魔獣がいない?
ハルの上から体を起こしたリルは、土ドームの外を探知すると目を見開いた。
「魔獣がいない?」
リルはハルを振り向く。
ベッド上に上半身を起こしたハルは、眉根を寄せていた。
「ハル?私が寝てる間に何かあった?」
「分からない。私が起きた時にも、外の様子が違って聞こえた。リルが倒し切ったのではないのだな?」
「違うよ。ハルの魔力を枯渇させちゃったから、慌てて入り口を閉じたんだから。最後に外を探知した時には、まだまだ魔獣がいたんだけど、退治されたのかな?」
「第2城壁の中はどうだ?」
「そうね」
リルは前方に集中させて探知魔法を使う。
「城壁の上にも中にも人が溢れてる。魔獣は分かんない。地上の建物にも人がいるけど、通りにはいないみたい」
「魔獣が第2城壁を越えたのか」
「そう考えると合うかもね」
リルはまたハルを振り向いた。
「どうする?」
リルはハルに手を伸ばして、額と胸に触れる。
「第1城壁までは探れないか?」
「ここからだと人が多くて邪魔で無理だけど、行く気?」
「私の魔力は?」
「全然」
リルはハルの額と胸から手を離す。ハルは自分の手を握って視線を向けた。
「肉体強化も使えないと言う事だな」
「からだ、重い?」
「どうだろう?」
ハルはベッドから立ち上がりながら、リルを抱き上げた。
「ちょっとハル!」
「全然軽いな」
「マジメに心配してんのに!」
リルに叩かれて「それは済まない」と返しながら、ハルは笑顔を見せる。
「リルはどうだ?魔力は?」
「私もあんまり」
リルは首を左右に小さく振った。
「探知魔法は?」
「それは大丈夫。探知魔法なら使いながらでも、魔力は回復するし」
「ここに来た時の事だが、魔獣達は私達に興味を示さなかったな」
「そうね」
肯くリルにハルは首を僅かに傾げる。
「それは他の人間にも言えると思うか?」
「そうね!確かにその筈ね!」
「そうすると、中の人々は無事な可能性が高い」
今度はリルが小首を傾げた。
「王都の人だけ特別な何かを持ってて、それが魔獣を惹き付けてるって可能性はある?」
「いや。それで言えば私も王都の人間だ。無視はしないだろう」
「そうか」
「つまり私もリルも魔力はほとんど残っていないが、第2層に入っても危険は少ないと考えられる」
「敢えて言うけど、私も行くからね?」
目を少し細めたリルに、ハルは微笑みを返す。
「ああ。リルの探知魔法を当てにしている」
「うん」
リルもハルに釣られて微笑んだ。
「その前に食事か?」
「あ、ごめん。ミディアもウリボアも食べ切っちゃった」
「そうなのか?」
「あとポーションももうほとんど作れない」
リルの眉根が寄る。
「ああ。私を助けるのに使ったのだな?」
「うん」
「それは仕方ない、と私が言うのもおかしいな?言うなら、ありがとうだな」
リルは「ううん」と首を左右に振った。
「私がハルの魔力を把握しないで、魔力を使い切っちゃったんだもの。ありがとうはおかしいよ」
「魔獣を倒す為だったのだし、逆にミリが寝ている間に私が魔力枯渇になっていたら、もっと危険だったのではないか?」
「怖い事言わないで」
リルは眉根を寄せて眉尻を下げ、首を小刻みに何度も振る。
「いや、だからやはり、ありがとう。リル」
「あ、うん」
「好きだよ」
肯こうとした途中でリルは顔を上げた。
「え?時と場合、考えないの?」
「今はまさに言うべきタイミングだと思っているのだが」
「そんなの、全部片付いてからでしょ?」
「もちろん片付いてからも言うが、チャンスがあればいくらでも言う」
「もう!良いから行く準備をするわよ!」
「ああ」
ハルは腕からリルを下ろす。
「取り敢えず、ある食べ物で我慢してね」
「リルが作ってくれるのなら、どの様な材料でも最高の料理だ」
「はいはい」
リルはハルに背を向けながら、「焼くだけなのに」と肩を竦めた。