古馴染み
ハルをテーブルに着かせ、男は自らお茶の用意をする。
部屋にはハルと男の2人きりだった。
「まさかあなたに会うとは」
「それはこちらの言葉です。あの、なんとお呼びすればよろしいでしょう?」
「ハルと呼ぶ様に頼む」
「畏まりました。ハル様」
「ハルと呼び捨てて構わない。同席した彼女の前では、必ずそうして欲しい」
「そうですか。畏まりました。実はハルはもう、お戻りになられる事はないと思っておりました」
「そうか。私はどの様な扱いとなったのだろうか?」
「亡くなられた事になっていますが、ご存知ありませんでしたか?」
「ああ。街にはあまり寄る事なく、戻って来たのだ」
「ご自分の葬儀の事も?」
「そうか。耳にする事はなかったが、やはりそうか」
「イラス殿下が立太子なさいました」
「何?これ程早く?」
「はい。近く、婚約式が催されます」
「相手は宰相の?」
「はい。御長女です」
「そうか」
「国王陛下は、あなたの無事を信じていらっしゃいましたが、様々な事柄を王妃陛下と宰相が推し進めたのです」
「そうなのか」
「そして国王陛下は現在、軟禁されていらっしゃいます」
「何?陛下が?何故だ?」
「今後、今回の魔獣騒動の責任を追及されそうです。それなので、間違いが起こらない様にと監視が付けられています」
「何故?何故だ?あなたが付いていながら、何故その様な事態に?」
「わたくしは既に外されているのです。今日、この場にいるのも、職を移されたからなのです」
「そんな、あなたほどの人を何故?」
「国王陛下に重用頂いておりましたが、それを目に付けられたのでしょう。職務に相応しい能力がないのに、国王陛下に気に入られただけで席を与えられていると」
「陛下は、何かと手を打って下さらなかったのか?」
「国王陛下の側近が次々と狙われました。わたくしより上の立場の方々もです。国王陛下も救おうとして下さったのですが、わたくしは国王陛下の手のひらから零れてしまいました」
「その様な」
「ええ。わたくしの経歴はハルの先導役から始まりました」
「あ、ああ、そうだな。幼き頃、あなたに剣を教えて貰った」
「それに付いて、幾つかのわたくしの発言を捉え、わたくしの忠誠が国でも国王陛下でもはなく、ハルに向かっているのだと言われたら、真っ向から否定するのはわたくしには難しかったのです」
「その様な事。私の所為だと」
「いいえ。ハルの所為ではございません」
男はハルにお茶を勧め、ハルはそれに口を付ける。
男もハルの正面に座り、カップを手に持った。
「歳が近いからと、ハルの剣の先導役に任命されましたが、わたくしは直ぐに抜かれてしまった。そう言う意味ではわたくしは、あの頃から力不足だったのかも知れません」
「抜かれたなどと、なかなか勝てなかったではないか」
「それはありありルールの話でしょうか?」
「呼び方は忘れたが、実戦形式の試合でだ」
「遊びでならそんな事もございましたが、正式な試合では直ぐにハルに負けたのですよ」
「そうだっただろうか?あなたには色々と負けて悔しかった事は覚えているが」
「不思議でございますね。わたくしもハルに負けて悔しかった事は、良く覚えておりますよ」
「そう言うものなのかも知れないな」
「もちろん、勝った時の事も多少は覚えてはおります。ハルは正直な方でしたから、フェイントには良く釣られて下さいました」
「ああ、覚えている。次には同じ手に掛からない様にしていると、別の手にまんまと嵌まったものだ」
「そうでした。同じ手はハルには通用しませんでした」
「それでも次々と新たな手を出して来られ、負けて心底悔しかった筈なのだけれど、私は次の手を楽しみにもしていたのだ」
「わたくしもです。わたくしも新たな手を考え出すのはとても辛かったのですけれど、ハルが狙いに嵌まってくれた時は心底嬉しかったのですが、まあ、昔話はこの辺りにしておきましょう」
男はカップをテーブルに置くと同時に、反対の手でナイフを投げた。
ハルは反射的に全力で、体を仰け反らせながら土魔法を使い、床を変質させて盾にする。
その盾はテーブルを天井まで吹き飛ばしながらも、男の投げたナイフを防いだ。
ナイフを避けようとしていたハルは椅子から転げる。
ハルが床に落ちるより先に部屋の壁が吹き飛び、そして壁に開いた穴からリルが室内に飛び込んで来た。
リルは倒れているハルに抱き付くと、ハルの作った盾と壁の瓦礫も利用して土ドームを作り、自分達の体を包んだ。
「ハル!」
リルはハルを仰向けにして、額と胸に手を当てる。探知魔法で探るが、ハルは怪我をしていない。毒を飲んでも浴びてもない。
しかし土魔法と肉体強化を使った所為で、ハルはまた魔力枯渇に陥っている。ハルはナイフの回避と盾を作る事に全力を出してしまった為に、魔力を使い切っていた。