不機嫌に傾く
「ただいま」
「お帰り、リル殿」
男が眠っているかも知れないと思い、小声で声を掛けたリルに、男は嬉しそうな声で応えた。
「材料は見付かったのか?」
「ええ。必要な物はすべて揃ったから」
そう言ってリルはバッグを開いて中身を見せる。
「この短時間に素晴らしい成果だな」
「即席の杖で探知魔法を使ったから」
「そうか。魔法が使えるのも素晴らしい」
「でもやっぱり、あなたの荷物は見付からなかった」
申し訳なさそうに言うリルに、男は首を振ってみせる。
「いいや。リル殿に声を掛けられた所より、かなり離れた所から魔獣に囲まれていた。荷物を落とした時の事は覚えていないが、この広い森の中で探し出すのは難しいだろう」
「一応、あなたが街道から森に入った場所まで、ずっと見てきたのだけど」
「街道から?街道から私が森を通った経路が、リル殿には分かるのか?」
「ええ、まあ」
「なるほど。リル殿の魔法は凄いものだな」
「あ、いえ。単にあなたの足跡を辿っただけで、それには魔法は使っていないわ」
「足跡?なるほど、足跡か。さすが冒険者の技だな」
「あ、うん。そうね」
技も何もリルには見れば分かる事なのに、男は感動している様なので、リルは否定しないで置いた。
「それで、あなた以外の足跡もあったのだけれど、心当たりはある?」
「私以外?それは私の護衛だろうか?」
「護衛?」
「あ、いや、仲間だ。私の旅仲間だな」
「護衛なのに傍にいないの?」
「旅仲間とは逸れたのだ」
「逸れた?どこで?」
「森に入る前だが、私の馬を見付けて森に入って来たのだろう」
「馬?もしかして、高そうな馬具を着けてる?」
「馬具はそう高くない物にしていた筈だが?」
「そう?でも、あなたが森に入ったと思われる場所には、馬はいなかったし」
「なに?」
「街道を歩いている時に、人を乗せてない馬と擦れ違ったけど?高そうな馬装をしてた」
「いや、しかし、馬は確りと木に結びつけた筈なのだが」
「そもそも何で、一人で森に入ったの?」
「それは、助けを呼ぶ声がしたからなのだが」
「それ、ゴボウルフの声じゃない?」
「いや、人の声だった」
「ゴボウルフが人を森の奥に誘き寄せる時に出すのは、人が助けを求めてる声にそっくりよ?助けを求める人の姿は見えなかったんじゃない?」
「そうなのか?いや、しかし、確かに人の声だったと思うのだが」
「そう?でも私は森の中で、あなた以外の人間を見てないし。探知魔法を使っても、他の人の遺留品さえ見付けてない」
「そうなのか?」
「ええ。見付けたのはそれぞれの足跡だけ。あなたと他の人とゴボウルフと、後は別の魔獣の」
「その他の人と言うのが、私が聞いた助けを呼ぶ声の主なのではないか?」
「いいえ。人の足跡はどれも、あなたの足跡より後に付けられた物だから」
「それも魔法で?」
「違うわ。先に付いた足跡は、後に付いた足跡に踏まれるでしょ?それを追えば、足跡が付いた順番は分かるじゃない」
「順番・・・なるほど。君は、その、若いのに賢いな」
男はまた、幼いと言いそうになって言い換えた。
「そう言うお世辞は止めて」
リルは不機嫌な声で返す。
「あ、いや、済まない。世辞の積もりではないのだが、君の機嫌を損ねたのなら謝る」
「もう!そう言うのも要らないから」
「いや、しかし」
「あなたが動ける様になるまで、見捨てたりしないって言ったでしょ?」
「あ、いや。そう言う事ではなくて、命の恩人に対して」
「それも止めて!」
「それ?」
「私は見捨てられなかったからあなたを助けただけ。あなたの感謝やお礼を望んで助けた訳じゃない」
「君からするとそうなのかも知れないが、君に助けられて私は嬉しいし、感謝しているのも本当なのだ」
「嬉しいなら、ただ喜んでくれたら良い。それで良いから」
「・・・そうか」
男はリルを女神の様だと感じたが、それを口に出すと嫌がられるかも知れないと考えた。
「しかし、私が勝手に感謝する分には構わないだろう?」
男の、少し押し付けがましい声色に、リルは少し機嫌を悪くしながらも応える。
「好きにすれば?」
「ああ、ありがとう。感謝させて頂こう」
リルは嫌みを込めた積もりだったけれど、男を喜ばせた様な返しを受けて、不機嫌を募らせた。