魔獣の後始末
「この後はどうするのだ?」
「ダンジョン内に入ろう」
「分かった。疲労は大丈夫なのだな?」
「うん」
ハルがリルを抱き上げようとするが、リルは「待って」と手で制す。
「どうしたのだ?」
「いや、危ないかと思って」
「危ない?ダンジョンの中がか?」
「うん」
「ダンジョン内に魔獣が残っていても、街に溢れていた魔獣と強さは一緒だろう?」
「そうだけど」
「まさか、最深部まで進む積もりか?」
「違う違う!少し潜って、魔獣の密度を確認したら戻る積もりだから」
「それならリルを抱いて運んでも問題ないだろう?」
「ダンジョン内って魔力が散りやすいって言ったでしょ?囲って殲滅とか出来ないのよ。ダンジョンの中に入れば分かるけど」
リルはハルの手を引いて、ダンジョンの口に向かう。ハルが作った壁を潜って、2人はダンジョン内に立ち入った。
光魔法で周囲を照らしたリルが、先程ハルが掘った溝を指差す。
「ね?」
溝は形を緩めていた。
「奥の壁も、もう少ししたら崩れて穴が開くから。戦闘中に元に戻ったら危ないでしょ?」
「それは分かるが、何故リルを抱いたら駄目なのかが分からない」
「だって、魔獣が襲って来た時に、反応が遅れるでしょ?」
「反応?リルのか?」
「ハルの。私が探知してからハルに伝えるまでの時間の事。ダンジョン内は魔力が散りやすいから、探知出来る距離も短くなるのよ」
「問題ないだろう?」
「あるってば。私が前に立って、探知しながら進むべき」
「そうか。分かった。ここは知見者の判断に任せよう」
「任せて」
リルは光魔法で周囲を照らし、探知魔法で探知しながらゆっくりと進む。ハルはその後ろを離れずに付いて行った。
「リル」
ハルがリルの背中に手を当てて囁く。
「どうしたの?」
「どこからか物音がする。前方か?」
「え?」
リルは足を止め、耳を澄ました。何も聞こえないので、周囲をぐるりと探知魔法で探る。
「何もないけど、まだ聞こえる?」
「ああ。反響して上手く方向が分からないが、どうやら前方の様だ」
2人の前には真っ直ぐに道が伸びていた。
「あれか?」
ハルが前方を指差す。
「え?どれ?」
リルは探知魔法で正面を探る。
「ほら、あそこに何かが顔を出している」
「え?どこ?」
「正面だ、が、暗くて見えないか」
「見えないし探知にも引っ掛からない。ハルには見えるのね?」
「ああ。もう一匹、顔を出した。横穴がある様だ」
「この先に横穴はあるけど、大分先だから。良く気付いたわよね?」
「向こうは気付いていない様だな」
「顔を出してるのがその横穴からなら、気付かないと思う。もしかしてハルは、耳も良いの?」
「その様だ。どうだ?リル?私が前を探った方が良いのではないか?」
「そうみたい」
「では」
そう言うとハルはリルを抱き上げた。
「あ、でも、自分で歩くから」
「足下が危ないだろう?何度か躓いていたではないか」
「ハルには足下もしっかり見えてるって訳ね?」
「ああ。リルは目を瞑っていたら良い」
「え?なんでよ?」
「眠らなくとも、目を閉じているだけで、多少は疲れが取れる」
「それはそうかもだけど」
「眠れるなら寝ていて良い」
「ダンジョンの中で?」
「ああ。先程の魔獣がこちらに気付いたら声を掛ける。それまで休んでいてくれ」
「・・・ありがとう。でも何かあったら直ぐに教えて」
「もちろんだ」
「灯りはいる?」
「いや。消してくれ」
「本気で寝ちゃうかもよ?」
「ああ。私が守るから、安心して休んでくれ」
リルは光魔法を消すと目を瞑り、ハルの胸に頬を付けて、もう一度「ありがとう」と囁いた。
たまに現れる魔獣を倒しながら、2人は奥に進んだ。
「これで引き返そう」
1頭の魔獣を危なげなく倒したところで、リルが言う。
「もう良いのか?」
「うん。ウリボアっていつもこの辺りまでしかいないのよ。他の魔獣も全然数が少なかったし、この先もおんなじだと思うから」
「詰まり、スタンピードは収まったと言う事か?」
「うん。後は街の外の魔獣を倒して終わり」
「分かった。引き返そう」
「うん」
そう言ってハルはリルを抱いたまま、道を走って戻った。
ダンジョンの口まで戻ると、2人が倒した魔獣を多くの人が囲んでいた。
「あ!出て来た!」
「この魔獣、あんたらが倒したのか?」
「そうだけど?」
「え?あんた、リルか?」
「え?そうだけど?」
「オフリーに戻って来たのか?」
「怪我してんのか?」
「え?どうしたんだ?!」
「その男は誰だ?!」
「なんでリルちゃんを抱き上げてるんだ?」
「リルちゃん?」
「大丈夫か?リルちゃん?」
「知り合いか?」
「見た事はあるけど」
「俺の事、助けてくれたじゃないか?!」
「リルって、『輝きの光』のヒーラーのリルか?」
「俺も助けて貰ったけど、覚えてないのか?」
「取り敢えず、後で。行こう、ハル」
「ああ」
ハルはリルを抱き直して、人々を避けながらダンジョンを囲む城壁の外に出た。
「あ、待って」
リルの言葉にハルの眉間が寄る。
「どうしたのだ?」
「あれ直すから、魔力ちょうだい」
リルはハルの手を握ると、ダンジョンを囲む城壁の上の蓋を開いた。
「よし。じゃあ外に行こう」
「休まなくて良いのだな?」
「うん。全部片付けてから休もう」
「分かった」
ハルはリルを抱いたまま、街を囲む城壁の城門まで走る。
城門に近付くとリルは、自分が作った壁に小さく穴を開けた。それを2人で潜ると、外から魔獣が入り込まない様に、リルはまた穴を閉じる。
街の外には、街中にいたのと同じ種類の魔獣しかいなかった。
2人は少しの問題もなく、次々と魔獣を倒していく。
しかし魔獣が広い範囲に散らばっている為に時間は掛かる。
リルが枝を杖にして遠くまで探知しても魔獣が見付からず、ハルの目にも耳にも魔獣が検知できなくなった時には、もう夕方に近かった。