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8.立派なお屋敷


「どうして、どうして、あんなみすぼらしい格好をさせるのじゃ。

我ならば、蜘蛛の糸のような極上の絹糸で織った、美しいドレスを着せるものを……。

我の花嫁が嘆かわしや、よよよよよ……」


 精霊王が泣いている。

 いや、嘘泣きだ。目元に当てた袖はちっとも濡れてない。

 ラディは呆れて突き放す。


「だ〜か〜らッ。まだお前の花嫁じゃない!

マジうっとおしい。年寄りの嘘泣きやめろ!

いいか、絶対にあのワンピースに手出しすんなよ。

ミーナはすっげえ大切にしてるんだ。

自分でブラシをかけて、汚さないようクローゼットにかけて、でも扉を開けて見てるくらいなんだ。

やったらお前でもヤるぞ!差し違えてもな」


「…………わかったが、我も贈りたい」


「花嫁になったら、好きなだけ贈れ。気が済むまでやれ。今はその計画でも練っておけ」


「花嫁が参加する、初めてのお茶会じゃぞ。

我も何かしてやりたいのじゃ」


「だったら天気を晴れにしてくれ。迎えの馬車をくれるが、晴れてるに越したことはない」


「……それだけか?」


「それで十分だ。よそゆきでお洒落した外出の雨は憂鬱だ。晴れとは大違いなんだよ。

お前はだいたい最適の環境にいるから、わかんねえだろうけどよ」


「……わかった。とびっきりの青空を用意しようぞ!」


「ああ、ついでに気温は暑すぎず寒すぎず、ちょうどいい加減にしてくれ。

いい季節だが、念のためにな」


「我が花嫁のため、最善を尽くそう」


「よろしくな。気をつけて帰れよ」


 やっと納得させ、ラディはいつもの奥の部屋から《転移》しベッドに潜り込んだ。


〜〜*〜〜


 お茶会当日——

 アルバスはセバスチャンと隠れて留守番だ。


 水色のワンピース姿のミーナが店から出てくると、集まったご近所から、「可愛いねえ」「お姫様みたい」などと言われ、珍しくラディの陰に隠れる。

 確かにセバスチャンが念入りに結い上げた栗色の髪も、白い肌もつやつやで、どこかのご令嬢のお忍び姿だ。

 精霊王の花嫁になれる存在なのだ、と改めて思う。


「ミーナ。皆さんが褒めてくれてるんだよ」

「だって、恥ずかしいんだもん……」


 ラディのスーツの袖を握り、真っ赤になり照れている。

 それがまた可愛いと騒いでるところに、馬車が到着した。


 スーツ姿のラディが迎えの人間に挨拶し、ミーナをエスコートし馬車に乗せる。

 この辺は昔さんざんやったので、身体が覚えている。

 座席に座り馬車が動き出すと、ミーナはあることに気づく。



「お父さんの胸にあるの、なあに?私のワンピースと同じ色だよ」


「ああ、これはポケットチーフと言って、胸の飾りだ。

エスコートするパートナーがいれば、同じ色のチーフを使うんだ。

今日の父さんのパートナーはミーナだ。あの時に買っといたんだよ」


 ラディは濃いめのチャコルグレーのスーツに、銀色のネクタイ、カフスなどは白金の三つ鱗紋様の細工だ。

 セバスチャンが手入れをしてくれていた、今ではクラシカルなタイプだ。


「すっごく“おにあい”ですよ、お父さん」

「ありがとう、ミーナさん」


 親子で褒めあってると、到着はすぐだ。

 貴族街の一角を占めてはいるが、公爵家などに比べれば狭い。それでもかなりの規模の敷地だ。


 正門をくぐった後、馬車の窓を開け、遠くに見える邸宅を見せる。



「やっぱり門もおっきいね。伯爵様だもんね。あれ、とってもいい香りがする」


 ミーナの言う通り、正門をくぐり敷地内に入った頃から、芳香が漂い始めた。

 よく見れば、敷地内の花という花が咲いている。

 季節はお構いなしだ。

 間違いない。ヤツの仕業(しわざ)だ。



『あのバカが……。余計なことするなって言っただろうが!』



 どこかでむふふ笑いをしている精霊王を、心中で罵るラディと、面白そうに眺めていたミーナが、玄関前に着いた馬車から降りた。


〜〜*〜〜


 まさか、と思ったが、当主自らのお出迎えだ。

 夫人らしき女性と、ロバートも控えている。


「ラディ殿。よくお越しくだされた。おお、ミーナさんも可愛らしい」


