城壁の内側
王都の周囲には農場や畜産場がある。そしてそれらは城壁で囲まれていた。
リルとハルはその城壁の傍に立ち、閉ざされた城門を見上げていた。
「ここ、どうやったら開けて貰えるの?」
「分からない。閉まるのは夜だけの筈だった」
「人の気配、全然ないよね?」
「ああ。乗り越えるか?」
「それは拙いんじゃない?他にも門はあるの?」
「ああ。街道毎に門が作られている」
「それなら別のところに回ってみようよ」
「そうだな。ここはオフリーから真っ直ぐだから、スタンピードを理由に封鎖したのかも知れないし」
「乗り越えるにしても、門じゃない所の方が、見付からないもんね」
「あ、いや。なるほど」
ハルは苦笑いをする。
「ではこちらに行こう。乗り越えやすいかは分からないが、隣の門はこちらの方が近い」
「うん」
「その前に休むか?」
「ううん。休むにしても、乗り越えてからにしようよ」
「なるほど。そうしよう」
2人は城壁に沿って歩き始めた。
しばらくするとリルが唸る。
「う~ん?」
「どうした?」
「魔獣の足跡がある」
「本当だな」
「この辺りには、元々は魔獣がいないのよね?」
「ああ。種類は分かるか?」
「色々。ゴボウルフもウリボアもいる。でも外のみたい」
「ダンジョンのではないと?」
「うん。スタンピードとは関係ないのかな?」
「複数の場所で魔獣が一斉に増えたり、一斉に集まったりする事はあるのだろうか?」
「どうだろう?でも、たまたま一緒にとかはあるかもね?」
「ダンジョンの魔獣が外に出た所為で、外の魔獣が増えたと言う資料はあったが、それは繁殖が行われたのが理由での、ある程度の期間が過ぎてからのものだった。それ以外の理由は見た事がないし、やはりあるとすると偶然が重なった場合か」
「あ~、足跡、増えてってる。新旧あるね」
「そうなのか?」
「魔獣が出た所為で、門が閉じられたのかな?」
「こうなると、オフリーの所為よりは、あるな」
「すると次の門も、閉まってるかもね?」
「そうだな」
そのまま2人は歩き続けたが、ハルが異変に気付く。
「あそこ、城壁が崩れていないか?」
「え?どこ?分かんない」
ハルはリルを抱き上げて、その先に向かって走った。
「うわ~。見事に崩れてるね」
「足跡が中に続いてるな」
ハルは崩れた壁から内側を覗く。リルはハルの腕から下りて地面を調べた。
「誰かが城壁の下を掘ったんだね。そこを次々と魔獣が潜って穴が大きくなって、大きい魔獣が通った時に城壁を壊したんだと思う」
「崩れた後は、色々な魔獣が通ったのだな」
「うん。でも、付近には魔獣がいないけど、ハルは?なんか感じる?」
「臭いは感じるが、音は特に分からないし、魔獣の姿も見えない」
「この中は人がいないの?」
「野菜が作られている筈だ。その先に第4城壁がある」
「第4?」
「ああ。これは第5城壁だ。人が暮らすのは主に第2城壁の内側で、その外に野菜や家畜が育てられている」
「どうする?魔獣がいたら退治するよね?」
「ああ」
「じゃあ、行こう」
そう言うとリルはハルの手を引く。
ハルはもう一度「ああ」と返し、リルを抱き上げて崩れた部分から第5城壁の内側に入った。
第5城壁内部の畑は荒らされ、農作物は踏み荒らされていたが、被害の範囲はそれほど広くない様子だった。第5城壁から第4城壁までは、魔獣の多数の足跡が付けられていて、ほぼ真っ直ぐに第4城壁を目指している。そして足跡は第4城壁に辿り着くと、そこから左右に広がっていた。
「これ、中に入ろうとしてるよね?」
「そうだな」
「探知には引っ掛からないけど、ハルはどう?」
「分からない」
「どっちかな?」
リルはハルの腕から下りて、魔獣の足跡を見詰める。
「新しい足跡はこっちに向かってる。きっとこっちに次の穴があると思う」
リルは顔を上げてハルを見た。ハルは肯いて返すとリルを抱き上げて、リルの指す方に走り出す。
その途中、他から第4城壁に向かって来る魔獣の足跡も見付けた。
「第5の壁、他の場所も壊れてるみたい」
「そうだな」
「でもやっぱり、外の魔獣みたい。ダンジョンのより小さい」
「そうか」
「どうやって倒そうか?」
ハルの腕の中で、リルは首を傾げる。
「数は多そうだな」
「そうね。他も壊れてるなら、もっと増えるかも」
「1頭1頭はダンジョンの魔獣よりは弱いのだよな?」
「うん。知らない足跡もあるけど、大きさからそんなに強くはないと思う」
「後は捕食をして、数が減っているなら良いが」
「あ、それがあったね。普通は弱いのが食べられるから、強くて大きいのだけ残ってれば、狙いやすいし楽だな」
「だが、ここまでは魔獣の死骸はなかったな」
「う~ん、確かに。種別毎に移動してるんなら、合流した時に減ったかも知れないけど、足跡を見ると、既に色んな種類が混ざってる」
「と言う事は、合流しても捕食は起こっていない可能性が高いのだな?」
「理由は分からないけどね」
「分かった。覚悟しよう」
「うん。覚悟しておく」
その後も魔獣の足跡は増え続けたが、その死骸は見当たらなかった。