衝突【傍話】
玉座には国王の姿はなく、王妃と王太子が座る傍に宰相が立っていた。
その前で、娘と神官を伴ったオフリーの領主は顔を蹙める。
「私は国王陛下に謁見を申し込んだのだが、何故いらっしゃらないのだ?」
それは王妃や王太子の前では不遜に当たる言葉遣いだった。
「謁見ではなく、この場には国がそなた達を召喚したのだ」
宰相の言葉にオフリー領主は「ふざけた事を」と返した。
「我等は新しい聖女の誕生を国王陛下に報告に来たのだ。前聖女の出る幕ではない」
「ふざけてるのはどっちなの?」
「そうですな。偽聖女がよくも聖女様の前に現れる事が出来るものだ」
「恥知らずってレベルじゃないわよね?」
「そうですな。命知らずではあるようですが」
「何を言っておる。我が娘マーラは神に認められた正しき聖女だ。そして由緒正しきオフリーの領主家の血を引くのだ。そちらの出自も定かではない前聖女とは血筋からして違う」
「聖女様は我が家の出だ」
「所詮は金で買った養女ではないか」
「なんだと?」
「私は生まれついた時から聖女となる定めだったのよ?本当の親が誰かではなく、私だから神が聖女に選んだの」
「何を言う。候補者や神官を次々と排除しておいて」
「神罰の事なら、それが神の意志だからよ!」
場の空気が震えた。
オフリーの領主の娘が、領主と神官の前に立つ。
「お前!聖女様の御前で魔法を使ったな!」
「邪な力を感じましたので、防ぎました。王妃様も元聖女でしたら、お気付きだったのではありせんか?」
「邪って何よ!」
「あら?わたくしは別に王妃様を邪などとは」
「ふざけないで!」
「聖女様に対して不敬であるぞ!」
「何が不敬だ。既に聖女ではない女など、王妃の資格もないではないか。だから国王陛下も同席していないのだろう?」
「なんですって?」
「お前達!聖女様に向かって!」
「待って。この者達に神罰を与えるわ」
「あら?種明かしをしてしまいましたね?王妃様は詰まり、何らかの魔法で敵対者を害していたのですね?」
「そんな事を口に出来るのも、ここまでよ!」
また場の空気が震える。
「わたくしは聖女の修練をきちんと修めました。ですのでこの様な邪な魔法、効きませんので」
「そんな事を言ってられるのはここまでだと言ったでしょ?神に与えられた才能の違いを味わわせてやる!」
「それも杖のお陰ではありませんか?敵対者に使い過ぎて、年々杖の威力が落ちているのは知っておりますので」
「杖の力か私の力か、それさえ分からない愚か者め!」
「ご自分の事も分からぬ愚か者なのはどなたでしょう?」
場の空気の震えは徐々に大きくなり、建物からピシピシと音が出始める。
「母上!もうお止め下さい!君も止めるのだ!」
「王太子!邪魔です!下がっていなさい!」
「王太子殿下、お下がり下さい。危のうございます」
「おい、そこの神官!」
「は、はい!」
「オフリーの、なんといったか、そちらの聖女は」
「わたくしの名はマーラでございます、王太子殿下」
「マーラか!マーラは神殿が聖女と認めたのだな?!」
「はい、王太子殿下。神託に基づき、マーラ様は修練を修め」
「いや!細かい説明を聞いている場合ではないだろう!マーラも聖女なのだな?!」
「はい!」
「もちろんでございます、王太子殿下」
「分かった!それなら母上!聖女と認めてやれば良いではありませんか?!」
「何を世迷い言を!」
「いいえ母上。母上は聖女と言っても歳を取らない訳ではありませんよね?」
「なんと言う事を言うのです!」
「その通りです!王太子殿下!」
「宰相!なんですって?!」
「あ!いえいえ違います!聖女様の仰る通りですぞ!王太子殿下!聖女様はいつまでも若く!美しくいらっしゃるではありませんか!」
「そうではなく!」
「そうではなく?!」
「いつかは母上もいなくなるのです。その時にマーラを王族に迎えておくべきではありませんか?」
「王太子・・・何を言っているの?」
「私がマーラを娶れば良いのですよ」
「何を言っているの!」
「ふざけては困ります!王太子殿下!聖女様はただお一人です!」
「そうですぞ!王太子殿下!聖女である娘を王家を出て行かれるあなたになど嫁がせる訳がないでしょう!」
「私は国王陛下の息子だ。王家を出て行く訳はないだろう?」
「王太子殿下?!あなたには婚約者がいるのをお忘れか?!」
「覚えているが、宰相。ミリンは兄上の婚約者だったではないか」
「だから何ですか!今は王太子殿下の婚約者ではありませんか?」
「だがな宰相。聖女と宰相の娘。王太子である私と婚姻を結ぶのは、どちらが相応しい?」
「しかしミリンは王太子殿下を慕っております!」
「それはそうだが」
「王太子殿下もミリンを可愛がっておいでではありませんか!」
「それは小さい頃から一緒に育ったから、妹の様に思ってはいる。兄上が亡くなって嫁ぎ先がなくなり、可哀想に思えたから婚約したが、王族たる者、私情で結婚は出来ないだろう?」
「ですから!その女は聖女などではありません!」
「そうですよ!偽聖女なのですから!」
「ですが今も母上と互角に渡り合っているではありませんか?」
「母の本気はこんな物ではありません!」
「わたくしもですけれど?」
建物がミシミシと音を立てだし、掃除の手が届かない上の方からは埃が落ち始める。
ピシッと音がして、床にヒビが入った。
「とにかく!二人とも危険だ!母上!君も!二人とも止めるんだ!」
「止めませんとも!その女が手を引くまで止めるもんですか!」
「かなり無理をなさっているのではありませんか?王太子殿下もご心配なさっていますし、止めて頂いて構いませんよ?」
「生意気な!息の根を止めてやる!」
「母上!私の妻となる女性に止めてください!」
「申し訳ありませんが、お姑が王妃様になってしまう王太子殿下の妻になる気はございません」
「しかし王族となるには、私と結婚せねばならんのだぞ?」
「許しませんよ!」
「それはこちらのセリフだ!王太子殿下!許さんぞ!」
「王妃様が聖女でなくなれば、国王陛下とも離縁なさいますので、わたくしは国王陛下に嫁がせて頂きます」
「何を言ってる!マーラ!幾つ違うと思ってるのだ!」
「お父様とお母様よりは年齢差はございません」
「そう言う事ではない!」
「何故父上なんだ?それなら私で良いではないか」
「ですからお姑が」
「父と母が離縁すれば母は姑ではない」
「なんて事を言うの!」
「そうです!王太子殿下!ミリンはどうなるのです!」
「そんなに私とも結婚させたいなら、ミリンは側妃にしてやる」
「なんですと!」
「婚約前から側妃が決まっているような方とはわたくし、やはり結婚は無理です」
「当然だ!娘との結婚など許さん!」
「取り敢えず話は落ち着いてからだ!母上もマーラも!攻撃を止めろ!」
王太子が2人の中央に割って入って立って、攻撃を止めさせようとする。
王妃もオフリー領主の娘も、咄嗟に魔法の向きを変えた。
そして2人の魔法が柱や壁に当たり、床にも大きな亀裂が出来た。2人とも慌てて魔法を消したが、周囲に与えていた魔法での圧力が突然消失し、王太子を中心に物を引き寄せる負の圧力が生まれる。
その場の皆は割れた床に引き込まれながら悲鳴を上げたが、その悲鳴も吸い込まれてしまい、外には届かなかった。