忘れてたし
「余りにも、魔獣の姿がないよね?」
「普段は分からないが、以前に通った時は確かにこの辺りでも狩りをしたな」
「うん」
リルとハルは森をかなりの距離進んだが、一向に魔獣と出会わなかった。
「このままだと、王都まで食料が持たないかも?」
「どうする?リルを抱えて走れば、そんなに日数は掛からないと思うが?」
「そうする?それとも街で食料と情報を集めてみる?」
「それでも良いが」
「ハルは街の様子、気にならないの?大丈夫?」
「これだけ魔獣がいないからな。オフリー以外の街には被害がない様に思える。それにポーションを飲めば、私の分の食料はいらない」
「そんな訳ないでしょ?エネルギーだけじゃなくて、ちゃんと栄養も取らなきゃ」
「ああ、分かったよ。心配してくれるのだな?」
「当たり前じゃない」
「ありがとう。リルの言う通りにするよ」
「あ、うん」
「それなら街に寄ってみるか?私に関しての噂が流れているかも知れないし」
「もしかして、死んだかも知れないって?」
「ああ」
「そんな噂、聞きたくないんだけど」
「どちらにしても噂が流れているなら、王都に近付けばやがて耳に入る」
「じゃあ賭ける?私はハルが死んだって言う噂が流れてない方ね?」
「それは良いが、私の本名とか知らないのだから、リルには噂が正しいかどうか、分からないのではないのか?」
「あっ、そうか」
「まあ、でも、寄ってみるか」
「そう、ね。そうしよう。こう、何もないところを歩くのも、いい加減飽きたし」
「ふっ。それなら是非寄るとしよう」
そう言うとハルはリルを抱き上げる。
「え?走って行くの?」
「どうせ途中も何もなさそうではないか?」
「街の手前で下ろしてよ?」
「私とリルの仲なのだから、恥ずかしがらなくても良いだろうに」
「悪目立ちするからよ。恥ずかしいのもあるけど」
「分かったよ」
ハルはリルを抱き抱えて、最寄りの街に向けて走り出した。
街の前には人が溢れていた。
「あれ?まだこんな状態?」
「いや。前に通った時にはここまでではなかったな」
2人に気付いた人々が、2人の周りに集まり始める。
「なんだ?あんたら?余所から来たのか?」
「食べ物持ってないか?」
「水でも良い!」
「もう何日も食べてないんだ」
「お前は今朝、なんか食べてたじゃないか!食べ物あるなら俺にくれ!」
「金ならある!」
ハルはリルを担ぎ上げて、人々の輪から強引に抜け出す。
「我々も食料を求めて来たのだ!」
ハルの言葉に直ぐに人々の輪が崩れた。
「そりゃそうか」
「どこにも食いもんがないんだな」
「まあ、みんな同じか」
「いや、あいつはなんか食ってたじゃないか?」
「俺だって今朝のあれでお終いだったんだってば!」
一部で揉め始めたが、その他の大勢は地面にしゃがみ込んだ。
ハルが手前の人に尋ねる。
「街の中には入れないのか?」
「ああ。住んでるやつだけだ」
「後は女子供」
「入れないのに、みんなここを離れないのか?」
「オフリーから、命からがら逃げてきたんだ」
「オフリーから」
「ああ。あんたらは違うのか?」
「いいや。私達もオフリーから来たのだが、途中で狩りをして食べ繋ぐ積もりが、獲物がいなくてこの街に寄ってみたんだ」
「そうなのか」
「オフリーから来たにしては、遅かったんじゃないか?」
「あんたら、魔獣が溢れた後もオフリーに残ってたのか?」
「いいや。スタンピードの最中にオフリーに行って、これから王都に帰るところなんだ」
「最中に?」
「やっぱりあれはスタンピードだったのか」
「ああ。それとスタンピードなら収束したぞ」
「おい!お前!リルじゃないか!」
1人の男が立ち上がってリルを指差した。ハルはその前に立ち塞がり、リルに小声で尋ねる。
「知っている男か?」
「え?あ?もしかしたらリーダー?」
「お前!こんなとこにいたのか!」
「お、ホントにリルだ」
「え?あんなんでしたか?」
「うん?もしかして店長とスルリさん?」
3人がリルに向かって歩いて来ようとするが、背中に庇ったリルの声から不穏な響きを感じたハルは、3人を睨んだ。
「なんだおまえ!どけよ!」
「リル!ポーション持ってんだよな?!」
「ポーション、当然持ってますよね?」
3人の様子に、ハルが警戒を高める。
「リル?この3人と会話をする必要はあるのか?」
「ううん」
「はあ?!なに言ってんだお前!」
「オマエにポーションの作り方を教えたのが誰か!忘れたんじゃないだろうな!」
「アナタのお陰で、私がどれだけ辛酸をなめたか、分かりますか?」
ポーションの言葉に、他の人々も立ち上がる。
ハルはリルを抱き上げて、走って人々から離れた。
「逃げるぞ!」
「追え!」
「挨拶もなくいなくなりやがって!」
「誰が面倒見てやったんだ!」
「ポーション寄越せ!」
「ポーション作れ!」
「寄越せ!」
「待て!」
「逃げるな!」
リルを抱き抱えているが、肉体強化したハルに疲弊している者が追い付く筈もなく、追い掛けた者達は皆、無駄なエネルギーを消費しただけだった。
「あれは誰だったんだ?」
「私が所属してたパーティーのリーダーと、そのパーティーを買い取ったマゴコロ商会の社員と、私がポーションを卸していたお店の店長」
「リルがオフリーで会いたくないと言っていた人間達か?」
「うん。その一部」
ハルは街の方を振り返った。
「懲らしめるか?」
「良いよ、もう。姿を見たくもないし、声も聞きたくないから」
「・・・忘れられるのか?」
「え?忘れてたし?」
そう言ってリルは苦笑いをする。
しかしハルは、リルがオフリーで訪ねた場所が、パーティーのホームと店長の商店だったのではないかと、勘付いていた。