選択
ダンジョンを進むにつれて、魔獣は強くなっていった。
「だがスタンピードとは違うようだな」
「そうね。これがこのダンジョンの通常なのかも」
魔獣達にはテリトリーがある様で、ハルが魔力で惹き付けないと集まり難い。魔獣は外に出て行こうとしているのではない様に思えた。
「そろそろ止めとく?」
「そうだな。リルは疲れたか?」
「そうでもないけど」
「ではもう少し進もう。出来るだけダンジョンの情報を持ち帰りたい」
「分かった」
そう言って進んだものの、2人は直ぐに中断を決める。
その理由は1つには、硬い魔獣が現れて、倒すのに時間が掛かり始めたからだ。
もう1つは、進むにつれて消費魔力が多くなっていた手鏡が、とうとう使えなくなった事にある。
「奥に進むにつれて、魔力が散らされるな」
「そうだよね。これ以上はまた改めて進む事にしようか?」
「ああ。スタンピードとはやはり違った様だ」
「まだ救助も残ってるしね」
「そうだな」
そう判断すると、2人は地上に引き返した。
素材を集めていた兵士達にも引き上げる様に告げて、2人は地上に出た。
「まだ大分残ってるみたいね?」
国王との会話を終えたハルにリルが尋ねる。
「ああ。順調ではあるが、しかし助けられる人が纏まっている所は、それ程ないそうだ。そうなると1人1人助けていく事になる」
「・・・そう」
「取り敢えずここは塞ぐが、それは兵士達に任せて良いとの事で、私達はこの隣で救助をしよう」
「隣?」
「ああ。どうやらここに建っていた建物が倒れて、隣の建物を押し潰したらしい。纏まっている場所だから、私達に任せるそうだ」
「分かった。行こう」
「ああ」
自分で走ろうとするリルをまた抱き上げて、ハルは隣の建物の場所に向かった。
瓦礫が積み上がり、怪我の状態の優先度の順番では、とても助けて出せそうにない。
「ハル。瓦礫を砂にして退けよう」
「それでは埋まって息が出来なくなる」
「こんな感じ」
リルは端から瓦礫を動かしながら砂にして、傍に砂山を築いていく。
「砂が崩れるので、最後は固めよう」
「こう?」
「ああ。これは私がするから、リルは探知と治療を頼む」
「分かった」
ハルは瓦礫が崩れない様に注意して動かしながら、脇に積み上げて固めていく。
リルの誘導で埋もれている人を見付けると運び出し、治療はリルに任せた。
リルは、怪我人の魔力を使って治す自癒魔法と、リルの魔力で治す治療魔法を使い分けて魔力を節約しながら、ポーションでも回復しつつ、治療を続ける。
ハルが運んで来ても、致命傷ではなければ治療は後回しにするし、怪我が軽い方が唸ったり文句を言ったりうるさいので、リルの周りは徐々に喧しくなっていった。
しかし治療に専念しているリルには、その声が耳に入らない。
自分は助けて貰えるのか?いつ治療して貰えるんだ?そもそも助ける気があるのか?なにチンタラやってるんだ?
治療に集中してなんの反応も示さないリルに、非難の声が上がり始める。
我慢できなくなったハルが、怪我人達に怒鳴った。
「いい加減にしないか!治療を急ぐ者を優先している!命に危険のある者からだ!苦痛は耐えてくれ!」
その優先順位に納得がいかない者が文句を言っている。それなのでハルの言葉に口を噤んでも、心の中では後回しにされる事に怒りを溜めていた。
そもそも何故、こんな目に遭わなければならないのだ?
今回の不条理な事故そのものに対する怒りも、やがてリルに向いていった。
運び出す度に、苦痛を訴える者が新たに現れ、非難を始める者は後を絶たない。
ハルは途中で国王に救援を頼んだ。すると兵士達が派遣され、治療魔法は使えないが通常の医療手当を行っていく。
そして兵士が誰を治療するかの指示も、リルが行わなければならなくなった。それがまた、怪我人達の不満を煽る。
ハルは早くリルを助けたかった。そしてその為に埋もれている人を掘り出す速度を上げれば、リルが看なければいけない怪我人を増やす事になった。
掘り出す速度を落とせば、リルは余裕を持って治療出来るだろう。しかしそれでは治療が間に合わずに、命を落とす怪我人が増えるだけだ。
ハルは怒りを感じた。
何が起きたのかは分からないが、何らかの原因で今回の事故は起こった筈だ。
その正体の分からないものに対して、そしてリルへの非難を止めない怪我人に対して、手際の悪い兵士に対して、要請しても救助に来ないと言う神官に対して、なによりリルを助けられていない自分に対して、ハルは怒っていた。
不安と不平と不満が憎悪にまで膨らむ中で、リルはただ淡々と1つ1つを判断し、1つ1つを解決していった。
そしてついにハルが最後の1人を掘り出した。
それからは早かった。
リルはハルの魔力を使って、治療魔法を何重にも掛けて、重傷者を一瞬で治したし、中傷者は複数人同時に治した。
文句を言っていた者達は瞬く間にリルに治療されると、出来るなら最初からやれ、とリルを睨んだ。
リルとハルが国王からの情報を元に次の場所に移動する時には、兵士に治療が任された軽傷者達は、全員を治さないうちにどこに行くんだ、とハルに抱かれて立ち去るリルの姿をやはり睨んだ。
そしてこれは、瓦礫から遺体で見付かったり、手遅れでリルが見捨てたりした者の遺族にも、憎しみが繋がる事になる。