牢への訪問者
探知魔法に反応があり、リルは目を開けた。しかし牢の中は暗いままだったので、目を開けていてもほとんど見えないから、また目を瞑る。
反応があったのは、少しだけ明るく見えた壁の方。やはりどうやらその方向に、牢屋への出入り口がある様だ。
2人。たぶん男。
微かにカチャリと音がする。金属の擦れて軋む音と打つかったカシャンと言う音。魔力の流れ。足音。
探知魔法の情報と音が揃う。
2人の人間がリルの入れられている牢の前に立った。1人は箱を抱えている。もう一人は灯りを持っていた。
「これ、生きているんですよね?」
「その筈だ」
「死んでたら大損害ですよ?」
「いや、俺は知らんぞ?」
「あなたも金を手にしたでしょう?」
「いや知らんて。言われてあんたを連れて来ただけなんだから」
「まあ良いですけど、大した怪我はしてないって話でしたから、寝てるんですかね?起こして下さい」
「え?どうやって?」
「いつも囚人を起こす時ってどうやってるんです?」
「いや知らんよ。俺はここに来たの初めてだし」
「まあ良いですけど、それなら私が起こしますから、牢を開けて下さい」
「いやダメだろう!牢を開けちゃ!そんなの責任取れんぞ!」
「何言ってるんですか?そしたらこれは、どうやって渡す積もりです?」
1人の男が手に持った箱を少し持ち上げてアピールする。
「牢の前に置いていけば良いじゃないか?」
「馬鹿言わないで下さいよ。ほら?手枷してるじゃないですか?鉄格子の外のものなんて、取れないでしょ?」
「いや、だけど」
「これをリルに渡さない事には、利益が出ないんですよ。分かるでしょう?」
名前を知られている事を知って、リルは警戒を強めた。
利益?差し入れって訳ではなさそう。
「私がお願いした方には、ちゃんと話が通ってますよ。大丈夫だから開けて下さい。開けないとあなた、大変な目に遭うかも知れませんよ?」
「脅すなよ」
「脅してなんていませんよ。あなたの将来を心配して上げてるんです」
「脅すなって」
脅されていた方の男が、鉄格子の扉部分に近付く。
リルはベッドを床に戻した。冷たいのはイヤなので、熱魔法で床を少し温める。良い感じ。
それからハッと気付く。男達を探知魔法で確認するが、リルが魔法を使った事には気付いていない様子。良かった。迂闊なのか魔力に鈍いのか分からないけど、良かった。それに迂闊なのは自分だと、リルは反省をした。
リルが反省をしている間、扉の傍の男はカチャンカチャンと音を立てている。鍵を変えながら錠を開けようとしていた。え?何個も鍵が掛かってたの?
「何やってるんですか?早くして下さいよ」
「うるさいな。どの鍵か分かんないんだよ」
「不器用なんですね」
「うるさい」
「世渡りは上手なのに」
「うるさい」
カチャリと音がした。
「ほら、開いたぞ」
「扉、開けて下さいよ。私は両手が塞がってるんですから」
「え?ちょっと待て。逃げられたらヤバいし」
「寝てるんですから逃げませんよ。ほら、早くして下さい」
キィと音を立てて扉が開くと、リルは素早く立ち上がって、牢の奥に逃げた。
どんな起こし方をされるのか分からないけれど、触れられたりしたらイヤだ。もちろん蹴って起こされるのもイヤだし、箱を落とされてもイヤだ。
「起きてたじゃないか!」
鍵を開けた男が鉄格子の扉を勢い良く閉める。
「だれ?!」
「え?誰って」
「名乗りはしませんが、あなたに危害を加えたりはしませんよ」
味方と言わないだけ信用して良いかと思いそうになって、リルはダメダメと心の中で自分を戒めた。リルの敵ではなくても、ハルの敵かも知れない。
箱を持った男が鍵を持った男を説得して鉄格子の扉をもう一度開かせて、牢に入って来た。
「私はあなたの味方です」
残念。リルに取っても敵の様だ。
箱を持って牢に入って来た男の後ろで、鍵を持った男が扉を閉めた。鍵を掛けるのは素早くて、開けるのにあれ程時間が掛かっていたのと同じ人物とは思えない。
箱の男が鍵の男を振り返った。
「何をしてるんです?」
「いや、だって、そいつに逃げられたら」
「念の為に言っておきますけれど、私がこの牢に入っているところを誰かに見られたらあなた、どうなるか分かりませんからね?」
「え?そんなの分かって、あ、いや、どうなるのかは分からないけど、見られたら拙いのは分かってる」
「私はちゃんと出して下さいよ?」
「もちろんだ」
箱男は向き直り、リルとの会話の続きを口する。
「私ならあなたを助けて上げる事が出来ます」
「味方なのに名乗れないのね」
「私の事があなたの口から漏れたら、あなたを助けられなくなりますからね」
口が回りそうなのは分かった。リルはマゴコロ商会のスルリを思い出す。スルリへの思いを男に打つけない様にしないといけないけれど、リルは同類だと思って警戒レベルを更に上げた。
「今日はこれをあなたに届けに来ました」
男は自分の足下に箱を置いた。
その箱には魔草や魔石などが入っている。
「あなたはオフリーで聖女と呼ばれていた、ヒーラーのリルですね?」
「違うけど」
リルは聖女と呼ばれた覚えはないし、聖女と聞いてハルの事を思い出して、不機嫌な声で答えた。
「隠さなくても良いんです。私は別に、あなたを偽聖女として糾弾しようとしてるんではありません」
男がリルに対して、リル本人かどうかより偽聖女かどうかを重要視している様に感じて、リルは小首を傾げた。告発されるも何も、リルには聖女と呼ばれた事も、もちろん聖女を名乗った事もないし、ハルの事を思い出すと、はっきり言って聖女を嫌いになりつつあった。
そこでリルは気付いた。もしかして聖女を名乗ったと思われて牢に入れられたの?迷惑なんですけど?
更にリルは思い付く。もしくは聖女を嫌ってると思われて牢に入れられたとか?そんなの自覚してなかったし、口に出した覚えもないけど?
リルがどう思っているかに関わらず、リルがアンチ聖女のレッテルを貼られたら、ハルに迷惑が掛かると思ってリルは体を硬くした。
聖女って王妃だと言ってたし、王様や貴族も関わると言う話だった。ハルが聖女にどんな関わりを持っているのかは分からないけど、ハルの実家は偉い筈だから、影響がない筈はないかも知れない。
もしかしたら目の前の箱男が聖女関係者なんて事もあるのかも知れない。
そう思ってリルは警戒レベルを最大まで上げた。