偉い事は偉いが」
「それなら一緒に思って良いわよね?」
「良い訳ないでしょう!」
王妃が口を挟んだ。
「王族は貴族よりも偉いのよ!」
「でも、私から見たらどっちもどっちだから」
「どっちもどっち?どっちもどっちですって?!」
「あなたが言ってたの、髪と瞳って色の事でしょ?」
リルの言葉に王妃は目を見開く。
「あなた?あなたですって?!」
「え?ええ」
「私への敬意とか弁えとか、知らないなんて許さないわ!」
「ええ?国王には普段着で来いって言われたけど、ちゃんと弁えてこの格好に着替えたのよ?」
「ふざけないで!」
「え?ふざけてるって、あなたの格好の方がふざけてるんじゃない?」
リルもハルもこの場に合わせて着替えてはいるが、それは大人しめの服装だった。身分を隠す建前の国王もそうだし、この場の多くの人間はそれに準じている。
一方で王妃と宰相の一行は、派手派手に着飾っていた。
「いい加減にしろ!」
「それはあなたでしょ?」
王妃の口調が乱れるが、しかし王妃が怒鳴っても、魔獣の咆哮に慣れているリルには対して効果がない。
「そもそもお前は罪人である前にも平民でしょう!口を利く事も憚りなさい!」
「そう言うあなたは誰なの?」
「わ、私を知らないですって?!」
「あ、この国の有名人でも知らないわよ?国王様の事も、いるのは知っていたけど、誰が国王なのかは今知ったくらいなんだから」
「私は聖女にしてこの国の王妃!」
「あなたが、聖女?」
リルはハルを振り返る。
「ホントなの?この人が聖女?」
「ああ」
「でもこの人」
「聖女である私をこの人呼ばわりするなんて!思い知りなさい!」
「お待ちください、聖女様」
リルに杖を向けた王妃の腕に、宰相が手を触れる。
「なんで止めるのよ!」
「殺すのは、この者達の罪を詳らかにしてからではないとなりません」
宰相を睨んでいた王妃は、不貞腐れ気味に「分かったわよ」と言うと杖を下ろす。そしてリルを睨んだ。
「何も知らない様だから教えてやる。いい?ハテラズの色はこんなに国王そっくりの色じゃない。ハテラズの様な色をした者は歴代の王族はもちろん、貴族の中にもいなかった。そんな有名な事も調べずに偽物を用意するなんて、バカだわ」
「そう?ハル?魔力を貸して」
リルがハルに手を伸ばす。その手を取って「ああ」と答え、リルが何をするのか楽しみになって来て、ハルは自然と笑みを零した。
「いい?見ててね?」
リルはハルの魔力を使い、ハルの瞳と髪と、国王の瞳と髪に対して魔法を掛ける。そして2人の色を同じ様に色々な色へと変えていった。
「ね?色なんて、魔法でどうにでもなるじゃない?」
ハルは国王を見て、国王はハルを見て驚いていたが、やがて2人は同じ様に笑みを浮かべる。
「ハル?ハルの元の色って、こんな感じ?」
ハルは国王を見ながら答える。
「いや、もう少し煤けて」
「こう?」
「ああ、そうそう。その様な感じだ」
国王もハルを見て、「そうだな」と頷く。
「じゃあやっぱりハルの髪色は、魔法で変えられていたのを私が清浄魔法で打ち消しちゃったのね?」
「なんと?それは真か?」
国王はハルの髪に手を伸ばしかけた状態で、リルにぐるりと顔を向けた。
「たぶんだけど」
「違うわ!顔だって身長だって違うじゃない!」
王妃の言葉にリルは首を傾げる。
「顔ははじめからこんな感じだったよね?少し太ったけど」
「違う!本物はもっと太っている!」
「あ、ああ、出会った時はね。確かに」
「それに背だって高いし!」
「そう言われてみれば、なんか今日のハルは低いよね?」
「リルはいつもより踵の高い靴だからじゃないか?」
