変わる雰囲気
休み休み、リルとハルは第1城壁の周囲の魔獣を討伐していく。
いつの間にか地上の兵士達が、2人の倒した魔獣を片付けて行く様になった。
そこでリルはハルに交渉して貰って、兵士達に魔石も取って貰う事にする。
これでリルが魔石を切り出すのをハルが待たずに済む様になり、2人の討伐ペースは上がった。
リルも礫で魔獣を倒し始めると、ペースは倍近くに上がる。
夜間になると城壁の上からの攻撃がなくなり、そちらに注意を払わなくて済む様になった2人は、更に討伐のペースを上げた。
翌朝、2人が休憩を終えて土ドームから出ると、1人の男が待っていた。
男は王宮の遣いを名乗り、後程、話をする時間が欲しいと2人に告げる。
リルはハルに任せて様子を見ていたが、男はハルの事を知らなそうだった。
男の話を引き受けて良いかハルに尋ねられ、リルは肯いて返した。
男が帰ってからリルは、ハルとまた土ドームに戻る。
「向こうはハルの事を知らないみたいだったけど、ハルもあの人を知らないの?」
「ああ。見た覚えはないな」
「大丈夫?」
「ああ。彼の着けていた紋章は本物だし、心配ない」
「ハルの正体が見破られても?」
「ああ。その様な心配はないが、万が一見破られても大丈夫だ」
「ハル?ハルは今、魔力がないのよ?」
「分かっている。だがこの状態でも、リルと出会う以前の私よりは強い。王宮で何かあっても、リルの事は必ず私が守る」
「捕まったりしないのね?」
「ああ」
「捕まらずに逃げられるかどうかではなく、私が訊いてるのは捕まる様な出来事が起こらないのね?って事よ?」
「普通は起こらない」
「普通はって」
「リルを奪おうなどとする輩がいたら、それは敵対する事になるからな」
「そんな人いないから、そんな心配はしてないのよ」
「とにかく、あの者は大丈夫だ」
「そう。それなら良いけど」
「だが、他は分からない。それなのでリル。油断はしないでくれ」
「もちろんだけど、私も行くの?」
「街に残るか?」
「それもあれだけど、でも私、作法なんて知らないよ?」
「大丈夫だ。私達は冒険者として招かれたのだ。普段通りで構わない」
「そりゃハルは実はお偉いから、平気なんだろうけど」
「いいや。リルも大丈夫だ」
「・・・その言葉、信じるからね?」
「ああ、もちろん。私を信じてくれ」
「不意打ちでお父さんに会わせたりしたら、逃げるからね?」
「え?父には会ってくれないのか?」
「今すぐ?お会いするにしても、初めてお会いするのがこんな格好じゃイヤよ」
「場を調えれば良いのだろうか?」
「予め言って貰っといて、私にもそれなりの準備をさせてくれてからなら良いわ」
「良かった。分かったよ。肝に銘じておく」
「大袈裟。でもハルのお父さんに気に入られなかったら、諦めてね?」
「ああ。その時は父との関係は諦めよう」
「違うし。そっちじゃないから」
「リル?」
「・・・なに?」
「私は友人と呼べる相手がいないから、知識のみでの話になるが、普通の男は父親よりも愛しい女性を選ぶのだ」
「それはそうかも知れないけど、偉い人達は家だの地位だのあるでしょ?」
「他の男は知らないが、私はそれらよりリルを選ぶ。リルは知っていてくれると思ったのだが、どうやら私のアピールはまだまだ足りない様だ」
「いいから。足りてるから。でも、分かってるけど、それだと私が落ち着かないの」
「そうか。まあ、どちらにしても何にしても、私がリルを愛おしく思う気持ちに変わりはないし、変えられるものは存在しない」
「なんか恐いんだけど?」
「その様な事はない。リルの幸せの為なら、私は身を引く事だって選ぼう」
「え?変えられないんじゃなかったの?」
「気持ちは変えられないし変わらないよ。でもその気持ちの中には、リルの幸せを願うと言うのも当然含んでいるからね」
「そう」
「ただし、私がいてもいなくてもリルの幸せが変わらないのなら私はリルから離れないし、私と他の人間が同じくらいリルを幸せに出来るのなら私はその相手に負けない」
「まったく。いもしない人と、なんでそんなに張り合えるの?」
「それは相手が誰であろうと、リルの隣は譲れないとの私の気持ちの現れだ。たとえいま勝てなくても、いずれ勝つ」
「あ、そう」
「ああ。リル」
「分かったから!」
「うん?まだ口にしてはいないが、分かってくれたのか?」
「もう!なんで王宮の心配がこう言う話になるのよ?」
「それはリルにアピールを」
「分かってる!分かってるから!いいから!」
リルは先に1人でドームを出る。
ハルはリルが照れたのではない様に思えて驚いてしまい、咄嗟にはリルの後を追えなかった。
リルとハルはその日の討伐を開始したが、リルは黙々と魔獣を倒していく。
ハルが話し掛ければ答えるし、機嫌も悪いわけではなさそうだが、リルの雰囲気はいつもの様には戻らなかった。
その日は他の冒険者達も魔獣討伐に参加して来た。その為に、魔獣はかなりの速度で数を減らしていった。
しかしその中には怪我をする者もいる。リルは重傷者をその場で治療して助けたりもした。その礼を言われる様な時は必ず、リルからハルと腕を組んだ。そして後日に礼をしたいとの申し出は、リルが固辞をする。
ハルはリルとの距離感が分からなくなった。
土ドームでのリルとの会話に切っ掛けがあるとは思えたが、ハルにはどうにもハッキリとしない。
魔獣を倒し終えて、ハルがリルに手を差し出すと、リルはその手を握り返して笑った。
「リル。好きだよ?」
「もう!人に聞かれるでしょ?!」
そのリルの反応はいつも通りの様に思えるけれど、その後が違う。
人前で手を繋いだままにハルはしてみたのだが、リルはそれに気付かずに歩いている様にハルには思えた。
冒険者達も加わった事でその日のまだ明るいうちに、王都に侵入した魔獣は全て討伐された。