噂で儲ける?
ハルから連絡を受けて待っていたリルの元に、兵士達がやって来た。
牢の扉を開けて中に入って来て剣でリルを牽制しながら、片端が壁に固定されている鎖にリルの手枷を繋げた。
そして兵士達は帰って行く。
「・・・あれ?」
大分立って、また兵士達がリルの牢に来る。さっきとは違う兵士だが、今度はベッドを運んで来た。
ベッドは鉄格子の扉から入れられるサイズではない。どうするのかとリルが見ていると扉ではなく、鉄格子自体を開けてベッドを置いて行った。
「だから私を壁に繋いだのね?でも、外して行かないの?」
鎖に繋がったままでもベッドは使えるが、扉には行けない長さだ。それに重いから、手を上げているのが辛い。ただ立っているのでも疲れる。
「運動不足の解消には良いのかも知れないけど、邪魔」
またしばらくすると、ポーション作成を依頼していた男が箱を持って来た。鍵を持っていた男は一緒ではなく、箱男1人だ。
箱男が自分で鍵を開けて、牢の中に入って来た。
「これが今回の分だ」
そう言うと箱男は箱を卸して牢の外に出て鍵を掛ける。そして箱を鉤の付いた棒で押して、リルの方に動かした。
「もしかしてこの鎖、あなたの所為なの?」
「これなら1人で来れるだろう?」
今回は箱男の口調が最初から崩れている。
「重くて不便だから外してよ」
「そうはいかない」
「ポーション、要らないの?」
「情報は要らないのか?今日のは聞いておいた方が良いぞ?」
「何よ」
「誰があんたを魔獣を運び込んだ犯人にしようとしてるのか」
「分かった。買うわ」
リルはポーションを1本見せる。
「そっちの空き箱に入れてくれ」
「ええ」
魔草とかを使って空になっていた箱に、リルはポーションを1本入れた。
「王家の人間らしい」
「え?なんで?」
「王城に魔獣が入り込むなんて大失態だろう?」
「そうかもね」
「そうかもって」
「それで?」
「それなので、早急に犯人を捕まえたいじゃないか」
「それは前に言ってたじゃない?」
「ああ。そしてその失態が、王妃様の能力にも原因があるんじゃないかって噂が出てる」
「王妃様の?なんで?」
「なんでって、王妃様は聖女様だろう?魔獣が近寄れないんだか、近寄らせないんだかする筈じゃないか」
「へー」
「へーって、知らないのか?」
「その聖女様の能力が落ちて、魔獣が出たって事?」
「そうだよ」
「それがなんで私に関係するの?」
「だから、その噂を打ち消す為に、あんたを犯人に仕立てて処刑するんじゃないか」
「処刑?!」
「そうだよ。犯人は死んだからもう安心だって事にしたいんだろう?」
「原因、調べないで?」
「それより、非難を躱すのが先なんだろう」
「原因が分かんないのに、私の所為にするの?」
「原因が分かんないから、それらしい結論が必要なんじゃないか」
「また起こるかも知れないのに?」
「いやいや、今までこんな事はなかったから。王都が出来て初めて魔獣が入り込んだんだ。また起きたりしないだろう?」
「でも王都って元はダンジョン都市なんでしょ?」
「え?本当か?」
「知らないの?」
「聞いた事ないぞ?」
リルは失敗したと思った。箱男に情報を与えてしまった事になる。リルはハルから聞いたから、王都に住む人間に取っては常識かと思っていた。
「ホントかどうか知らないけど」
「それなら王家が急いであんたを犯人にしようとするのも分かるな。ダンジョンが復活したから魔獣が集まったなんてなれば、王都からみんな逃げ出すぞ」
「ホントかどうか分かんないからね?」
「いや、それで稼げる」
「はあ?どうやって」
「そんなの、教える訳がないだろう?」
「じゃあこれは返して貰うから」
「いや!待て!」
「なにが?待って欲しかったら言いなさいよ」
「・・・誰にも言うなよ?」
「犯罪なら通報するわよ」
「犯罪じゃない。真っ当な取引だ」
「そっちで儲かるなら、ポーションは要らないよね?」
「いや、待て!ポーションは売る約束があるんだ」
「他から仕入れれば?」
「いや、待てってば。言うよ。言いますよ。でもお前、王都に土地なんか持ってないよな?」
「え?なんで?」
「いや。こいつ1人くらいなら良いか」
「なんなの?ポーション割って欲しいの?」
「いや、言うから。だから、みんなが王都を離れると土地の値段が下がるから、先に売り抜けるんだ」
「・・・良く分かんないけど、損はしないけど稼げもしないんじゃない?」
「いや、土地が欲しいヤツに土地を手に入れる話をして、いくらで買うか契約しておく。それでみんなが逃げ出し始めると土地なんか投げ売りだ。それを安く買って、欲しがっていたヤツに契約の金額で売るのさ」
「詐欺じゃない」
「どこがだ?真っ当な取引じゃないか?訴えられてもこっちが勝つ」
「それ、みんなが逃げ出さなかったらどうするの?」
「いいや。いま王都民は魔獣が退治されて、表面は安堵している。そこでお祭りの雰囲気を作って、景気を盛り上げて、土地の値段を上げる。しかし王都民の心の中には不安の種が埋まっている。これまで見た事もなかった魔獣が王都に現れたからだ。それだから、土地の値段が上がったところで、王都のダンジョンが復活するとの噂が流れれば、逃げ出す人間が出て来る。そこをコントロールして騒ぎを大きくすれば、安く仕入れた土地を高く売り付けて利益を得られる」
「そんなに上手くいく?」
「もちろんだ。商会の力を使えば」
「商会?」
「あ、いや、何でもない。それより早くポーションを寄越せ。言っておくが、今の情報は高いぞ」
「まあ知らない事が知れたし、オマケして上げる」
そう言ってリルは箱にポーションを3本入れた。
「あと2本あるけど、他に情報は?」
「いや、これで帰る」
男は棒の先に付いた鉤で、ポーションの入った箱を引っ掛けて引き寄せた。そして牢の扉を開けて、箱を取り出す。
「また来るから、ポーションを作っておいてくれ」
男は足早に、牢から帰って行った。
その夜。
リルとハルは手に入れた情報を共有する。
そして2人とも今の場所に留まって、情報収集をする事にした。
「だが、危険を感じたら、直ぐに脱獄をするんだぞ?」
「脱獄を勧めるの?ハルのお父さんに影響しない?」
「影響はない。気にしないで逃げてくれ」
「ホントかな?」
「本当だ。そうなれば私も直ぐにここを抜け出して、リルの後を追うから」
「逆にハルも何かあったら逃げてよ?」
「分かった。リルが追い掛けてくれるなら、逃げよう」
「そりゃ追い掛けるけどさ」
「・・・手鏡があって良かった」
「そうね。逃げた後も連絡取り易いし」
「それもそうだが、こうしてリルの顔を見る事が出来るから、情報収集の為にこの場に留まる事が出来るのだ。そうでなければ今すぐ牢からリルを連れ出し、逃げている」
「逃げるなら、ハルの魔力が満タンになってから逃げようね?自分の満タン、分かる?」
「以前も結局、満タンにはならなかったではないか」
「だから、その満タンになるまで待つのよ。焦らないで」
「ああ。分かった。だがリルも気を付けて」
「うん、もちろん。ポーション、少しずつ隠して貯めておくから、期待しといて」
「ああ、分かった。リル?」
「なに?」
「好きだよ」
「もう!」
2人の中で、通信を終える手順が決まりつつあった。