倒壊
リルが布団から顔を出すと、まだ壁や床を通して3人の声がする。
牢の扉は鍵が掛かっていないが3人は通路にいて、牢の中には入って来てはいなかった。
リルはぐるりと周囲を探知した。何かおかしい。何か変だ。
王宮内に漂う変な感じの所為で、方角は良く分からないが、魔力が膨れ上がっている様な、いない様な?
リルは真空の壁を消して、3人に言葉を掛けた。
「みんな。なんか変だから、帰った方が良いよ?」
3人が口々に文句を言っている間にも、不穏な何かが広がる。
魔力が膨れ上がっているのは確かだと分かった。しかしそれ以外の何かがある気がする。
リルはハルと連絡が取りたかったけれど、3人が傍にいるので通信が出来ない。
「もう!帰れったら!」
鉄格子がキシキシと音を立てる。開け放たれていた扉がキーと閉じていく。
「危ない!みんなこっちへ!」
リルは土魔法で自分の牢の壁と床と天井を強化した。
上方のどこかでゴゴゴと振動が起こる。続いてダダダダと牢の床が揺れた。
「もっとこっちへ!」
リルは潜り込んだベッドの下から3人に声を掛ける。
辺りが暗くなった。他の牢や通路の天井が崩れ、3人が放り出した灯りが潰れた。遠く出入り口付近の僅かな明るさも失われている。
暗闇の中、床や壁の揺れが、音や周波数や方向を変えながら、何度も何度も繰り返された。
取り敢えず自分の牢は大丈夫そうだと思ったリルは、光魔法で明かりを採り、3人に声を掛ける。
「ケガは?!」
口々に返す言葉の中に、3人分の大丈夫を聞き取ったリルは、ベッドから這い出て鏡に魔力を通した。その瞬間にハルとの通信が繋がる。
「リル!」
「大丈夫?!」
「ああ!」
「私も!」
「良かった」
「何があったか分かる?」
「建物が崩れた。外が見えるが」
「あぶない!うしろ!」
ハルの後ろの建物が倒れ掛かって来るのが見えて、リルは思わず叫んだ。
鏡の中の映像が天地を失い、空を地を瓦礫を怪我人を映し、映像が消えた。
「ハル!」
リルが何度も何度も鏡に魔力を込めて呼び出すと、再び通信が繋がる。
「え?・・・ハル?」
リルは一瞬、誰が映ったのか分からなかった。ハルはこの一瞬で何を被ったのか、酷く汚れていた。
「ああ、大丈夫か?」
「ああ!良かった!うん!ハルは?!」
「リルが教えてくれたから助かった」
「良かった。でも救助しなくちゃよね?」
「ああ。どれくらい下敷きになっているのか分からないが」
「どこにいるの?」
「王宮の西のって言っても分かるか?」
「分かんない」
「牢は何箇所かあって、リルの牢の場所が分からないのだ。外に出られるか?」
「それは大丈夫」
「合流するならリルが外に出て周囲を映して、私がそこに迎えにいくしかない」
「分かった。救出も治療も、ハルと合流してからにする」
「魔力は?」
「私は満タン。じゃあ外に出たら連絡するから」
「分かった。リル!」
「なに?!」
「大好きだ!」
「もう!」
リルは通信を切って、3人を振り向く。
「ここ、地下よね?地上まで穴開けるから、後は自分達で何とかして」
リルは3人の答えを待たずに手枷を壊すと、シーツと毛布を重ねた上にポーションと水と食料を置いて包んだ。アンクレットを外して紐を繋ぎ、輪の中に鏡を作って紐を首に掛けた。
土魔法で壁から斜め上に穴を掘りながら、穴の壁を固めつつ上る。
地上に出て直ぐに、元はアンクレットだった鏡を片手に持ってハルを呼び出す。
「リル!周りを!」
「うん!」
リルは周囲の景色を鏡に映して行きながら、その惨状に眉根を寄せて眉尻と口角を下げた。
探知魔法を使うまでもなく、あちらこちらに人が埋まっているのが分かる。
「リル!」
「うん!」
「もう少し右を見て!」
「え?こっち?」
「そう!その先に私がいるから!進めそうなら進んでくれ!」
「分かった!」
「回り道する時は教えるから教えて!」
「分かった!」
リルは片手には鏡を持ったままポーションなどを包んだシーツを胸に抱いて、ハルの指示した方向を目指した。気持ちは焦るが足下が瓦礫だらけで走れない。
探知魔法で確認しながらリルは歩いた。
今すぐ助ければ助かる人が埋まっている。
しかしリルはハルと合流する事を優先した。
「お父さん、お母さん、ごめんなさい」
両親の教えに従うなら助けるべき人々がいる。しかしそれを見捨て、リルは進んだ。
今にも死にそうな人の上を通り過ぎようとして、リルはその人を掘り出す為に思わず土魔法を使った。
自分でも驚いたが、埋まっているのがハルに思える。リルの本能がハルを示している。
そんな訳ない。いや、でも。
さっき通信してからそんなに時間が経っていない。この辺りが崩れたりしてなかった筈だ。
でも、でも、でも。
掘り出して姿が見えた人物は、砂埃だらけだけど高級そうな服装をしていた。顔も体もハルではなかった。
「え?」
リルは治療魔法を掛けた。
「ハルのお父さん?」
閉じられている目の色も、砂埃に塗れている髪の色も良く分からないが、その男性から感じる魔力波の半分がハルと同じだ。
リルの常識だと男性はハルの父親か息子、ごく稀なケースで兄弟である事を魔力波が示していた。
両親の教えからしたら優先度的に見捨てる状況だったけれど、リルはその男性の治療に全力を注いだ。