囲まれて
「こっちからも!」
近くの魔獣を倒しながら、リルはそう叫んだ。
「こっちもだ!」
「囲まれているのか?」
「待って!」
リルは見知らぬ魔獣がまだ探知出来ない方向を探った。
「まだ開いてる方向はある!」
自分達が来た方角をリルは指差す。
その時、リルが最初に気付いた方向に、1頭の魔獣が姿を現した。2人の傍の魔獣もそれに気付き、視線を2人からそちらに移す。
他の方向にも魔獣が姿を現した。そして2頭、3頭と増えていく。建物の上にも姿を見せる。
「やっぱり、見た事ないし、全然知らない」
「どうする?一旦戻るか?」
「でも倒さないと。それにはどんな魔獣か確かめないと」
2人の回りにいた魔獣が後退りをした。そして一斉に2人に背を向けて、来た方向に、新たな魔獣が囲んでいない方向に走り出す。
「追うか?」
「背中を向けるのはあぶない。あの脚の太さ、結構速そう。爪も持ってるタイプだと思う。あと牙も」
魔獣が逃げ出すのを新たな魔獣は脚を止めて見ていた。
「あ!まずい!囲まれた!」
魔獣が逃げた方向にも、新たな魔獣が姿を見せる。
「ごめん、ハル。間違えた」
「いいや。この魔獣の情報を集める必要があって、その為には戦う必要があるのだろう?リルは間違えてはいない」
「ううん。集団で襲うタイプみたいだから。ゴボウルフと同じで、連携してくると思う」
魔獣達はゆっくりと、2人に近付き始めた。それは歩調を合わせている様に思える。
リルは周囲を細かく探知して、状況を正確に把握しようとした。
「それはやっかいだな。私が試して良いか?」
ハルは「礫を」と言いながら、リルに手を差し出す。リルは礫を1つ、ハルの手のひらに置いた。
「あと、仲間がやられたら逃げ出すタイプもいるから」
「逃がさないようにか」
「あと、傍の建物の中に人がいるから」
「囲い込んで殲滅は使えないと言う事か?」
「使っても、その人達も壁で囲えば守れるだろうけど、建物を壊さない様に。中に結構、人が残ってるから」
「分かった。魔獣の情報を集めるとしても、慎重にと言う事だな」
「うん」
ハルを見上げて肯くリルに肯き返すと、ハルは礫を持った手を前に差し出し、正面の1頭に向ける。
「リル?」
「なに?」
「私が倒してもリルは、魔獣の硬さや強さを把握出来たのだったな?」
「うん。ハルの魔力の流れが分かるから、大丈夫」
「よし」
ハルが礫を撃つと同時に、狙われた魔獣が避ける様に横に飛んだ。それなので礫は、ハルの狙いから少し外れる。しかし魔獣には当たり、礫は魔獣の体を突き抜けた。
撃たれた魔獣が地面に倒れるより前に、別の1頭が背後からハルを襲う。
「うしろ!」
リルは真後ろの1頭が動いた事に気付いたが、それを言葉にするより早く、魔獣はハルに飛び掛かっていた。
リルが言葉にする前の身動ぎで気付いたハルは、リルを抱き締める力を強めながら後ろを振り向く。
そして大きく開かれた口からリルの頭部を守る為に、魔獣を裏拳で殴ろうとした。
そのハルの腕に、魔獣は爪を立てて押し倒そうとするが、ハルが身動きしないので、鋭い牙で噛み付き直す。
リルが目の前の魔獣の顔に、魔石を撃った。
魔石が目に刺さるが、魔獣はハルの腕を口から放さない。
「また!」
別の2頭が飛び掛かって来る事にリルは気付いた。
ハルは体を捻って、腕に噛み付いている魔獣を振り回す。
後から飛び掛かって来た2頭は、腕に噛み付いている魔獣と打つかって、弾き飛ばされた。
噛み付いている魔獣は、振り回されても離れない。
しかし他の魔獣は脚を止めた。
弾かれた2頭も立ち上がる。
空から魔法が降り注いだけれど、リルは邪魔を出来なかった。
リルの目の前で、ハルに噛み付いている魔獣の目が治っていく。しかしハルのウデの怪我も治ったかも知れないので、リルは悪態を吐かなかった。
それより、まだ噛まれ続けているハルが心配だった。
「ハル!大丈夫?!」
「ああ、痛くない」
「え?」
「感触はあるが痛みはない。血も出ていない」
「そうなの?聖女の魔法で?」
「いいや。噛み付かれた時からだ。何だろうな?」
「考察はあと!」
ハルは「そうだな」と表情を引き締める。しかしリルの言葉は、リル自身に向けたものでもあった。
「リル?この格好から魔石を撃てるか?」
「胸の硬さが分からない」
「私が撃ったのでは、分からなかったのか?」
「あれは強過ぎ。試してみる」
リルが礫を魔獣に撃ち込むと、また他の魔獣が、今度は4頭で飛び掛かって来る。ハルはまた魔獣を振り回して、飛び掛かって来た魔獣を弾き返した。
リルが硬さや強さを変えて礫を撃つ度に、魔獣が飛び掛かって来る。そしてその度にハルに弾き返されていた。
リルが礫で包んだ魔石を撃ち込むと、ハルに噛み付いていた魔獣の上半身が弾け飛ぶ。
またハルに飛び掛かろうとしていた4頭が、後ろに飛び退った。
空から魔法が降り注ぐ。リルは「ちっ」と舌打ちをした。
「腕、見せて」
「なんともないだろう?」
「うん。魔獣の硬さは掴めたけど、胸から魔石を狙うなら、魔獣を今みたいに立たせるか、仰向けにするかしなくちゃ」
「そうだな」
「あ?」
ハルが撃ち抜いて倒した魔獣が立ち上がる。
「あんな離れた場所まで、魔力が広がってたの?」
「そうなのか?」
「信じらんない!ヘッポコ過ぎ!」
立ち上がった魔獣に傍の魔獣が近寄って、ハルに撃たれて流れた血の跡を舐めた。
「でも、こっちはさすがに復活しないね」
リルは、目の前の上半身が弾けた魔獣の残りの状態を探るとそう言って、体の力を少し抜く。
ハルが囲んでいる魔獣を眺めた。
「さて、どう倒すか」
「腕を噛ませるのはダメよ?」
「何故だ?」
「先ずは他の方法を考えて。腕を噛ませるのはイヤ」
そうは言っても手段がなければ、ハルにそうして貰うしかない事は、リルにも分かっていた。