「本日はお招きくださり、ありがとうございます。

なにぶん不慣れな親子ですので、お目こぼしくだされば、幸いです」


「ミーナと申します。父と一緒にお招きくださり、ありがとうございます」


 ラディは胸に手を当て一礼し、ミーナは小さくお辞儀(カーテシー)をする。

 これも頑張って練習していたらしい。


 今朝、ミーナが見せてくれた時、ラディは驚いた。

 知識欲が旺盛なのは知っていたが、苦手克服には負けず嫌いを発揮したらしい。


「まあ、愛らしいこと。お父さまとご一緒によくお越しくださいました」


 夫の瞳の淡緑色のドレスを身にまとった夫人が微笑んでいる。あくまでも“貴族的微笑”というヤツだ。

 ロバートも騎士礼で胸に手を当てながら、挨拶する。


「ラディ殿、ミーナさん。来てくれてありがとう」


 あの翌日、『ご子息もご無事でしたので、“お忍び”はなかったことにしてください』と、お茶会に応じる手紙で書き送った。

 話を複雑にしたくない。触れないでくれて助かる。



 邸宅の中を案内され、サロンに通され、庭園の一角に面したテラス席でお茶会となった。


 季節は6月、代表格の薔薇はもちろんのこと、植えてある花が全て咲き誇っていた。

 綺麗は綺麗だが、また魔術師団に怪しまれると思うと頭が痛い。


 席に座り、香り高い紅茶と伯爵家の料理人が作ったケーキやタルト、サンドイッチなどを勧められる。いずれも美味だ。

 ミーナは最初は緊張していたが、マナーを守り飲食する内に慣れたのか、俺の隣りで素直に受け答えしていた。


「マナーはお師匠様譲りですの」


「はい、『魔術師はどんな方に依頼されるか分からない。礼儀正しくあれ』という人でした。おかげで大変助かっています。ですのでミーナにも一通り教えています」


「頑張ってるのね、ミーナさん。えらいわ。他に好きなことはなあに?」


「父の仕事のお手伝いと、森に行くことです。あとは本を読むのも好きです」


「まあ、森に行くの?」


「はい、父は森にとてもくわしいので、一緒にいたら安心です。薬草や花のスケッチをしたりします。採集のお手伝いもです」


「ラディ殿。森では本当に助かった。魔犬の小さな群れに襲われてな。馬も奪われ、あのざまだった」


「父上。それは俺をかばってくださったからです。

何もできなくて、ごめんなさい」


「もう、二人とも。お茶会にふさわしい話題にしませんこと。そう、ラディ殿にお願いがあったのでしょう」


「ああ、そうだった。ラディ殿、先日、ロバートがご迷惑をおかけした件だが、筋肉痛の処方薬を出していただけないだろうか?

あなたの消炎剤の効き目は実に素晴らしかった。息子のためにも処方してくださらぬか?」


「エディントン伯爵閣下。当家にお出入りの魔法薬師がいらっしゃるはずです。どうかそのお方にご依頼ください」


「なに。息子のみだ。それに治癒師がほとんどで、魔法薬師にはほぼ頼んでいないのだ」


「でしたら、その数少ない“ほぼ”を私が奪うことになります。なるべくなら共存共栄していきたいのです」


「患者が望んでもかね?」


「……それは」


 痛いところを突かれた。消炎剤の湿布など、誰が作ってもほぼ同じだろうに、と思うが、評判がいいのは事実だ。


「お父さん。ロバート様に作ってあげて。おばあちゃんと一緒で、痛いの治してあげたいでしょう」


 ミーナは心優しい娘だが、さらにラディを追い込む。


「……それではお手数ですが、お出入りの魔法薬師様に、『ロバート様の筋肉痛の処方薬のみ、出させていただきます。それ以外は一切お出ししません』と一筆入れさせていただきます。

それを受け取ってくださった上で、お出入りの立場は決して変えないと、その方にお約束いただけますか?」


「わかった。そうしよう。ラディ殿は本当に義理堅いのだな」


「とんでもないことでございます」


 ラディは紅茶を口に運ぶ。なぜかほろ苦い味がした。


ご清覧、ありがとうございました。

ファンタジー×コメディを目指しつつ、ミーナとラディパパの成長と精霊王様の斜め上溺愛を描けたら、と思います。


※明日からの更新については、後ほど【活動報告】でお知らせいたします。


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