ポーション
背を向けて作業をしているリルに、男は我慢が出来なくなって話し掛けた。
「凄い臭いだが、何をやっているのだ?」
「あ、ゴメンね」
機嫌の悪かった筈のリルは、フラットな感じで男に謝った。
「今、換気するね」
そう言うとリルは風魔法を使い、土ドームの中に凄い勢いで風が吹く。
「うお!」
「ゴメン!ちょっと待って!」
風音に負けない様に大声でリルは男に告げて、風の威力の調整を試みる。
しばらくして、まだ勢いは強いけれど、呼吸や会話には支障がない程度には風が収まった。
「臭かったよね?ゴメンね」
「いや」
「私は慣れちゃってるから、臭いが強くなってる事に気付かなかったんだ」
「そうか。それで君は何をしていたんだ?」
「ポーションを作ってたの」
「なに?君はポーションも作れるのか?」
「一応ね」
「杖なしで?」
男は、リルの横に杖替わりの枝が置かれている事に気付いて、そう尋ねる。
「今はそうだけど、ちゃんとした杖があれば使うから。そっちの方が楽だし」
「その仮の杖ではダメなのか」
「魔力が漏れ過ぎて。魔力を回復させる為のポーションなのに、本末転倒でしょ?」
「凄いな。あ、いや、世辞ではないぞ?」
「ポーション作りは杖を使う前からやっていたからね。威力調整に神経を使うけど、最近も杖なしでやったし」
「それは、私に回復魔法を掛ける為に、君の魔力を回復するのだな?」
「そうね。魔力を回復するのにも、今はお腹が一杯でお肉はしばらくは食べられないけど、ポーションならまだなんとか入るから」
「それは、済まない」
「そう言うのは止めて。謝らなくて良いから」
「そうだったな。ありがとう」
「ええ。感謝の言葉だけなら受け取るわ」
そう言うと出来上がったポーションを口にして、リルは顔を蹙めた。
「どうしたのだ?大丈夫なのか?」
「大丈夫、大丈夫。回復速度優先にしたから、慣れててもちょっと不味いの」
「不味いのか。苦しくはないんだな?」
「ええ」
「そうか。良かった」
「不味いだけあって、効果はあるのよ。さあもう一度、回復魔法を掛けるわね」
「ああ。よろしく頼む」
「任せて」
そう言ってリルは、男の額と胸に手を当てて、回復魔法を撃った。
男から手を離すと、リルは深く息を吐く。
「やっぱりダメだ」
「どうした?大丈夫か?」
「大丈夫。失敗はしてないから」
「それで?君は大丈夫なのか?」
「え?ええ。私は大丈夫」
「そうか。それなら良かった」
「良くないのよ」
「なに?それは詰まり、私が悪いのか?」
「あ、いや、ある意味そうだけど、あなたの魔力容量が大き過ぎて、注いでも注いでも、全然回復しないの」
「魔力容量?」
「ええ。私が杖なしで使う回復魔法は、ホントは体力と魔力を同時に回復させるんだけど、効果が体力の回復に回らなくて、魔力にばっかり回っちゃう。けれどあなたの魔力容量が大き過ぎるから、魔力も全然回復しないの」
「いや、私は魔法が使えないのだが?」
「そう言ってたけど、生まれ付きこんな魔力容量を持ってるって事?」
「いや、魔力もない」
「え?何言ってんの?」
そう言うとリルはまた、男の額と胸に手を当てた。
「あるわよ?魔力」
「いや、そんな筈はない。私は生まれ付き、魔力がないのだ」
「そう言う人もいるって言うけど、え?でも、探知魔法で確認すると魔力はあるわよ?」
「それは、君が魔力を注いだからではないのか?」
「ちょっと待ってね。う~ん、そうね。確かに漏れてるけど、あなたの中からも産み出されてるみたいなんだけどね?」
「何?本当なのか?」
「流れ的に。漏れてる量の方が多いから、徐々に減って行ってる感じだけど」
「私の中で・・・魔力が作られている?」
「だけどこのままでは、結局魔力が枯渇するわよ?体力が魔力生成に使われてるから、魔力漏れを失くすか、魔力生成を止めないと、いつまで経っても治らない」
「治らない?」
「私が回復魔法を掛け続ける必要があるわ」
「いや、何故だ?」
「なぜって、だから、魔力漏れしてて」
「いや、それは分かった。しかし君に回復魔法を掛けて貰ったのは、今回私が魔獣にやられてからだな?」
「え?ええ。今まであなたに会った事はないし」
「私は生まれてからこれまで、回復魔法を掛けられた事はない」
「魔力を食事で補っていたとか?」
「それは・・・先程の肉とかか?」
「この漏れ具合だと、イガグリズリーのお肉では追い付いてないけど、そうね。もっと効果のあるお肉なら可能かも」
「そうなのか?」
「多分。もの凄く値段が高いでしょうけどね」
「なるほど」
男の納得顔に、リルはまた顔を蹙める。
「でも、そんなお肉が採れる魔獣、私には倒せないわよ?」
「そうなのか?」
「ええ。つまり今のままだと、私が回復魔法を掛け続けないと、あなたは魔力を枯渇して体力も底を突いて、それで、その」
「死んでしまう・・・そう言う事だな」
言い淀んだリルの回答は、男が替わりに口にした。リルは肯定の言葉を口にする替わりに否定をしなかった。
「あなたが冷静なので、良かったわ」
「他に方法はないのか?」
「私が思い付くのは3つ。1つはあなたが魔力操作を覚えて、魔力漏れを失くす事」
「なるほど。それは簡単なのか?」
「簡単なら、こんな説明をしてないで、教えてるわ」
「それもそうであろうな。2つ目は?」
「体力を魔力に変換する事を止める。そうすると魔力は枯渇して倦怠感が凄いと思うし、これも結局は魔力制御の一種だから、1つ目と同じくらい大変ね」
「そうだろうな」
「ちなみに私は、魔力を漏らさないのは出来るけど、魔力を作らない様にするのは苦手だわ」
「そうなのか」
「ええ。それで3つ目は、さっき私が飲んでいたポーションをあなたが飲む事」
「え?それだけで良いのか?」
「だけどあのポーション、とても不味くて、あれを飲むくらいなら死んだ方がましって言う人もいるわ」
「とても?少しだったのではないのか?」
「ええ、まあ、さっきはそう言ったけど。だから『それだけ』って言って良いかどうか」
「それに、根本的な解決策ではないから、君にポーションを作り続けて貰うしかないのだな?」
「そうね。作り方は教えられるけど、魔法が使えないと材料調達も難しいだろうし」
「結局私は人を頼るしかなく、頼れる誰かを見付けるまでは、君に頼るしかないと言う事か」
「そうなるよね。まあ、あなたがポーションを飲めたらだけどね?」
「そうか。試してみても良いか?」
「ええ。もう一度作るから、少し待って」
「申し訳ないが、頼む。それでそのポーションを飲むに当たって、さっきの臭いは嗅いで置いた方が良いのだろうか?それとも今のまま、臭いがしない様にして置いて貰った方が良いのだろうか?」
「臭いより味だから、どっちでも同じよ?」
「そうか。それならこのままにして貰えるだろうか?」
「ええ、分かったわ」
そう言うとリルは男に背を向けて、再びポーションを作り始める。
男は土ドームの天井を見上げ、大きく息を吐くと目を閉じた。