情報交換
ハルは手鏡に「吉報だ」と書いた。
「オフリーの聖女が王都に来る」
リルは「え?」と声を漏らした。
聖女の文字にリルの眉根が寄るが、手鏡越しなのでハルは気付かない。
「それのどこが吉報なの?」
リルの言葉のトゲも、手鏡を使って指の動きでの会話なので、ハルには刺さらなかった。
「王妃達が君に罪を押し付けようとしているが、その矛先がオフリーの聖女に向き始めた。オフリーのスタンピードと王都に魔獣が入り込んだ事を関連付けようとしているらしい」
「関連付けるとどうなるの?」
「オフリーの聖女はスタンピードを抑え込んだ功績を以て、神殿が聖女と認定したそうだ。しかし王妃達は、オフリーの聖女達が功績を作る為にわざとスタンピードを発生させた事にする積もりの様だ」
「わざとなんて出来るの?」
「分からないが、オフリーの聖女はオフリーの領主の娘だそうだから、領主ぐるみなら神殿だけよりも色々と出来る筈だ」
「神殿も仲間なの?」
「実際はどうであれ、王妃達はそう扱うだろうな。聖女認定したのは神殿だから、一纏めにしてスタンピードの責任を取らせるのだろう」
「でも、王妃様も聖女なんでしょ?」
「ああ」
「神殿の聖女なのよね?」
「王妃は神殿と仲が悪い」
「そんな事あるの?」
「王妃の聖女認定を反対した神官達が、病気になったり急死したりしたらしい。それを王妃の仕業だと思っている神官は、今でも多いと言う」
「そんな事しても聖女になれるの?」
「王妃を聖女にする為に、当時力のあった神官と貴族が手を組んで、他の聖女候補もやはり体調を崩したり急死したりして、無事な候補者も聖女になる事を辞退したのだ」
「その神官はオフリーの人が聖女になるのを邪魔しなかったの?」
「王妃が国王と結婚してから、神官と王妃の仲が急に悪くなったそうだが、その神官も急死している」
「それも王妃様が?」
「いいや。誰からもなんの証拠も出なかった。原因不明のまま死亡したり、急病に罹ったりしたのだ」
「うわ~」
「最近また、王妃の機嫌を損ねた者が、体調を崩したりし始めているらしい。王妃や宰相はそれを神罰だと言っているそうだ」
「ハルは大丈夫?」
「私よりリルだ。不調が出たら直ぐに言ってくれ」
「治せるの?」
「いや。リルを連れて逃げる」
リルは「ふふっ」と笑いを漏らす。
「分かった。ハルの足ならきっと、神罰って言うのも追い付けないもんね」
「そうだな。任せてくれ。逃げ切ってみせる」
「うん」
「取り敢えず、王妃達の注意がオフリーの聖女に向くので、リルはしばらくは安心できる筈だが、くれぐれも油断はしないで欲しい」
「うん。気を付けるね」
「ああ」
ハルは鏡の中のリルの頭に触れるが、リルから見るとハルが鏡を触っている様にしか見えない。ハルの指紋が大きく映る。
ハルが文字の続きを書かなそうなので、リルは自分の得た情報を書き始めた。
「そのオフリーだけど、スタンピードがあった話が、王都の人達の間にも広がり始めたらしい」
「そうなのか?」
「うん。情報とポーションを交換する商人が、土地の売買で儲けるって言ってたでしょ?」
「ああ」
「スタンピードの話の所為で王都の人達が不安がって、今ひとつお祭りの様には盛り上がらないってグチってた」
「まあ、そんなには上手くいかないだろうな」
「ね?それで、オフリーからも人が王都に到着してるらしいけど、途中には魔獣がいなかったらしいわ」
「そうか。それは良かった」
「ただやっぱり、あちこちで食料が不足してるみたい」
「そうなのか?」
「うん。私達が第1城壁で倒した魔獣、肉は兵隊さんが片付けてたでしょ?」
「ああ」
「あれが結構高値で、横流しされてるって」
「本当か?」
「商人はホントだって言ってたけど、でもホントに横流しなんてするのかな?」
「王妃達が資金源にしていると言うのならあり得るな」
「そうなのね」
「ああ」
「でも、なんでもかんでも悪い事は王妃様の所為ってなってない?」
ハルは少し躊躇ってから「そうだな」と書いた。
「もし他に悪い人がいたら、気付かずに見逃すかもよ?」
「なるほど、そうだな」
「あと、魔石は出てないらしいよ?」
「魔石?」
「うん。魔石の回収も兵隊さん達に頼んだじゃない?」
「ああ」
「魔石も品薄らしいけど、誰か買い占めてるんじゃないかって話だった」
「そうか」
「魔石なんて何に使うのかって思ってたけど、魔力が取り出せるんだね」
「魔導具に使うだろう?」
「これとか?」
リルは手枷をハルに見せた。
「ああ。それも何とかしたいが」
「外せるけど、外したら拙いでしょ?」
「外しても問題なくしたいのだ。でもリルは自分で外せるのか?」
「力尽くでも壊せそうだけど、魔石が使われてるなら、それだけ壊せばいいよね?」
「ああ、多分それで外れる筈だ」
「それなら大丈夫」
「だが、手首が赤くなってしまっているじゃないか」
「大丈夫よ?直ぐに治せるし」
「しかし痛いだろう?」
「もう。大丈夫だってば」
リルは鏡の中のハルの頬に触れた。
「心配しないで。私は大丈夫だし、良く食べてるし、よく寝てるし、ポーションを作りながら魔力も貯めてるから、大丈夫」
「ああ」
「私達はパートナーなんだから、自分の状態を正確に伝えないと、2人とも危険でしょ?」
「その通りだな」
「その通りだと分かってるなら、そんな顔しないの」
眉根を寄せて怒った表情を見せるリルに、ハルは微笑みを返した。
「確かにそうだ。リルの言う通りだな」
「でしょ?」
「ああ。今すぐリルを抱き締めたい」
「え?突然なに書いてるの?」
「好きだよ、リル。大好きだ」
「好きってハレンチな意味で書いてるの?」
「それも含むが、全身でリルを感じたい」
「ハレンチ!」
「それだけではないよ。リルに触れられないこの状況、どうやって終わらせるか」
「やっぱりハレンチじゃない?でも、オフリーの聖女が来るまでは、このままの方が良いんじゃない?」
「まだ、私との未来は決めきれない?」
「未来って言われても」
「私の世界に入ってくれるか、2人で冒険者夫婦として生きて行くか。もちろん他にやりたい事があれば、それでも良い。私と一緒にいてくれるならね?」
「それは、でも、もうちょっと考えさせて」
「ああ、分かった。けれどそれが決まらなくてもここを出て行って良いのだから、出て行く決心が付いたならいつでも言って欲しい」
「出て行く前に、ハルはお父さんに会って欲しいんだけど?」
「今の状況からでは難しいが」
「まあそうよね。部屋から出られないんだし」
「ああ」
「それも多分、私の気持ちが決まれば、何か方法があるんだろうけど、ごめんね?」
「いいや。私は納得をしているし、私には父よりリルだから」
リルは「あ、うん」と呟いた。
「リル、好きだよ」
「書くと思った!さっきも書いたじゃない!」
「何度でも書くよ。大好きだよ、リル」
「もう!」
真面目に考えているのに、なんだかハルに誤魔化されている気がして、リルは本当に少し腹を立てていた。