焼肉
「ふう」
リルは詰めていた息を吐いた。男はリルを見て礼を言う。
「終わったんだな?ありがとう」
「え?いえ、まだ全然。まだ魔力枯渇特有の怠さがありますよね?」
「うん?魔力?・・・俺は魔法は使えないのだが?」
リルは男に背を向けて、イガグリズリーの肉を1ブロック手に取って、包んでいた葉を剥がしながら「そうですか」と返した。
土魔法で作った皿の上に肉を置いて、熱魔法で加熱する。
肉の焼ける臭いが土ドーム内に漂う。
「それは?」
「魔力が減ったので、補充しようかと」
「随分と美味しそうな臭いがするな」
「ええ。美味しいですよ」
リルは肉に手を翳したまま、男を振り返る。
「治療途中ですし、まだ食欲は出ませんよね?」
「俺か?いや、どうだろう?」
「今は魔獣の肉しかありませんけれど」
「魔獣?ゴボウルフと言うやつか?」
「いえ、別のです。食べてみますか?それとも魔獣肉は止めて置きますか?」
魔獣肉を忌避する人もいる事をリルは知っていた。もし男もそうなら、傍で肉を焼くのもリルが食べるのもイヤがるかも知れないと、リルは遅ればせながらに思う。
「いや・・・分けて貰えるなら食べてみたい」
「そうですか?分かりました」
「いや、君?何をしているのだ?」
「え?肉を焼いてるんですけど?」
「手で?」
「手、というか、魔法でです」
「魔法って、杖は使わないのか?」
「さっき使ったら燃えてしまって、新しいのを取って来てません」
「燃えた?取って来る?」
「ええ、間に合わせの杖だったので、燃えてしまいました」
「杖を使わなくても、魔法が使えるのか?」
さっきの回復魔法も杖を使わなかったけれど見えなかったのかな?とリルは思って「ええ」と男に肯き返す。
「精度は落ちますけど」
「・・・そうか。使えるのだな」
「はい」
「もしかして私の体も杖なしで治したのか?」
「あったりなかったりでした」
「そうか・・・すごいな」
リルはなんて応えたら良いのか分からず、取り敢えず「はい」と返しながらイガグリズリー肉に視線を戻した。ちょうど良い焼き加減だ。
小さな皿を作って、作ったナイフで肉を小さく切り分けて載せて、リルは男に見せた。
「まずはこのくらいで試してみますか?」
「そうだな」
「口に入れますね」
「あ、いや、後で良い」
「後?」
「冷めてからで良い」
「そうですか?味が落ちますよ?」
「ああ。私には構わず、君は食べなさい」
「そうですか?それなら先に頂きますね?」
「ああ」
土魔法で作った串を肉のブロックに刺し、一部に塩を掛けるとそこにリルはかぶり付いた。美味しい。
そのリルの様子を見詰めていた男は、横になったままで小皿を傍に引き寄せた。
それに気付いてリルは、串を作って男に渡す。別の小皿に塩も入れて、男の傍に置いた。
男は受け取った串を肉に刺して皿から持ち上げ、しげしげと観察し、臭いを嗅ぎ、唇で触れて温度を確かめてから、口に入れた。
男は肉をゆっくりと噛む。
男が大丈夫そうなのを見て、リルは自分の肉に意識を戻した。
しばらくは咀嚼音のみが土ドーム内に響く。
「美味しいな」
男の声にリルは肉から顔を上げる。
「大丈夫ですか?もう少し食べますか?」
持った串を立てて訊くリルに、男は微笑みを向けた。
「ああ。頂こう」
その言葉にリルは肯くと、まだ口を付けていない部分から、先程と同じ程度の大きさに、肉を3つ切り出して小皿に載せる。
「無理なら無理せず残して下さい」
「ああ」
男は皿を受け取って肉を1つ串に刺すと、今度は躊躇わずに口に入れた。
それを見たリルは笑顔を浮かべて、また自分の肉に集中した。
リルの魔力はそこそこ回復した。イガグリズリー肉の消化が進めば、更に回復するだろう。
しかし先程の結果を思うと、男に回復魔法を掛けるにはまだ心許ない。
「肉を食べられるなら置いてきますけど、魔法は使えないんでしたよね?」
男はかなりの魔力容量を持っているみたいなのに、魔法が使えないなんて、リルには意味が分からない。けれど何もしなくて魔法が使える様になる訳ではないのだから、世の中にはそう言う人もいるのだろうと、リルは結論付けた。
「・・・ああ」
男は少し不機嫌そうに応えた。
「それでは残りの肉を焼いて置きますね」
「今か?」
「はい。焼きながらも魔力は回復する筈なので、大丈夫です」
「あ、いや。君はどうするんだ?」
「どう?どうとは?」
「これから君は、どうする積もりなのだ?」
「これからでしたら、旅を続けますけど?」
「旅?君はこの辺りの人間ではないのか?」
「ええ、まあ」
「・・・俺の荷物はどうした?」
「シャツと上着はここに」
「ボロボロだな」
「ええ。ズボンもパンツも同じでしたけど、そっちは一応直しました」
「直した?」
「はい。さすがにズボンを履かずには出歩けないかと思って」
「直したって、もしかして、脱がしたのか?」
「はい。最初に全身の傷を確認したので、脱がせたのはその時に」
「・・・そうか。思ったより力があるんだな」
「力と言うよりコツです」
「コツ?慣れているのか?」
「はい。素早く治療する必要がある時がほとんどだから、素早く脱がすし、直ぐに移動したりするから、素早く着せます」
「そうか。手間を掛けた」
「はい。ただ、切れた糸を無理矢理紡いだので、生地は弱くなってるし、色も微妙です」
「色?」
「はい。裏地と混ざってしまったので、直した所が目立ちます。ちゃんとした杖があれば、もっと綺麗に直せたんですけど」
「いや、構わない。ありがとう」
「はい。後は鞘です。剣は辺りにありませんでした。他に荷物がありました?」
「バッグに色々と入れていたのだが」
「この近くには見当たりません。私の探知魔法でも何も見付かりませんでした」
「そうか。ペンダントもなかったか?」
「はい。どの様なデザインですか?」
「・・・いや、良い」
そう答えて男は、リルのバッグをチラリと見た。