開会
使用人に案内されて部屋に入って来たハルは、扉の傍で固まった。
そのハルの姿を見たリルは思わず立ち上がる。
「ハル!かっこいい!」
ハルは片手を額と目に当て、顔を撫でる様にその手を下げて、手のひらで口を押さえた。もう一方の手は肘を支える。目は細まっていた。
「すっごい似合ってる!」
リルはそう言いながら、トトトとハルに歩み寄る。
「ハルはやっぱり、こう言う世界の人なんだね?」
リルは小さく何度も肯きながら、しみじみとそう言った。
そのままハルの回りをひと回りしようとするが、ハルも合わせてひと回りする。
「背中側も見せてよ」
2人で背後の取り合いになるが、ハルは口から手を離してリルに手を伸ばす。リルがハルの手に手を置くと、ハルはその手を持ち上げて、リルだけを回転させた。
「なに?ダンス?」
「全身かわいい」
ハルの声がいつもより甘く響く。
「そう?気に入った?」
「もちろん、リルは私のお気に入りだから」
「物みたいに言わないでよ?かわいいって、ドレスでしょ?」
「ドレスを着たリルもかわいいけど、ドレスがなくてもリルはかわいい」
「もう!」
リルはドレスを着てから、今日はお淑やかを目指してみようかと思っていたけれど、さすがに今のはハルを叩いてしまった。
「ハレンチ!」
「いや、そうではない。化粧もしているのか?」
「うん。少し、してもらったの」
「髪も綺麗に整えているのだな」
「うん。毛先を揃えてもらったんだ。ウイッグを勧められたけど、カトラリーに引っ掛けて料理の上に落としそうって断っちゃった」
「いいや。充分かわいい」
「もしかして、子供っぽい?」
「いいや、綺麗だよ」
「そう?ありがとう」
「ああ、今日はもうこのままリルを連れて帰りたい」
「なに言ってんの?」
「昼餐会なんてと思っていたけれど、リルの衣装を用意してくれた父に感謝だ」
「そうね。私もこんな素敵なドレスを着られて、お父さんに感謝しなくちゃ。あと、ハルもかっこいいし、見れて良かった」
「リルに喜んでもらえたなら光栄だ」
「ふふ。私も光栄」
笑い合っていると突然、ハルが眉を顰めた。
「ああ、だが、この事が分かっていれば、リルに合う装飾品を用意したのに」
「え?ネックレスとかって?」
「髪飾りでもブレスレットでも。あ!少し待っていて貰えるだろうか?」
「え?要らないよ?」
「母の形見があるのを思い出した」
「ううん、ダメだって」
「いいや、リルに似合う。このドレスとも合う物があった筈だ」
「だから、ダメだってば。私だと料理に落としたりしちゃうから」
「礼儀作法は気にしなくていいよ」
「それ以前でしょ?ダメだから。わざわざ失敗したくないから。それにこれからお父さんに会うんでしょ?お母さんの物を勝手に身に着けてたら、申し訳ないよ」
「リルならそんな事はないよ」
「私がイヤなの!」
「・・・そうか、分かった」
「ホント、分かってくれて良かった」
「申し訳ない。はしゃいでしまった様だ」
「ううん、大丈夫だから」
「あまりにもリルがかわいくて、気分が昂揚し過ぎた」
「だから、そう言うの要らないから」
そう言ってリルは睨んだが、それをハルは眩しそうに見詰めた。
「申し訳ございませんが」
2人の様子をずっと見ていた使用人は、口を挟むタイミングを計っていた。
「そろそろ会場に向かって頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、分かった」
ハルはそれまでのデレッとした様子を引っ込めて、真面目な表情を作る。そしてリルに腕を差し出した。
「リル。ここに手を掛けて」
「こう?」
「ああ。このまま2人並んで歩いて行くけれど、大丈夫かい?」
「うん」
「では、行こうか」
「ええ」
ハルに合わせて、リルも姿勢を正す。
ヒールが高いので、いつもよりハルの顔が近くに感じた。
「昼餐ならこちらだろう?」
ハルの言葉に使用人は首を振る。
「いいえ。こちらにご案内する様に言い付かっております。どうぞこちらへ」
眉を顰めるハルをリルは心配そうに見上げた。
「ハル?大丈夫?」
ハルは微笑みをリルに向ける。
「ああ、大丈夫だよ。いつもとは違う場所で食べる様だ」
「そうなの?」
「もしかしたら父も私と同じ様に、はしゃいでしまっているのかも知れないな」
「え?それ?私はお相手出来る?」
「大丈夫だよ。その時は私も一緒に呆れるから」
「それ、ダメだよ」
困った顔をするリルに、ハルは笑って見せた。
リルとハルの姿を見て、扉で待機していた使用人が室内に合図を送る。
「こちらでお待ち下さい」
扉の前で待たされる事になり、ハルが肩を落とす。
「父上、はしゃぎすぎです」
「え?大丈夫なの?」
「後で父からリルに謝らせるが、先ずは私から謝らせて欲しい。リル、申し訳ない」
「え?なにが起こるの?」
ハルの父、国王の声が扉越しに響く。
「さて!本日の主賓の準備が出来た様だ。本日はこの王都を救ってくれた英雄2人、冒険者のハルとリルを喚んでいる。余は今日は訳あって身分を隠さなければならない」
「リルに聞こえているではないか」
「お父さん、約束を守ろうとしてくれてるんだよ」
「今の余は王都を救った冒険者ハルの父親、ハルのお父さんだ」
「何を言っているのだ」
「お父さん、気に入ったんじゃない?」
「そして余の命を救ってくれた冒険者リル!とても可愛らしい少女だ!」
「あ」
「うん?どうした?」
「いえ、なにも」
「2人を皆に紹介出来る事は、余にとって喜びである!さあ皆!拍手で迎えてくれ!英雄!リルとハルだ!」
拍手が沸き起こり、扉が開かれる。
リルはハルが溜め息を吐いた様に思えて顔を見上げると、ハルもリルを見ていて、目が合うとハルは微笑んだ。
そしてハルが正面を見るのに合わせてリルも正面を向き、2人並んで入場した。
大広間に入った2人の姿が見え始めると、少しずつ拍手が減り始め、代わりに騒めきが広がる。
ハルを見て目を見開いていた国王は、ハッと気を取り直すが、なんと言って良いのか迷いながら口を開く。
「あ~、え~、リルにはウイッグを用意する様に命じておったが、どうやらハルに用意してしまったようであるな」
「いいえ!そいつは偽物よ!」
別の扉が開かれて、そこから入って来た派手な服装の女性がそう叫んだ。
その脇から姿を見せた派手な服装の男性が、ハルを指差す。
「聖女様の仰る通りです。ハテラズ殿下は亡くなったのだ。殿下の名を騙る犯罪者共を捕らえよ!」