うるさい
3人の人影を探知した時、リルは嫌な予感がした。
兵士とは違うシルエットの3人は牢屋の鍵を開け、リルの牢の方に歩いてくる。
「うわ!ホントに捕まってやんの」
「私の情報は確かでしょう?」
「まさか、牢屋にいるとは。見付からん筈だ」
3人の声を聞くまでもなく、灯りを持った3人の姿を見るまでさえなく、『輝きの光』のリーダーと、マゴコロ商会のスルリと、オフリーの商店の店主だと気付いて、リルはゲンナリしていた。
「みんな、何しに来たの?」
「犯罪者になったオロカモノを見に来たんだ」
「今日の分の魔草と魔石です」
店主が牢の扉の鍵を開け、スルリが箱を置いた。その箱をスルリは鉤付き棒でリルの方に押し遣る。そしてリルの傍の空箱を引き寄せた。
「ポーション、出来てないじゃないですか?」
「何やってんだ。相変わらずノロマだな」
これまで情報とポーションを交換していた男は、自分の身元を明かさなかった。しかしスルリが魔草の納入とポーション引き取りを主導した事で、箱の男がどこの商会の人間か明らかになる。
リルは、だからスルリと似た雰囲気だったのか、と納得した。
「いつもの人に聞いてないの?」
「何をです?」
聞いていなそうなので、リルは更にゲンナリする。
「ポーションは情報の対価に渡してるのよ。私の役に立つ情報を提供出来たらポーションを渡すわ」
「そんな話がありますか」
「ふざけた事を言ってないでさっさと渡せ」
「ポーションなんかどうだって良いじゃないか」
「オマエは黙ってろ」
「良い訳がないでしょう?」
「怪我しなきゃポーションなんていらねえだろ?」
「売るに決まってんだろ?何の為にこんなとこまで来たと思ってんだ?」
「なんの為って、リルをまたパーティに入れてやる為に決まってんだろ?そっちこそなに言ってんだ?黙ってろよ」
3人が揉め始めるので、リルは心底ゲンナリする。
「情報がないなら帰ってよ」
「はあ?なんだその態度は?」
「牢の中で手が出せないと思って、随分と強気ですね?」
「んなことは良いから、リル。またパーティに加えてやるから、ありがたく思え」
「入る訳ないでしょ?私は『輝きの光』を追い出されたのよ?」
「なに言ってんだ。追い出したのはスルリだろう?」
「え?どう言う意味?」
「リルを追い出したのはマゴコロ商会だって事だ」
「呆れた」
「なにがだよ?」
「どっちにしても、『輝きの光』になんて戻んないから、帰って」
「それなら仕方ない。2人で新しいパーティを組んでやる」
「うん?組む訳ないでしょ?人の事、裏切っておいて」
「裏切られてんのはおまえだろが?」
「え?・・・なに?裏切るより、裏切られる方が悪いって言いたいの?」
「なんだそれは?そうじゃなくて、おまえ、あの無愛想な男に裏切られて、牢屋に入れられたんだろ?」
「・・・なんですって?」
「いい気味だって言ったんだ。俺らを裏切ったから、自分も裏切られたんだ」
「話になんないから、この人連れて、さっさと帰ってよ」
「私の話はまだ終わってませんよ?」
「俺の話はまだ始まってもない」
「俺だって」
「オマエはもう終わりだ。リルに断られたじゃないか?」
「そうですよ。邪魔だから先に終わらせてあげたんですから、もう黙ってて下さい」
「そうだ。次は俺だ」
「いや、なんの話があるって言うんですか?言っときますけど低級ポーションはマゴコロ商会の物ですからね?」
「ふざけんな。誰がポーションの作り方を教えたと思ってんだ?」
「アナタが作っても低級どころか、下級ポーションも出来なかったじゃないですか?」
「作り方は合ってんだ。だからリルは低級ポーションが作れるんだろうが」
「どっちにしても、ポーションはあげないわ。情報の対価だって言ったでしょ?」
「俺は情報を渡したろが!」
「え?リーダーはポーション、いらないんじゃなかったの?」
「オマエの番は終わったって言ってんだろ?」
「そうですよ。もう口を出さないで下さい。私とリルの話なんですから」
「ただで貰えるんなら貰ってく」
「どっちにしろ、情報なんて口にしてないじゃない」
「バカなヤツだな。リルがあの無愛想な男にだまされてるってのは、かくしんてきな情報じゃないか?かわいそうなヤツだ」
リルはムッとしたが、ここで言い返すとハルが穢れる様な気がして、小さく溜め息を吐くだけで我慢した。
「とにかく、情報がないなら渡さないから、3人とも帰って」
「俺は情報なら渡したろう?ポーションの作り方なんて、まさに重要じゃないか」
「今の話をしてるのよ」
リルはそんなの知ってたと言いそうになったけれど、それを言っても終わらないとは思っている。言ってやりたいのに言ったら面倒臭いのが分かっていて、言うのを我慢して奥歯を噛み締めた。
「今の話なら魔草を持って来たのですから、これの対価を要求します」
「なら持って帰って良いわよ」
「ふざけないで下さい。重たい思いをして危険を冒して持って来たのですよ?ただで持って帰れますか」
「じゃあ置いてけば」
「ふざけないで下さい。アナタはただ、出来たポーションを全て寄越せば良いのです」
「なんでよ。ふざけてるのはそっちでしょ?」
「ポーションを持ってても、牢屋に閉じ込められてるのですから、どうせ使い途はないでしょう?」
「そうだ。ポーションあるんだろ?さっさと出せ!」
「うるさいですよ!アナタには渡しません」
「ポーションが作りたいなら、パーティに戻って作ればいいじゃないか?なあ?」
「ふざけんな。俺の店で作れば良いんだよ」
「冗談は止めて下さい。私に渡せば良いんですから」
リルはポーション瓶を3本取り出した。
「あっ!ポーション!」
「そのポーションを寄越せ!」
「店主にやるくらいなら俺に寄越せ!リーダー命令だ!」
「私に渡しなさい」
リルはそのポーション瓶を高々と掲げると、思い切り床に叩き付けた。
瓶が砕ける音が消えると、牢屋の中が静かになる。
「さあ、ポーションはなくなったから、とっとと帰って!」
言葉をなくしていた3人は、しばらくしてからまた騒ぎ出した。
「ふざけんなオマエ!」
「1本いくらで売れると思っているんですか?!」
「捨てんなら俺にくれりゃ良いだろ!」
帰るかと思ったら帰らないので、リルはベッドに入って布団を被った。
それでも3人の声がうるさいので、風魔法で3人との間に真空状態を作り、音を遮断する。
うるさくなくなったかと思って顔を出すと、壁が振動を伝えてまだ3人の声がするので、リルはもう一度また布団を被った。