「ああ、そうか。だからハルの顔が近く思えるのね」
「違うわよ!本物のハテラズより高いって言ってるの!」
「ハルの魔毒を全部消したら、何故か背が伸びたのよ。髪の色もこうなったわ」
リルが魔法を止めるとハルと国王の色が元に戻った。
「そんなの!お前が言っているだけでしょう!誰も信じないわ!」
「まあそうかも知れないけど」
「そもそもその男は魔法で魔獣を倒したのよ!」
王妃の言葉に、国王は眉間に皺を寄せてハルを見て、リルは王妃に向かって首を傾げる。
「え?それがなに?」
「ハテラズには魔力はないわ!」
その王妃の言葉に会場は騒つく。
「それはハル、ハテラズ王子様も言ってたけど」
「そうでしょう!」
「でもそれって、あなたが検知出来なかっただけじゃないの?」
「何ですって?どう言う意味?」
「中には魔力検知が苦手な人もいるから、ハルに、ハテラズ王子様に魔力がある事に気付けなかっただけよ」
「なんですって!私は聖女よ!」
「え?聖女は魔力検知出来るの?」
「神に選ばれし私が、魔力のあるなしが分からない訳ないでしょう!」
「そうなの?今の私やハルから、魔力を感じる?」
「え?それは、感じないけど」
「ハル?一瞬だけ、全開にしてみて」
「ああ」
ハルが魔力を解放すると、会場内の人々は体を強張らせ、中には小さく悲鳴や苦鳴を漏らす人もいた。訓練を受けている兵士達は、条件反射で剣の柄に手を掛けながらハルに盾を向ける。
「ね?」
「ち、違うわよ!」
間近でハルの魔力を浴びた王妃の声は擦れていた。
王妃は顔色を失くしていたけれど、それは宰相も同じだ。ハルの魔力に慣れてるリルは大丈夫なのだが、国王も、ハルが魔力を持つ事には驚いていたけれど、ハルの魔力を浴びた事自体には影響を見せなかった。
「ハテラズには魔力がなかった!だから魔法が使えなかったのよ!」
「確かに初めて会った時は、魔法が使えなかったみたいだけど」
「ほら!」
「でも魔力がないって、あなたが言ってるだけでしょ?」
「違うわよ!ハテラズは王子よ?!王子!どれ程魔力があるのか正確に調べない訳ないでしょう!」
「正確に調べても、あなたが検知出来ないなら、使った検知魔法がおかしいんじゃない?」
「違う!この国の公式の見解として!ハテラズが魔力がないって国が認めてたのよ!」
「そうなの?」
リルは国王を振り返る。国王は苦い表情で「ああ」と肯いた。
「公表はしておらなかったが、どの様に調べても、ハテラズには魔力がないとの結果になった」
「そうなのね」
「分かった?!だから魔力を持つこの男はハテラズじゃない!偽物よ!」
「確かに、初めて会った時には、魔力が全然なかったけど」
「偽物だと認めるのね!」
「いいえ。そこのあなた。神官よね?」
ハルは王妃達と一緒に入場して来ていた1人に向けて話し掛けた。
「神官なら証明出来るでしょ?」
「え?私が?」
「リル?彼は王妃陛下の仲間だろう?」
「え?でも神官よ?ウソは吐かないんじゃない?」
「ぷっ」
リル達の様子を見守っている周囲の人達の中で、噴き出した人がいた。
「失礼。発言をしてもよろしいでしょうか?」
そう言って杖を持った女性が前に進み出る。国王はその女性に肯いた。
「許可する」
「ありがとうございます」
「え?ハル?話すのって許可制だったの?」
今更慌てるリルに、ハルも国王も苦笑いを向ける。
「いや、リル。構わん」
「だそうだよ。大丈夫だ」
「うん。ありがとうございます、国王様」
「いや、お父さんで構わん」
「え?うん。はい、お父さん」
ほのぼのとした雰囲気を出すリルと国王に、杖を持った女性が軽く咳払いをした。