納品
ノックの音で店主が店の裏口を開けると、リルがポーションケースを持って立っていた。小柄なリルが使うには大きいポーションケースには、ポーションの入った瓶がぎっしりと収められている。
「遅い!」
「スミマセン」
リルの顔を見るなり店主は怒鳴ったが、リルは怒鳴られるのが分かっていたので、直ぐに頭を下げて謝った。
「今何時だと思ってんだ!品切れを起こすところだったぞ!」
「スミマセン」
「低級ポーションが買えなくて冒険者が死んだらオマエ責任とれんのか?!」
「スミマセン」
「謝って済む問題か!王都の商会がスポンサーに付いたからって途端に好い気になりやがって!」
「スミマセン」
スミマセンとしか言わないリルに向かって、店主は「クソッ」と言葉を投げ付けると、ドアの前から一歩下がる。
「さっさと納品しろ」
怒鳴って少しは気が晴れた店主は、リルに店の中に入る様に促す。リルはもう一度「スミマセン」と頭を下げて、店の裏口のドアを潜った。
リルがポーションを棚に並べていると、店主はその傍の椅子に腰掛けて、いつもの様に愚痴を言い始める。
「だいたい何だ、あのスルリってやつは?仕入れ金額を上げろだ他の商品も扱えだと偉そうに。王都の商会がどれだけ偉いってんだ?バカにしやがって。自分だってこのオフリーに左遷されて来たんじゃねえか。マゴコロ商会がどれだけデカくても、スルリってやつはそのただの下っ端だろ?挙げ句の果てには納品時刻を守れないって、おい!」
「はい」
「今日の分は値引きしろよ」
「え?それは、私には決められません」
「なにオマエ?当事者意識がないのか?」
「スミマセン」
「すまないと思うなら誠意を見せて、値段を下げるべきだろう?」
「それは、出来ません」
「オマエ、誰がオマエにポーションの作り方を教えてやったんだ?金がなくて困ってたオマエらから、出来の悪い低級ポーションを買い取ってやって、助けてやったのは誰なんだ?」
「それは」
「オレだろ?」
「はい」
「オレだよな?」
「はい」
「それなのにオマエらのパーティーがちょっと有名になったら、王都の商会をスポンサーにして、恩人のオレには何もないのかよ?」
「スミマセン」
「ちっ。オマエじゃ話になんないから、後でリーダー連れて来い」
「あの、私以外は今、ホームにいなくて」
「いない?探せよ。探しもしないで何言ってんだ?」
「スミマセン」
「探して連れて来い。おい」
「はい」
「間違ってもスルリには言うなよ?良いな?」
「・・・はい」
リルは手を止めて俯いたけれど、店主に「さっさとしろ」と言われて「はい」と返すと、また手を動かし始めた。
「そう言えば、中級ポーションはまだか?」
「スミマセン」
「まったく。中級ポーションごときを作れる様になるのに、一体何年掛ける気なんだ?」
「スミマセン」
「下級ポーションだって未だにこの濁り具合。こんなの仕入れてやるのはオレくらいだぞ?」
「はい」
「こんなのだってオレの信用があるから、冒険者達に買って貰えるんだ。マゴコロ商会じゃこんなの売れねえだろ?なあ?」
「はい」
「今となってはこのオフリーじゃあ、他の店は下級ポーションを売ってない。あるのはオレの店のこの低級ポーションだけだ。それだってオレが、品切れも起こさず安い値段で誠意を持って販売して来たからだ。他の店なんか、高いからお守りにしか出来ない中級ポーションを売るだけだ。それだってオレが中級ポーションを売れるようになれば、安い値段で売ってやれるんだ。なあ?」
「はい」
「冒険者の安全の為には、使うのをためらう値段の中級ポーションじゃなくて、普段使い出来る気易い中級ポーションが必要だと思わねえか?」
「はい」
「思うだろ?」
「はい」
「思うよな?」
「はい」
「それなのに、オマエが中々中級ポーションを作れる様にならないから、今もダンジョンで冒険者達が危険にさらされてるんだぞ?」
「え?でも」
「なんだ?冒険者なんだから、危険は自己責任だって言うんだろ?」
「あ、いえ」
「オマエは自分さえ良けりゃ良いのか?」
「あ、いえ」
「まったくよう。スポンサーが付いたらもう、他の冒険者の事なんてお構いなしかよ。まったく」
今の冒険者達は低級ポーションで治る怪我をする程度にしか、ダンジョンを探索していない。それでも充分な収入になるからだ。たとえ借金があっても、普通なら無理をせずに返していける。
リルはその事を言おうとしたけれど、店主に何倍も言い返されそうだと思って、言うのを止めた。