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葛藤の出口

 リルが額に手をやると、ハルが目を開けた。


「ハル!」

「ああ。お早う」

「良かった!」


 リルはハルの体の上に覆い被さって抱き付いた。ハルはリルの背中に手を当てる。


「君は大丈夫か?顔を見せて」

「私は大丈夫」


 リルは体を起こし、ハルに微笑んで見せる。リルの細めた目から涙が零れるのを見て、ハルはリルを抱き寄せた。リルは自分からもハルに抱き付く。


「どうやら不安にさせていた様だね」

「うん。良かった」


 リルが出した声は震えていたけれど、リルの体も僅かに震えていた。それに気付いてリルを抱くハルの手に、思わず力が籠もる。リルもハルを抱き返し、2人の体の隙間を埋めていった。

 ハルの心には喜びも沸き上がって来ていたが、それ以外にも色々と我慢の難しい類いの想いが渦巻く。これはいけない。危険でしかない。

 ハルは腕の力を緩めた。緩めたくなんてない。けれど緩める。それしかない。


「何があったのだ?」

「・・・魔力枯渇」


 ハルの脳裏にリルの疲れていた寝顔が浮かぶ。


「それは大変だったな。だが、もう大丈夫なのだな?」

「うん。探知魔法でも、ちゃんと魔力を検知出来てるから」

「そうか・・・うん?魔力枯渇?」

「え?うん。大丈夫?まだ、ぼうっとしてる?」

「いや、意識はハッキリしているが、もしかして、魔力枯渇したのは私か?」

「え?そうよ?気怠さとか頭痛とかない?」

「今は、いや、少しあるだろうか?でも、もうそれ程でもない」

「そうなの?」

「ああ。大丈夫だよ」


 ハルはリルの髪を撫でた。


「良かった・・・」


 リルはハルの首に顔を埋める。

 擽ったいリルの息にまた、抑えがたい情動が首を擡げる。


 いや、駄目だ。そう言うのは結婚してからだ。こんな風に抱き合うのも、本来なら結婚してからなのだ。でも、どうせそうなら?いやいや、駄目だ。


 ハルが逡巡しながら情動と理性を闘わせている間に、リルの呼吸が寝息に変わる。


 それに気付いたハルは、リルに心配をさせていながら、破廉恥な事を考えていた自分に苦笑した。

 でも、そんな自分が許せる気もする。たとえ指先でも頬でも、リルが寝ている間にくちづけをしたりしなくて良かった。していたらこうは自分を許せなかっただろう。でも、惜しかった。


 ハルは、そう思ってしまう自分の事も、昔よりは好きな気がしていた。



 次にリルが目を覚ました時には、リルはベッドに寝ていた。ハルが持ち上げて寝かせたのだ。

 そしてリルの頭はハルの腕の上に載っていた。片手はハルの胸の上でハルに握られ、片膝はハルの腹の上。片足はハルの腿の上だった。


 隣にいるのがハルだと気付いたリルは、ハルの顔を見上げる。


「・・・ハル?」

「ああ。お早う」

「・・・調子、どう?」


 リルはハルの胸に乗り上げる様にして、ハルの額と胸に手を置いた。ハルの魔力が回復しているか分からないが、取り敢えずリルに検知出来るレベルには残っている。


「そうだな・・・頭痛はない。怠さも僅かだ」

「大丈夫なのね?」


 リルはハルの上に体を(かぶ)せた。間近で見詰めるリルの潤んだ目には、不安の色が底にある。



 ハルはリルをベッドに横たえた時の事を後悔していた。

 破廉恥な考えと鬩ぎ合った結果、ハルはリルの隣に横になって腕枕をした。リルの体温が感じられるので安心できるとか、呼吸を感じられるのでリルに何かあっても直ぐに分かるとか、自分の理性に言い訳をする事が出来た結果だった。

 そして無意識に、胸の上でリルの手を握る。これには言い訳も何も思い付かず、かと言って手放す事も出来ず、理性と情動が鬩ぎ合うのに任せていたら、リルが脚を載せて来たのだ。

 これにはハルの理性と情動も争いを()めた。もしかしたら神様が褒美を与えてくれたのかも知れない。これほどに値する行いはしていないけれど。でも、この状況は受け入れるしかない。これが悪魔の仕業でも、受け入れる以外の選択肢はない。

 そんな風にリルの気配に全身全霊を傾けていたが、その経緯の所為で今、ハルはリルに()し掛かられていた。

 これまでもリルを抱き締めた事はある。だけど、寝ている上に乗り上げられて、無事でいられる訳がない。

 もしかしたらリルは許してくれるかも知れない。リルも好意を寄せてくれている筈だ。もしかしたらこれはリルからのお誘いなのかも知れない。これを断るのはリルに対して失礼なのかも知れない。

 そこまで考えて、ハルの気持ちはぷつりと切れた。


 リルを大切にしたかったのではないのか。

 誰でも良いのではない。リルだからくちづけたいと思ったし、リルだからそれを我慢できたのだ。

 リルだから、寄り添う未来を考えたのだ。

 こんな済し崩しに手を出して、2人の未来を歪めて良い筈がない。

 2人の未来の為に、先ず成さなければならないのは、それではない。


 そう思い至ったハルは、先程とは意見を変えて、自分を嫌悪した。


 破廉恥な気持ちで、リルの横に体を寄せたりしなければ良かった。



「・・・ああ」

「・・・良かった」


 ハルの返しにリルの顔から緊張が抜けて、微笑みが零れる。

 それを見てハルは、リルに手を出さずに乗り切った自分に対して、少し赦せる気になった。またちょっと自分を好きになった気にもなる。

 そして自分自身を好きになる切っ掛けを与えてくれるリルが、更に愛おしく思えた。

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